「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村隼人『女殺油地獄』河内屋与兵衛 「不良になりきれないお坊ちゃん」

第47回

『女殺油地獄』の主人公与兵衛は、プライドだけは一人前の油屋の放蕩息子。カッコつけて仲間と酒呑んで、新地でお目当ての芸者と遊ぶことばかり考えている。なのに金の工面はもっぱら親頼みで、不満だらけの子供っぽい青年。そんな与兵衛にある時ふっと魔が差して……。近松門左衛門が描いた若者は、現代にそこかしこで起きている犯罪にも登場してきそうだ。

<あらすじ>

大坂・天満の油屋・河内屋の与兵衛は遊び惚けて借金三昧。ついに勘当の身となり、同じ油屋の豊嶋屋の女房お吉を頼るが……。

なぜ与兵衛はあの夜豊嶋屋へ行ったのか。お吉を殺す気があったのか、そうでないのか。お吉に気があったのか、そうでないのか。今月の深ボリ隊は油屋与兵衛にロックオン。
今月「壽 初春大歌舞伎」のBプロで与兵衛を勤めるのは中村隼人さんだ。2024年花形歌舞伎で勤めて以来2度目。稽古が始まる前のある日、隼人さんを直撃した。

Q.与兵衛の理性は、どこで狂気に替わったのか?

令和6(2024)年3月南座「三月花形歌舞伎」桜プログラム『女殺油地獄』にて、河内屋与兵衛を勤める隼人さん (c)松竹

── 2024年南座の花形歌舞伎では初役で与兵衛を勤められました。上方歌舞伎のおひざ元で近松作品の大役を果たされたわけですね。

中村隼人(以下、隼人)  関西弁はとにかく難しかったですね。僕は江戸の役者なので、関西のお芝居をするときイントネーションが東京バージョンだと言われるんです。この与兵衛は上方のぼんぼんなのでもちろん関西弁。でも義太夫の訛りは難しいですし、江戸の役者あるあるなんですが粋になり過ぎちゃいけない、シャープなカッコよさになってもいけない。

── 序幕の徳庵堤茶店の場では、『与話情浮名横櫛』の木更津の与三郎のようなこしらえで出てきます。

隼人  あそこはもうザ・若旦那という格好です。でもこの格好だとふつうは歌舞伎の“つっころばし”という、ちょっと押したら転びそうな弱々しい役じゃないですか。他の芝居だと『法界坊』の手代要助とか、『双蝶々曲輪日記』の「相撲場」の与五郎とか。でも与兵衛の場合はけんかっ早くて、弱々しい感じはないんですよ。

── 役柄の典型に当てはまらないんですね。たしかにこういう形(なり)をしているのに、友達率いて威勢よく出てきますよね。

隼人  強そうに見せたいくせに妙に軽くて薄っぺら。イキがっているだけなんですよ。プライドだけは高くて、不良になりきれない男なんです。

── 本舞台に行くとお吉に呼び止められますが、お吉に対してはどんな感情を持っているのでしょう。

隼人  (片岡)仁左衛門のおじさまに教えていただいたのは、「お吉に対して恋愛感情はない。おせっかいなただのおばちゃんだ。昔はこういう世話焼きのおばちゃんがいっぱいいたけど、今はいないだろ」と。そういう関係性の人が今は周りに少なくなったので、僕らすぐに恋愛感情があるんじゃないかと思いがちなんです。物語としてもわかりやすいからそう見てしまう。特に今回お吉が(中村)米吉君(Bプロ)で同世代なので、よけいにそう見えてしまうかもしれないんですが、実は違うんです。

── お吉があれこれ諭しているのにまるで聞いていない感じで、傍らで友達と酒を呑んでいますよね。

隼人  そうなんですよ。煙草を吸い始めた学生みたいに、酒が好きというよりイキがって呑んでいる感じ。「ま~たこのおばちゃん、何か言ってるよ」と思いながらお吉の話は聞いていない。ここでもお吉に対して恋愛感情なんてないのが分かると思います。

── 一方で芸者小菊についてはかなり執着しているようですね。

「プライドだけは高くて、不良になりきれない男なんです」(隼人さん) 令和6(2024)年3月南座「三月花形歌舞伎」より (c)松竹

隼人  この男の持っているちょっと恐ろしいところで、下手すると暴力ふるいそうな感じがあります。でも「あなたが一番よ」って言われると「ほんとに?」ってすぐへなへなになってしまう浅はかさ。甘やかされて育っているのでね。

── 小菊を争って田舎侍との喧嘩になって川に落ちてしまいます。

隼人  あそこで土手の下に落ちた後、実は衣裳のしつけを取って頭も替えているんです。そしてあの土手をまた上って舞台に戻るんですが、つるっつる滑るんで意外に上りにくいんですよ。そんな感じで、裏では結構せわしない思いをしながら喧嘩場やってます(笑)。

── あそこで与兵衛はびしょびしょで泥だらけになっているという設定ですよね。

隼人  歌舞伎なのでもちろんリアルなびしょびしょの姿にはなりません。ここ、歌舞伎を観慣れていない方には拡大解釈してもらわないといけないところです。「え?ただ着崩れてるだけじゃん」って思われると、お吉がわざわざ茶店に連れて行って着替えさせる意味が分からなくなる。泥だらけ、びしょびしょで往来を歩かせるわけにはいかないから茶店に連れて入って着替えさせるので、不倫じゃないかと疑われるわけです。お吉の夫の七左衛門も与兵衛の評判が悪いのを知ってるんですよ。「小さいときは可愛かったのにどうしようもなくなったな」と。だからうちの妻に構ってくれるなという思いでしょうね。

小菊を争って喧嘩になり、川に落ちてしまう与兵衛 令和6(2024)年3月南座「三月花形歌舞伎」より (c)松竹

── 幕切れに馬の声が聞こえたので、先ほど通って行った侍の一行が戻ってきて首を刎ねられるのではないかと、慌てて座り込んで羽織で体を隠します。

隼人  僕、身体が大きいので、小さく見えるように羽織の扱い方は工夫しました。羽織からの顔の出し方、どうやったらかわいく憎めなく見えるかなと。『身替座禅』みたいに大きい掛けならいいですけど、与兵衛の羽織は小さいですからね。

── そして花道を引っ込んで行くとき、歌舞伎座の観客がまるで徳庵堤にいる人々のような雰囲気になりますね。与兵衛をじろじろ見ている見物のように。

隼人  僕はそのつもりでやっています。カッコつけて引っ込むんだけど、やっぱり周りの眼が気になって恥ずかしくなる。この場だけは、お客様のリアルな視線を感じて、恥ずかしい、情けないという思いで引っ込んでいます。ちなみに後の殺し場からの引っ込みも、お客様には木戸の間から覗き見えちゃった!みたいな感覚で見ていただきたいんです。

プライドだけは一人前。複雑な家で育った若者の心情を丁寧に

── 河内屋内の場の出では、序幕とうって変わって天秤棒で油桶をかついでいて、働いている与兵衛として花道に現れます。

隼人  桶をかついで出るというところだけ見れば『義経千本桜 すし屋』の弥助に似ているんですが、弥助と違うのは、弥助は実は平維盛ですから鮨桶なんてかついだことがない。一方で与兵衛は家業なのでかつぎ慣れているはずなんです。力がなくてへなへななのではなくて、持てるけど「重い、めんどくさい」という感情が勝つようにしています。「一日中売り歩いても新地での飲み代にすらならない。じゃあおふくろの金もらっちゃおうか」という考えにいきつく。結局この人は世間体ばかり気にしてるんですよね。

── 父・徳兵衛がもとは河内屋の番頭だったことや、後家のおさわと夫婦になって娘のおかちが生まれたこと、元の主の息子である与兵衛に対して遠慮があることなどなど、与兵衛とその家族をとりまく事情が分かります。

隼人  妹おかちのことはそこそこかわいがっているんです。でも自分のやりどころのない怒り、抑えられない思いをつい家族にぶつけちゃう。与兵衛っていつもその場しのぎを考えている人間だと思うんですよね。僕はこの与兵衛は、きっと義理のお父さん(徳兵衛)のことは認めていて、素直に親子として接したいと思っている気がするんです。パパって言いたいけど恥ずかしいし、つい反抗的な態度とってしまう。そこへおふくろが帰ってきて「出ていけ」と言われた。やりどころのない不満を抱えて家を飛び出したのだと思っています。たまたま借金を返さなきゃいけないタイミングで勘当されたのが悲劇の始まりだったと。ただの暴力息子に見えたらつまらないので、複雑な家で育った若者の心情を丁寧に表現したいと思います。

ただの暴力息子に見えないように、若者の心情を丁寧に表現したい(隼人さん) 令和6(2024)年3月南座「三月花形歌舞伎」より (c)松竹

── 柱にもたれかかる姿はシュッとしつつも薄っぺらさが滲んでいますね。

隼人  あそこはカッコよすぎると与三郎のようになっちゃうので、あえてスタイリッシュにならないように、と思ってやりました。ああいうところで役の気持ちがふとにじみ出るのかなと思いますね。まあ基本的にこの人は何をするにも刹那的で何も考えていないんですが。

── 勘当されて家を出て、花道を引っ込んで行きます。

隼人  ここの引っ込みが大事で。こんなひどい息子でも「かわいそう、手を差し伸べたい」と思ってもらえるような表情を意識しています。ここでお客様に嫌われてしまったら殺しの場までいけないので。基本的に父母に反抗しても叩かれても勘当されても、憎しみまでは持っていない。そこが現代の家庭内の犯罪とは違うところかもしれません。両親に対してもっとひどく暴力をふるうことはやろうと思えばできる。でも叩かれて「痛い!」と言って自分から家を出ていくわけですから、一線を越えない理性はあるんです。でもそこも怖いところで。理性を保ったまま豊嶋屋へ行くけれど、そこで両親それぞれの自分への愛情を知ると逆に理性のタガが外れちゃうんです。

── その豊嶋屋へ向かう花道の出のところは、どういう思いでいるのでしょう。ここでもうすでにお吉を殺す気でいるのでしょうか。

隼人  それはないです。「誰かお金貸してくれないかな」と思ってさまよっていて、「あ、そうだお吉さんなら何とかしてくれるかも」と。ただ、ふだんは持たない脇差をこのときはたまたま持って出るんですけどね。

── ここの手ぬぐいで頬かむりした与兵衛、凄絶な美しさです。

隼人  ここは毎回すごくこだわりました。手ぬぐいを顎の下で結んだ後、垂らす長さを左右で変えているんです。頬かむりをやり慣れている感を出したくて。それと手ぬぐいからこぼれて見えるシケの出し方も。二本出していますけど、少しでもずれると雰囲気変わっちゃうので。それと口の色を消して血色の悪い顔に見えるように。唇の色を悪くすると色っぽく見えるんですよ。

頬かむりをしてお吉の元へ向かう与兵衛。「ここは毎回すごくこだわりました」(隼人さん) 令和6(2024)年3月南座「三月花形歌舞伎」より (c)松竹

── この出のときは揚幕をチャリーンと鳴らさなかったですよね。

隼人  はい、ここは鳴らさないようにしてもらっています。与兵衛としては無のような状態で歩いてますね。ここも観る人の精神状態によって違って見えたらいいな。

与兵衛の実年齢に近い僕だからこそ

── 本舞台へ行くと金貸しの綿屋小兵衛がいます。

隼人  金貸しとしゃべっているときの与兵衛も見ていただきたい。「えらい金を借りたなあ」のところで懐に手を入れて立っている時、どうやったらきれいに見えるか試行錯誤しました。その後、両親とお吉との話を盗み聞きして、豊嶋屋から二人が出てくるのを見てしまう。あそこは本気で「ああ、もう絶対改心しよう。この件が終わったら改心しよう」と本気で思っています。今すぐにでも二人に抱きつきたい。でも今じゃない。とにかくこの借金さえ何とかしたらと。

── 豊嶋屋へ入るとすたすたとまっすぐ歩いて入っていく。あの入り方もちょっと怖いです。魂がここにない人のようで。

隼人  七左衛門がいないのを承知でどんどん入っていくんです。やっぱりヤバイですよね、こいつ。でもここでもまだ殺害する気はないんですよ。

── お吉に対して殺意が起こったのはどのタイミングですか。と伺うと何だか取り調べしているみたいですが。

隼人  本当に殺すつもりはなかったんです。この日たまたま脇差を持って出た。座って目の前に置いた、それが目に入った。たまたまが重なってしまったんですよね。親への愛が狂気に変わってしまってからは、殺しをどこか楽しみ始めてしまう。お吉の悲鳴、血の滴る音とか聞いているうちにどんどん気がおかしくなってしまいます。

── 油で滑って二人とも何度も転んでしまいます。殺し場なのにちょっとユーモラスで。

隼人  あれは本当に転んでいるので後でところどころ痛いんです(笑)。ちゃんと受け身は取っていますけどね。以前(二世片岡)秀太郎さんが脳震盪を起こしたことがあるので、最大限気をつけています。それとここは過剰にやるとリアルになってしまうんです。あくまで義太夫の音の中で見せるのが大事で。義太夫は糸で役の心情を表現してくれるので、こちらが過剰な演技をしなくても音が語ってくれますからそれを信じて、凄惨な場面だけど美しく見せられたらと思います。それが歌舞伎の殺し場として大事なことなので。台詞がただの音にならないように、毎日、その日の気持ちがこめられるようにと意識しています。

そしてこの殺し場もいろいろなやり方があるんですよ。(三世實川)延若さんの与兵衛は油を使わないやり方。そして皆さんご存知の今の与兵衛は、仁左衛門のおじさまが確立した与兵衛です。甘ったれでどこか憎めない。僕はそれを継承したいと思っています。

── この油の代わりに舞台で使われているヌルヌルてらてらしているものが「ふのり」という海藻の一種で、このお芝居をご覧になった方には割と知られていると思いますが、最前列の席ならこの騒動の最中に一部飛んできそうですね。

隼人  あのふのりは食べられるものなので口に入っても大丈夫。ただ、いまやあれを作れる人がお一人しかいないんです。僕が何度も舞台にかけないと「これの作り方が伝わりませんからね」と言われています(笑)。初役の南座の時も、毎朝妙な匂いがするなあと思っていたら、地下で煮込んで作られていました。

── お吉を殺した後、動転したまま戸棚を開け、こぼれ落ちた金をかき集めて懐へ入れます。

隼人  あそこは衣裳にも工夫してあって、おそらくAプロの(松本)幸四郎さんと僕の衣裳で作りが違っていると思います。いい感じでお腹の当たりに貯まるので音もしますしね。

── 殺し場についてもっと伺いたいと思っていましたが、時間切れとなってしまいました。さて今回で二度目の与兵衛、それも歌舞伎座で、幸四郎さんがAプロ、隼人さんはBプロでの上演です。

隼人  歌舞伎役者はみんな、憧れのお役を歌舞伎座でというのを目標にしています。僕が歌舞伎座で『油地獄』をさせてもらえるということは、時代が一つ動いたということかなと思うんですよ。だからこの機会を大切にしたい。仁左衛門のおじさまは「これは年齢制限のある役だから、僕も一生ずっとはできないんだ」と。たしかに芸の力で若く見せることはできる。でも実年齢に近い役者なら、芸の上では未熟でも、花道を出ていっただけで青さを出せるかもしれない。与兵衛は23歳。僕が32歳。与兵衛をやる役者の中ではおそらく最も与兵衛の実年齢に近いはずです。今の僕の与兵衛だからこそ伝わるものがあると信じて勤めたいと思います。

取材・文:五十川晶子

プロフィール

中村隼人(なかむら・はやと)
1993年生まれ、東京都出身。萬屋。二代目中村錦之助の長男。2002年2月歌舞伎座『寺子屋』の松王丸一子小太郎で初代中村隼人を名のり初舞台。2007年12月『堀部彌兵衛』の彌兵衛娘さちで国立劇場特別賞。2013年3月『隅田川花御所染』の吉田松若丸で、同年6月「歌舞伎のみかた」の解説と『紅葉狩』の侍女野菊で、2014年3月『菅原伝授手習鑑』車引の桜丸で、2017年6月「歌舞伎のみかた」の解説と『毛抜』の秦秀太郎で国立劇場奨励賞。NHK大河ドラマや「大富豪同心」シリーズなど映像作品でも幅広く活躍。

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