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「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

上村吉太朗 『俊寛』千鳥「かわいくて純粋。強い一面も持つ娘」

第32回

絶海の孤島、鬼界ヶ島に流され3年。寂しい流人生活を送る俊寛僧都の心を、つかの間とはいえ、癒し、希望の灯をともしたのが海女の千鳥だった。近松門左衛門作・人形浄瑠璃として初演され、その翌年には歌舞伎に移された人気狂言だ。

<あらすじ>

平家打倒の密議が露見し、鬼界ヶ島に流された俊寛、丹波少将成経、平判官康頼。3年たったある日、成経が島の娘、海女の千鳥と夫婦になるというので、皆でささやかな祝言を挙げる。そこへ都からの船が着く。役人の瀬尾太郎兼康が赦免状を読み上げるが、そこに俊寛の名前はなく……。

この狂言に唯一登場する女方の役どころが海女の千鳥だ。他の時代物や世話狂言に登場する赤姫や傾城はもちろん、町娘ともずいぶん雰囲気の異なる娘役、千鳥。彼女のけなげさ愛らしさは、登場からいきなり客席の心をつかむ。そしてやわらかい薩摩なまりのまじるその台詞に、俊寛同様に頬を緩めてしまう。

今月の深ボリ隊はこの千鳥をロックオン。歌舞伎座の「錦秋十月大歌舞伎」『平家女護島』でこの千鳥に抜擢されたのが上村吉太朗さんだ。初役でこの大役を勤める。千鳥はなぜこんなにも愛らしいのか。そして実際にどんな娘なのか。「俊寛」の稽古直前の吉太朗さんを直撃した。

Q. 傾城とも町娘とも違う、島の娘らしさはどうつくる?

上演中の「錦秋十月大歌舞伎」昼の部『俊寛』より、海女千鳥を勤める吉太朗さん (c)松竹

── 吉太朗さんがこの狂言を初めてご覧になったときの思い出を教えてください。

上村吉太朗(以下、吉太朗) 俊寛が(片岡)我當旦那で、師匠(上村吉弥)が少将、(中村)京妙さんが千鳥でした(2012年、大阪松竹座「歌舞伎鑑賞教室」)。それがまず最初の千鳥というお役との出会いです。師匠が二度ほど巡業で千鳥を勤めていますので師匠に教わります。普通の女方の役とは違う、いい意味で礼儀を知らない、それが千鳥のかわいらしさにもつながっていて、俊寛はじめ皆が護ってあげたいと思えるような娘です。町娘とは違う島の娘だというところが大事だと師匠から教わりました。

── 若女方にとって大役ですね。千鳥を勤めると最初に聞いたときはどんなお気持ちでしたか。

吉太朗 もうこれまで感じたことのない驚きと、もはや怖さでした。8月頭くらい、桂九雀師匠の「九雀の噺-美吉屋ご一門を迎えて-」に出演させていただくということで、お稽古をしていたころです。

── 鹿芝居の逆で、役者が落語に挑戦する試みですね。

吉太朗 そうなんです。その頃に師匠から電話で「あなた、大変よ!」って言われて、「何だろう、10月の歌舞伎座で自分が勤めそうなお役って何かあったかな」と「歌舞伎美人」を確認したりして(笑)。でもわざわざ師匠が連絡してくださるくらいだから何か意外なお役なのかなと思っていたら、まさかの千鳥。師匠も僕に話すときにうるうるしていました。僕はもう茫然としてしまって、どうしようかと。

── まず何から始めましたか。

吉太朗 まずは(尾上)菊之助さんにお電話してお礼を伝えたら、竹本織太夫さんから薩摩なまりを習ってほしいとおっしゃったので、織太夫さんに稽古していただきました。歌舞伎の台詞ですから義太夫とは言い方が違いますので、そこは調整しつつ。ただ、あの狂言で薩摩なまりなのは千鳥だけ。他の人はみな都人ですから。鬼界ヶ島の空気を出せるのは千鳥だけなので、そこを大切にと言ってくださいました。

── 千鳥はこしらえがまずとんでもなくかわいいですよね。

吉太朗 若草色にヒトデ柄の着付で、(『妹背山婦女庭訓』の)お三輪……はもう少し濃い色ですが、(『菅原伝授手習鑑』の)八重とか、ちょっとそういう田舎娘っぽいイメージと重なります。あんこ帯を前帯で締めて、柄は蔦ですね。

── この蔦模様が遠くから見るとちょっとハート柄に見えて、またそれもかわいいんです。

吉太朗 たしかに! ハートに見えますね(笑)。裾はからげて足は裸足です。この鬘は馬のしっぽと言っていいのかな、それに珊瑚の髪飾り。海で採れたものなのでしょうね。

── 顔についてはいかがですか。

吉太朗 千鳥は本当は真っ白ではないはずなんですよ、海女ですから、もっと日焼けしているはず。初演から真っ白だったのか、どなたかが白くすることにしたのか。見初めた少将も同じように白塗りですから、綺麗なカップルという印象ですね。この狂言の中では唯一の女方のお役ということで、自分に注目されることも多いと思いますので……こうお話しながら改めて、本当にちゃんと頑張らないといけないなと焦っています(笑)。

── 眉や目の化粧で田舎娘らしさはどんなところに?

吉太朗 傾城とは違いますから眉を立派には描かずかわいく描きます。眉って遠くからでもその役柄を認識できる部分なので、眉間を空けたり長くしたり短くしたり。眉尻を長く立派にすると傾城に見えます。千鳥は短めにして、目の周りのぼかしもあまり強く入れない方がいいんじゃないかなと。勤める方の顔の形にもよるのだと思いますが。

── いわゆるナチュラルメイクですね。

吉太朗 そうです。すっぴんに近いイメージ。ただ歌舞伎座の舞台なので、後ろの方のお客様にも伝わるようにしっかり描かないといけない面もあるんです。難しいですね。とにかく今月はすべてが勉強です。

── そして千鳥の出がとにかくかわいらしいですよね。呼ばれて出て行ったのにまた引っ込んでしまう。あっという間に心つかまれてしまいます。

かわいらしさがありつつ、客席にも響くような「か細く、透き通るような声」がポイント。上演中の「錦秋十月大歌舞伎」昼の部『俊寛』より、海女千鳥=吉太朗さん (c)松竹

吉太朗 少将はもちろん、康頼にも会ったことがありますが、俊寛に会うのはあれが初めてなんですよ。恥ずかしさもあり、また身分の違う人だからこんな自分がお目にかかっていいものだろうかと。とにかくサーッと花道を引っ込んでしまう。

── あの引っ込みは速いですよね。

吉太朗 速いですね(笑)。出はその人物の第一印象を決めるのでどのお役でも大事ですが、この千鳥は特に皆さんの印象に強く残るところだと思います。それに出て行って恥ずかしがるだけではなくて、速足で引っ込むなんて良い手法ですよね。

── 名前を呼ばれて「あい」という声がまたかわいいんです。

吉太朗 か細く、透き通るような声がいいと言われます。しっかりし過ぎず細く、でも響かせなきゃいけない。

島の娘らしさが詰め込まれた「薩摩なまり」

── 俊寛たちとともに祝言を挙げます。

吉太朗 俊寛が「こなさんが千鳥か」と声をかけてくださって、千鳥の一発目の長台詞があります。「島の山水だけれど酒と思う心が酒」と。盃もアワビの貝殻ですが、どうぞこれを代わりにと。とにかく一生懸命伝えようとするところが大事かなと。この一生懸命さに、島の娘らしいあどけなさ、まっすぐなところが出ていると思います。

── そして先ほど触れられた「薩摩なまり」が台詞に出てきます。

吉太朗 まず台詞を音として聴きました。最初に訛りや抑揚を耳に入れて、さらに師匠と織太夫さんに教わったことを組み込んで稽古しました。千鳥と言えば「りんぎょぎゃって、くれめせや」(かわいがってくださいませ)という台詞が知られていますが、義太夫では「りんによぎゃって、くれめせや」が正しいそうです。義太夫の薩摩なまりで言うとなるとこうなんだなと勉強になりました。こういう素朴ななまりや抑揚、言い回しに、千鳥のかわいらしさ、島の娘らしさが詰め込まれているように感じます。

── 千鳥は山水を酒の代わりにと出しますが、後から考えてみれば奇しくもこれが別れの水盃となってしまうんですね。

吉太朗 そうなんですよね。ここはそういう設定だと思います。

── 瀬尾太郎兼康が下船してきて赦免状を読み上げ、俊寛は赦されず島に残ることになります。しかし丹左衛門があえて後から降りてきて、平重盛公の慈悲として俊寛も都に戻れることに。ところが千鳥は一緒に乗せてもらえない。

吉太朗 千鳥にとっては少将が初恋だと思います。その人が連れていかれる。一緒に連れていってもらいたい。裕福な生活なんて望んでいない、一緒にいられればそれでいいのにと。でも自分のために三人が残るというのは申し訳ない、どうしよ、どうしよという気持ち。ここはもうめちゃくちゃ複雑です。でも結局自分ひとりが残されることになってしまう。

── そしてサワリ(女方の見せ場、愁嘆場。クドキ)となります。吉太朗さん、舞台にひとりきりですよ。

吉太朗 どうしましょう。歌舞伎座の大舞台でひとりきり。もうそれは緊張すると思います。想像すればするほど怖いです。島にひとり残される千鳥の心情とリアルなその状況がリンクしますので、せめてそれを自分に落とし込んで勤めたいですね。

── ここは竹本と台詞を取ったり取られたりの、本当に見どころ、しどころですね。

吉太朗 本当においしい、いい役ですよね。このサワリを師匠は(片岡)秀太郎旦那に習ったので、それをベースに教わっています。江戸の役者さんの千鳥とは少し違うかもしれません。「乗せてたべ」と嘆いて、癪を起こして「あいたた」とさらしで胸を縛る、手をそろえて裾を押さえてきまるのが普通ですが、上方のやり方ですとここでさらしをグッと縛ってきまったりするんです。また、「ポテチン」(クドキなどで使われる義太夫三味線の弾き方)があるのは同じですが、袂を持って振るところとか、袖の使い方などが少し違うかもしれません。大旦那がなさったときの南座での映像がありまして、それを基に稽古しました。江戸のやり方と秀太郎旦那のやり方を合わせながら、となりそうです。

上演中の「錦秋十月大歌舞伎」昼の部『俊寛』より、海女千鳥=吉太朗さん 千鳥最大の見せ場、「サワリ」の場面は歌舞伎座の大舞台でひとりきりに。「想像すればするほど怖いです」(吉太朗) (c)松竹

とにかく純粋。心が動くまま、真っすぐに

── 「鬼界ヶ島に鬼はなく」という大事な台詞があります。

吉太朗 『俊寛』のテーマですよね。これははっきりと伝えなければいけない。千鳥は最初は自分のような身分の者がと思うのですが、少将と出会うまできっとずっとひとりで生きてきた女性だと思うので、言うべきことは案外はっきりと言っているんです。千鳥、年齢は二十歳になってないくらいなのかなあ。

── あどけないところもあるし、強気な面もありますね。そしてもうひとりで死のうかというところへ俊寛が船を降りてきて、千鳥に「こなたを船へ乗せてやる」と。

吉太朗 ここは「もういいです、ひとりで島に残るくらいなら死んだ方がましです。行ってください、乗ってください!」という思いですね。

── 俊寛を初役で勤める菊之助さんとふたりでじっくりと芝居する場面です。

吉太朗 そうなんです。ふたりのお芝居の場面。

── そして瀬尾との立廻りですね。

吉太朗 ここはむちゃくちゃですよね(笑)。砂投げたり。熊手というのでしょうか、持ち上げて瀬尾にかかっていきます、とにかく瀬尾に一生懸命立ち向かっていきます。覚悟を決めるしかない千鳥にとってはこの人が鬼ですから、いてもたってもいられず、自分にできることは何でもしてやるという強さが見えるところです。千鳥って感情の起伏も結構はっきりしていて、その感情に素直に動くんです。俊寛にはずっと「科は逃れぬからやめろやめろ」と言われているんですけどね(笑)。

── 吉弥さんから何かアドバイスはありましたか。

吉太朗 熊手で加勢しようとして止められるところは、「もう!」というすねる感じで、はっきりとストンと肩を落としたほうがいいと。遠くのお客様にも分かるからと教わりました。

── 今、吉太朗さんがストンと肩を落としたしぐさをしただけで、ふっと目の前に千鳥が現れました。

吉太朗 本当ですか(笑)。サワリでは、特に義太夫を使ってやる部分は、上方の役者としてもしっかりやりたいですね。ちゃんと音にはめて、振りを音に当てて。義太夫を使って振り事をするときは「踊りになってはいけない」と言われていますので、そこはきちんと気をつけて感情を乗せながら。あくまでもサワリは心情の描写で、感情に動きが付いてくるものなので、そこを大事にしたいと思います。……って自分で言ってハードルを高くしてしまいました……。

── そして俊寛は瀬尾にとどめを刺します。

吉太朗 千鳥の最後の台詞、「親は一世、夫婦は来世があるものを」、ここも大事な所だと思うんです。千鳥が耐えかねて自分の気持ちを言うところで、「のめのめ船に乗らりょうか」と。俊寛への感謝と申し訳なさ、ここに至るまでにもずっとそう思ってはいるけれど、最後に言葉できっぱりと言うのが千鳥らしいなと。

── 何も言わずに泣き崩れるのではなく、ちゃんと自分の気持ちをはっきり俊寛に伝えていますね。

吉太朗 そうなんです。瀬尾は死んでしまったけれど、自分が乗るわけにいかない、申し訳ない、だから皆さんおさらばと。純粋です。この役は、本当に。

── そういう純粋さはどう表すのですか。

吉太朗 目線や体の使い方、いわゆる“おいしい”見せ方はいろいろと師匠に習ってはいますが、基本的には心情にまっすぐにいこうと思っています。思った通りにそのままで。どう見せようかという技法だけではなく、まっすぐに伝えられればと。

── 舞台の上で吉太朗さん自身が心動かしたことがそのまま伝わってくるように。

吉太朗 ですので、僕自身の心が動いてなければ表現できないことになってしまうんですよね。

菊之助さんの俊寛に「敬い慕い、心を寄せて勤めたい」

── 菊之助さんとのご縁といえば、『新作歌舞伎 ファイナルファンタジー X』(2023年3,4月)や、『マハーバーラタ戦記』(2023年11月)に吉太朗さんも出演されていますね。

吉太朗 国立劇場の『義経千本桜』(2022年10月)で若葉の内侍で使っていただいてから、続けてお役を頂けるようになりました。本当に気さくに話しかけてくださいますし、折に触れてお芝居の深いお話を聞かせてくださったり。今回菊之助さんも初役で、まさに挑む思いでいらっしゃると思うんです。その俊寛を敬い慕い、心を寄せて勤めたいと思っております。

── 改めて、「上村吉太朗の千鳥」、どこに注目してほしいですか。

吉太朗 やはりサワリですね。千鳥の見せ場ですし。また物語が動いているその中で、脇にいるときの千鳥も見ていただけたらありがたいです。こんな状況になってしまって、この娘はどんな気持ちでいるんだろうと想像しながら。そして千鳥を通じて、少しでも僕のことを知ってもらうきっかけになればこんなうれしいことはありません。

上演中の「錦秋十月大歌舞伎」昼の部『俊寛』より、海女千鳥を勤める吉太朗さん「千鳥を通じて、少しでも僕のことを知ってもらうきっかけになれば」 (c)松竹

取材・文:五十川晶子 撮影(舞台写真を除く):源賀津己

プロフィール

上村吉太朗(かみむら・きちたろう)

2001年2月26日生まれ。2007年5月第三回みよし会『傾城阿波の鳴門 国訛嫩笈摺(くになまりふたばのおいずる)』「どんどろ大師の場」巡礼お鶴で上村吉太朗を名のり初舞台。2009年11月、8歳で五代目片岡我當の部屋子となり、12月南座『時平の七笑』の稚児松乃丸で部屋子披露。近年は『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』のリュックや『新作歌舞伎 刀剣乱舞』の膝丸など、人気ゲーム作品のキャラクターも勤めた。

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