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「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

市川男女蔵『毛抜』粂寺弾正 堂々と、でもでしゃばらずに。

第27回

歌舞伎に登場する英雄たちの中でもトップクラスの愛されキャラといえば、みんな大好き粂寺弾正。歌舞伎十八番『毛抜』の主人公だ。見るからに豪放磊落、力業でガツガツと事件を解決していきそうなタイプと思いきや、実はクールな知性派。かと思えば所かまわず美男美女に手を出そうとする一面も。このギャップが愛される所以かもしれない。

<あらすじ>

小野小町の子孫、小野春道の屋敷では、家宝の短冊が盗まれてしまう。また姫君錦の前は髪が逆立つという病に。その姫の許嫁である文屋豊秀の家臣、粂寺弾正が遣わされ、小野家の事情を調べにやってくる。そこで弾正が見たものとは……

今月の歌舞伎座では、2023年に亡くなった四世市川左團次ゆかりの狂言『毛抜』が、一年祭追善狂言として上演されている。長男の市川男女蔵さんが粂寺弾正を勤めるのは20年前の「新春浅草歌舞伎」以来だ。

歌舞伎十八番らしいおおらかさ、荒唐無稽ぶり。そこにピタリとはまる粂寺弾正という役どころの線の太さ、そして彼の多面的な魅力は、役者さんのどんな工夫、どんな思いに支えられているのだろう。

今月の深ボリ隊は、「團菊祭五月大歌舞伎」初日を勤め終えたばかりの男女蔵さんを直撃。たっぷりとお話をうかがったところ、弾正の意外な一面も見えてきて……。

Q. あの独特の外見に負けない工夫とは?

上演中の2024(令和6)年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」より。粂寺弾正を勤める市川男女蔵さん 写真提供:松竹(株)

── 20年ぶりに粂寺弾正を勤められ、その初日を終えたお気持ちはいかがですか。

市川男女蔵(以下、男女蔵) 今から思うと前回浅草で勤めたときは、もう若さのスタートダッシュそのもの、勢いだけでしたね。当時はただがむしゃらで、教えていただいたことを一生懸命やってそれで精いっぱい。それ以来弾正に限らずいろいろなお役をさせていただいて、20年たってみると重さが全然違います。なんていうのかな、とにかくこの狂言、この役、この舞台に重さを感じています。

── (四世市川)左團次さんが使っていた道具やお衣裳など、何か思い出の品を身に着けたり飾ったりされていますか。

男女蔵 化粧前の道具や筆とかは、置いていません。心の中にいますので。ただおやじさんの一年祭なので、おやじの名前の木札、楽屋暖簾の横に掛けてあるやつね、あれを部屋に飾って、おやじの好きだった銘柄の煙草を一箱置いて、好きだったコーラとかサイダーとか飲み物を日替わりで供えていこうかなと。ちなみに初日の今日は「午後の紅茶」にしました(笑)。


── 粂寺弾正といえばまずはあの外見が目を引きますよね。

男女蔵 立髪で、もみ上げ部分にシッチュウが着いて、一般的な生締より印象の強い頭でしょ。甘さと強さ、おかしみと二枚目ぶり。カブキ者ですよね。顔は、おやじさんのを見て「こうだったな」というのを基本に、”楷書”でまずは真似てやってみて、少しずつ自分に合わせるようにしています。

── 碁盤柄の裃も独特ですよね。

男女蔵 おやじさんが言うには、「おめえ、あの綿入れは重くて後ろにひっぱられやすいけど、線が細く見えちゃうから持っていかれないようにしろよ」と。あれこれ教えたり言ってくれたりしないおやじですが、珍しくそこは言ってくれたんです。「あの衣裳が似合うようになれ」ということなんでしょうね。衣裳の着方ひとつ、ふだんからおれの横で見ておけよと。

左)『毛抜』粂寺弾正=四世市川左團次 右)『毛抜』粂寺弾正=市川男女蔵 提供:松竹(株)

そういえばおやじの体調がベストのころの体重、足のサイズ、手の大きさ、全部僕と同じなんです。浅草公会堂の入口の前にいろいろな役者さんたちの手形がありますでしょう。あのおやじの手形、僕の手のひらがぴったりはまるんです。驚きました。

── その衣裳を身に着けて花道を出てきます。

男女蔵 他の役でもそうですが、弾正はやはり花道を出てきたときが勝負じゃないですか。これがまず怖い。僕よりうまい方は大勢いらっしゃるけれど、じゃあ男女蔵の弾正は何がどう違うのか。それが問われているようで。とにかく自己満足にならないように一日一日大事に挑んでいかないと、と思いますね。ありがたいことに「歌舞伎十八番」って本当によく出来ていて、『毛抜』という狂言の魅力そのものが僕を助けてくれているような気がするんです。

── そして小野家に到着します。秦民部と八剣玄蕃の間でひと悶着が起きている。

男女蔵 弾正にとってとにかくすべてが、そこに行って見て聞いて初めて知ることなのだと。そこを大事にしています。つまり弾正があの場に行って初めて「あれ、何が起きてるのかな」という気持ちで勤めたい、反応したい。もちろん、やることやるべきことは決まっていますよ。でもその日初めてそこで起きていることとして体験したい。何か起こるかすでに知っているような態度がちょっとでも見えると、お客様は、置いてけぼりにされたように思われてしまいますから。

── 錦の前の髪が逆立つという”症状”について、「奇病門(漢方医学書)にも見当たらぬ」と言っています。弾正は医療に通じているんですね。


男女蔵 弁慶も助六もそうですが、「歌舞伎十八番」の主人公って皆スーパーマンじゃないですか。単に力があるだけでなく、知恵、知識、いろいろな強みを持っている。助六も喧嘩が強いだけでなく、人込みにいって喧嘩をふっかければ相手に刀を抜かせることができる、それによって父の仇の情報も入ってくる。そんな頭の良さがありますよね。この弾正もそうなんでしょうね。いろんな強みを持ってる。だから豊秀もこの人を信頼して小野家への使者に立てているのでしょう。

「毛抜」が、ただの小道具に見えないように

── 小野春道との面会を待っている間に、若衆の秦秀太郎や腰元巻絹にちょっかい出したりもします。

男女蔵 これ、僕も弾正じゃないからわからないけれど(笑)、皆さんやはり弾正は男の人も女の人も好きだと思われるのでしょうね。うちのおやじに尋ねたときは、ただ笑っていました。僕は何となく、秀太郎については持ち前の人懐っこさが出ちゃって、ただじゃれたいのかなという気もするんです。巻絹に対しては完全に女好きアピールでしょうね。あとはお客様にどう見えるのか、お客様が物語を想像する余地も残しておきたい。もしかしたらかつては、「今日は抱きついていたよ」「今日は膝枕していたよ」と、その日その日でちょっとずつ変えたりして、「今日はどうするのかな」とお客様が毎日通って観たくなるようにしていたのかもしれないですよね。継承するべきものは継承しつつ、型は残しつつ、その枠の中でバリエーションがあったかもしれないと思うんですよ。

待たされている間に若衆や腰元にちょっかいを出してすげなくされて……。2024(令和6)年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」より。提供:松竹(株)

── そして小道具ながらこの狂言の主人公ともいえる毛抜そのものが登場します。それも巨大な毛抜が。

男女蔵 待たされている間に持ち歩いている毛抜で髭を抜くわけですが、これもただ毛抜が小道具に見えちゃいけない。常日頃使っている道具に見えなきゃいけない。お茶を淹れる、着物をたたむ、何でもそうです。とってつけたように見えちゃいけないんです。以前『弁天娘女男白浪』で南郷力丸を勤めたとき、先輩から「何百回何千回と、煙管に煙草を詰めて喫みなさい」と言われました。使い慣れていないとただの小道具になっちゃいますから。

── 錦の前の”症状”と、目の前の毛抜について考えをめぐらしている様子を、五種類の力強く美しい見得の連続で見せていきます。

男女蔵 刀を立てて、扇子を持って、腹ばいになって、煙管を立てて、そして仰向けになって……うん、五種類ですね。一つひとつ考えながらやれればいいのでしょうが、僕レベルだともう一生懸命なだけなんです。お客さんが観てくださって、あれはいいな、これはダメだな、大きいなあ、小さいなあ、もうちょっとお稽古した方がいいんじゃないかなとか(笑)、いろいろ思いながら見ていただければうれしいです。ただ、その見得をどれも”弾正という人がやっているのだ”ということにはこだわってみせたいと思っています。

── 左團次さんから何かこの見得について教わったこと、言われたことはありますか。

男女蔵 特に言われたことがないんです。この狂言で僕は八剣数馬などいろいろなお役を勤めさせていただいていますが、おやじの弾正はやはりひとことで言ってしまえば、「素敵」、です。男性の哀愁、重さがあってそれが好きでした。


── 「テンツツ」の下座で小原万兵衛が出てきて、物語がさらに展開していきますね。

男女蔵 ここも、弾正がここで初めて万兵衛と名乗る男に会って、初めてその場で聞いて見て感じているという形にしないといけないと思うんです。とてもよく出来ている作品だからこそ、そこを大事にしないといけないのかなと。台本があってその通りにやっているというふうに見えちゃうと、つまらないし艶やかに見えないんですよ。

── 古典の狂言だからこそ、弾正がその日そこで初めて事件に出くわして解決していく。お客さんにはそう見えることが艶やかさにつながると。

男女蔵 そうそう。もちろんお客様も弾正が敵をやっつけるのはわかっていますよ。だからこそ新鮮さがなくならないようにしないとね。長く一緒に暮らした夫婦みたいに、ふたりでご飯食べているのにお互いスマホ見てる、みたいなのでは、ねえ。その日その日起きたこと、飲んだお水、食べたもの、毎日違うじゃないですか。それを忘れちゃうと面白くないんじゃないかな。

── その新鮮さを保つためにはどんなことを心がけていらっしゃるんですか。

男女蔵 僕はもう、芝居のテクニックだけではなくて、同時に人間の中身の方も磨いていかないと新鮮さが出てこないんじゃないかな。人は芸なり、芸は人なり、ですかね。「これだけやればいいです、ここまでできればいいです」ではなくてね。

あくまでも文屋家の家臣。その性根を忘れずに

── そしてやはり捌き役としての堂々としたカッコよさが弾正にはありますね。

男女蔵 そうなんです。そして逆の面もあるんですよね。助六のようにあまりにもカッコいいともはや夢のような存在ですが、この人はどこかおちゃめで、素敵なんだけど決して雲の上の人ではない。でも普通でもない。見ている方に距離を感じさせないというか。そこが弾正としては大事な所なんじゃないかなと僕は思っています。例えばアイドルグループの方々が街を歩いていたらオーラが凄すぎて声をかけにくいでしょ。でも男女蔵なら声をかけやすいと思うんですよ(笑)。そういう部分を外さないように、お客様が親しみを感じてくださるように。

── 颯爽としていて、でも可愛げがあって。ギャップがまたいいですよね。

男女蔵 そうなんですよ。そしてこの人って自分が解決したことについていちいちでしゃばらないんです。「どうだ、すごいだろう」と、やったことをこれ見よがしに誇るようなところがこの人にはない。あくまでも文屋家の家臣なので、一歩下がった位置にいる。その性分はきちんと押さえておかないといけないと思うんです。偉い立場にいるのはあくまで文屋豊秀や小野春道、錦の前……。自分が王様ではないので。

── 長い槍で天井裏の磁石を抱えた玄蕃の手の者を懲らしめます。

男女蔵 あの元禄見得がね、また素晴らしい形。あの頭と衣裳と小道具を持って、あの豪華な舞台で元禄見得をさせていただくと、本当にいろいろなものに助けられているなあと思うんです。

2024(令和6)年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」より。提供:松竹(株)

── 最後に玄蕃の首を落とし「婿引き出」として小野家に捧げますが、あの一瞬は息をのみます。

男女蔵 あの首を目の当たりにしながらも、春道さんや後ろの皆さんは割合平然としていますよね(笑)。錦の前が少しだけ見ないようなしぐさをしますが。

── そして幕が引かれ、幕外でひとり引っ込んでいきます。三振りの大きな刀を差して悠々と。あそこはやはり気持ちの良いものですか。

男女蔵 いやいや全然そこまでは至りません。今日も無事に終わって、皆さんにご迷惑かけなくて済んでよかったと。お客様にも「こんな私の『毛抜』ですが、ご覧いただきありがとうございます」という気持ちでいっぱいでした。皆さんのお力を借りるしかないので、最後の台詞も本当に心込めて言っています。もちろん、「大事な事件を解決できた、ばんざーい!」という弾正としての気持ちですよね。それを表わすとああいう引っ込みになるのかな。

── お客様に向かっての台詞といえば、秀太郎にすげなくされた後にも「面目次第もござりませぬ」と言いますね。

男女蔵 面白いですよね。芝居の中から弾正がポンッと客席に出てきちゃう感じ。

引っ込みは、幕外でひとり。舞台にも客席にも心を込めて感謝を。2024(令和6)年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」より。提供:松竹(株)

── 改めて、この粂寺弾正というお役、男女蔵さんはどんなところに惹かれますか。

男女蔵 弾正って魅力ありすぎですからね。だからまだまだの男女蔵がやっても魅力的な人物に見えるかもしれません(笑)。だからこそそこからさらに上にいくには、もっと僕自身を磨かなくてはならないような気がするんです。歌舞伎の役や型というものに守られているからこそ、そこからもう一歩拡げようとするなら、その役を勤める自分自身がなんていうんだろうな、進化していかないと殻を破れない気がする。よく出来ている役である分、拡げるのも大変でしょうね。終わりなき道ですね。そして父の一年祭ということで、『毛抜』をさせていただくことをすすめてくださり、賛同してくださった先輩方、出演してくださった先輩方、そして応援してくださった皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。今はとにかく千穐楽まで無事に勤めたい。まずはそこですね。

取材・文:五十川晶子 撮影:源賀津己

プロフィール

市川男女蔵(いちかわ・おめぞう)

1967年生まれ。市川左團次の長男。73年1月歌舞伎座『酒屋』の娘おつうで初お目見得。74年2月歌舞伎座『燈台鬼』の少年時代の道麻呂ほかで六代目市川男寅を名のり初舞台。2003年5月歌舞伎座『暫』の成田五郎ほかで六代目市川男女蔵を襲名。1973年3月『恋女房染分手綱』の由留木家息女調姫で国立劇場奨励賞。76年1月『蘭平物狂』の一子繁蔵で国立劇場特別賞を受賞。

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