「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集
中村橋之助 『紅翫』 一人で何役もやって見せるちょっと変わった大道芸人
第30回
浅草のような観光地で必ず見かけるのが、ご当地の著名人をかたどった顔出しパネルとストリートパフォーマー。「八月納涼歌舞伎」第二部の『艶紅曙接拙』(いろもみじつぎきのふつつか)にも、江戸の市井のさまざまな商人たちにまじって、かなりユニークなストリートパフォーマー、通称「紅翫」が登場する。
<あらすじ>
富士山の山開きでにぎわう浅草。隅田界隈には蝶々売り、朝顔売り、団扇売りに虫売りと、さまざまな商人たちがやってきて夕涼み。そこへ、額におかめの面を着け、青竹の棹に味噌漉しの胴を使ったお手製の奇妙な三味線を持ち、さらに小さな太鼓を腰に挟んだ男が現れて……。
当時の人々になじみ深い物語の一場面や登場人物を鮮やかに取り込み、今風に言うならマッシュアップし、パロディにしたてて踊った紅翫。このユニークな芸人には浅草の小間物問屋紅屋勘兵衛というモデルがいたという。「紅勘」とも表記されるが、初演では四世中村芝翫が扮したため、日本舞踊中村流では「紅翫」と表わす。今回の深ボリ隊はこの紅翫をロックオン。
今月の歌舞伎座で成駒屋ゆかりの紅翫を勤めるのは中村橋之助さんだ。どう見ても他の登場人物たちとは一味も二味も違う奇妙ないで立ちだ。これはいったい何を表わしているのか。紅翫のパフォーマンスが市井の人々になぜ大人気だったのか。舞台稽古を終えたばかりの橋之助さんを直撃した。
Q. 歌舞伎通も初心者も、見どころたっぷりの 舞踊劇「紅翫」の楽しみ方は?
── お父様(中村芝翫)が2016年に歌舞伎座で踊られて以来8年ぶりで、橋之助さんもそのときは大工で出てらっしゃいました。今回は橋之助さんが紅翫を踊られます。
中村橋之助(以下、橋之助) 実は僕、橋之助襲名以来、歌舞伎座で出し物をさせていただくのが今回が初めてなんです。(中村)福之助は今年『五人三番叟』、おととしの8月には(中村)歌之助が『新選組』を出しましたので、兄弟では僕が一番最後になりました。なのでそこがまずありがたいです。それも成駒屋にとって大切な、この『紅翫』で出し物ができるのもうれしいですね。ほんとにことさらなんということのない踊りなんですが、それだけにいかにお客様に楽しんでいただけるかが大事だと思っています。
── 歌舞伎を見始めてまもない方でも江戸の様々な風俗が楽しめますし、歌舞伎好きな方なら「あ、ここはあの狂言のあれだ」と発見する楽しみがありますね。
橋之助 そうなんです。「歌舞伎舞踊あるある」ですがパロディ場面の連続なので、そうやって見つけていただくのが本来の楽しみ方でしょうね。
── 紅翫・・・とにかくユニークな人のようですね。
橋之助 今なら大道芸人でしょうか。よくバラエティ番組の「変人特集」で、家にある雑貨で発明品作っちゃうような人が出てくるじゃないですか。あれを思い出すんです。お三味線もお手製だし、次から次へといろんな楽器が弾けるように太鼓とかも身に着けていて、何だかピタゴラスイッチみたいで(笑)。浅草でポーズつけて動かない大道芸人がいたりするじゃないですか。ちょっとあんな感じで、そこに遊びに来た人たちがわいわいと眺めている。現代と変わらない楽しみ方なのかなと。
── 拵えも独特です。頭巾におかめの面を着けて。
橋之助 今僕の着ている浴衣もそうですが、うち(成駒屋)の紋をもじって着付にたっつけ袴にお扇子、全部「かんつなぎ」の柄になってます。日常を切り取っている舞踊なので、このお役に関してはあまり顔は作りこまずにできるだけナチュラルにしています。今回はこのおかめの面を着けて踊るところは時間の都合でカットしていますが。
── 本舞台に虫売りや朝顔売りなど商人たちが顔を揃え、それぞれ一踊りしたところで紅翫を呼び出します。
橋之助 これも「歌舞伎あるある」ですが、お膳立てしてもらったところへ主役が花道を出ていきます。ここはとにかく爽やかに気分よく出ていきたいですね。
それぞれの踊りに、役どころの違い、役者の持っている色の違いを見ていただけたら
── 「酔うた酔うた」で、怒り上戸、泣き上戸、笑い上戸を、それぞれの目かつらを着けて踊ります。視野はどのくらいになるのですか。
橋之助 だいたいお祭りで売っているお面と変わらないか、少し狭くなる感じですね。お面を着けたときの踊り方といえば、以前『大原女(おはらめ)』を踊るときに(十世坂東)三津五郎のおじさまに教わったことを思い出しますね。下を向いたり横を向いたりすると、凹凸があるので影ができて怖い顔に見えてしまうと。今回はお面が平らなものなので左右に顔を振るだけでも見え方が変わってくるんです。特に鼻から下は見えているので口元の表情は大事ですね。今回は(中村)梅彌の伯母に振りの意味などを教わっています。
── そして次が五目踊りと言われる踊りになります。人気狂言の主役たちが登場してきますね。トップバッターは(『一谷嫩軍記』の)熊谷直実です。
橋之助 まず馬に乗った熊谷が「おおいおおい」と平敦盛に声をかける様子を見せて、その「おおいおおい」という浄瑠璃つながりで、熊谷が今度は(『仮名手本忠臣蔵』五段目の)斧定九郎になります。
── 「おおいおおい親父殿」と定九郎が与市兵衛の金を狙って声をかけるところにかぶせているわけですね。(現在は稲藁の奥からいきなり与市兵衛を刺し殺す場合が多い。)
橋之助 そうです。その定九郎がくるりと回ると与市兵衛に変わる。ここは仕方噺っぽく踊ります。
── 一瞬で若い浪人から老人へと体つきが変わります。こしらえも何も変わらないのに、次々と早替りを見ているような。
橋之助 このあたりはもう体が自然に動きますね。ここからは定九郎、ここからは与市兵衛……と考えながらやっていたら遅くなるので、句読点を打つ感覚で切り替えて踊ります。
── その後は三番叟に。
橋之助 メドレーですよね。お客様を飽きさせない工夫だったんだろうなと思います。そして「愛しそなたを手にかけて」の浄瑠璃で『明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)』になったかと思えば、(『伽羅先代萩』の)千松になって「ままはまだかや」「一年待てどもまだ見えぬ」で「まま炊き」の場の政岡、そして「まだ見えぬ」つながりで(『吉田屋』の)夕霧になります。
── 「まだ見えぬ」の対象が千松から夕霧の恋人の伊左衛門に瞬時に変わる、そのギャップが楽しすぎです。
橋之助 伯母に言われたのは、政岡のとき、どっちに誰がいてどっちにまま炊きの道具があるのかを意識しなさいと。政岡は片外しという役柄で夕霧は傾城ですから、同じ女方の役柄でも真逆です。ここの句読点は特に意識しますね。フェイドイン、フェイドアウトにならないようにと。
── そして(『伊賀越道中双六』の)『沼津』の十兵衛になったり平作になったり。
橋之助 その後は『喜撰』ですね。「お泊りならば泊らんせ お風呂もどんどと湧いている さアやあとこせ よんやな」と続きます。「ここはあの踊りのあそこだな」と見つけられたら面白いですよね。もしかしたらもっと細かく見ていけば、他の詞章や振りにも何か引用されているものがあるかもしれませんが、今に伝わっているのはそんなところでしょうか。詞すべてに意味を持たせているわけでもないですし。
── 「別れせわしき 明烏 成駒屋」で頬かむりしていた手ぬぐいをねじって頭に乗せますね。
橋之助 あれは(中村)児太郎の兄の紋にもなっている「ふくら雀(児太郎雀)」を意味しています。
── 鵜とか烏とか雀とか、鳥の名前もあれこれ織り込まれているような気がしますが……。
橋之助 うーんそこはたまたまかな、どうなんだろう。
── 踊り手としてはどこが肝だなと感じますか。
橋之助 なんて言いますか、しっかりと踊り込むというよりは、いかに自分自身が楽しく踊れるかでしょうか。大道芸人として、その場にいる人々を楽しませるだけでなく自分自身も心から楽しめるように、足の運び方、重心の乗せ方ひとつ、お稽古の段階でしっかりと詰めておきたいと思います。舞台に行くと、ひとつ不安になるとその後引きずってしまうこともあるので、そうならないように。まずは準備をきちんとしておきたいですね。きっと他の皆さんもそれぞれの役としての人間関係を含めて踊ってくださると思うので、役どころの違い、役者の持っている色の違いを見ていただけたらと思います。
『髪結新三』の新三もいる江戸の一場面として楽しんで
── 橋之助さんにとって常磐津の舞踊の面白さとはどんなところでしょう。
橋之助 この間も伯母から、僕の入る間が「常磐津っぽくない」と言われました。例えば長唄なら、こういういろいろな物語を織り込みながら風俗を見せる踊りはたぶん成立しないんです。『乗合船恵方万歳』だったり『どんつく』だったりのような。長唄が楷書なら常磐津は、行書、草書という感じ。竹本と清元の間にあって、台詞のような節、間をいっそう大事にしなきゃいけないのだろうなと。
── 今回、若手の皆さんによる一幕ですね。
橋之助 どうしても若手だけで一幕となると雰囲気が固くなりがちなんですが、今回は(坂東)巳之助にいさんや(坂東)新悟にいさんたちにひっぱっていただきながら、そこに乗っからせていただいて楽しくその場にいることが大事かなと思いますね。それと第二部は、この前が(中村)勘九郎の兄の『髪結新三』です。今回に限ってですが、極端なこといえば、この紅翫の舞台に新三がそのままいてもいいのかなと。
── あ、それは楽しい見方ですね。
橋之助 同じようにあの鰹売りがいてもいいですし。時間軸は同じ世界なので。江戸の市井の情景の一部にグッと入り込んでお芝居にすると『髪結新三』になるし、引きで全体を見てみると『紅翫』になる。そんなふうに楽しんでいただけたらうれしいですね。
取材・文:五十川晶子 撮影:You Ishii
プロフィール
中村橋之助(なかむら・はしのすけ)
1995年12月26日生まれ。中村芝翫の長男。祖父は七代目中村芝翫。2000年9月歌舞伎座〈五世中村歌右衛門六十年祭〉の『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』の所化と『菊晴勢若駒(きくびよりきおいのわかこま)』の春駒の童で初代中村国生を名のり初舞台。16年10・11月歌舞伎座『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』熊谷陣屋の堤軍次ほかで四代目中村橋之助を襲名。日曜劇場『ノーサイド・ゲーム』 ほかテレビドラマや舞台『サンソン-ルイ16世の首を刎ねた男-』(21年)等に出演。
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