「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村芝翫『お江戸みやげ』おゆう 「タイプ真逆の名コンビ」

第48回

推し活する全仲間に捧げたくなるこの一本。売り上げを几帳面に帳面に付けるタイプのお辻と、陽キャでコミュ力高めのおゆうは、性格が正反対の凸凹コンビ。なのに堅物のお辻が人気役者・阪東栄紫の沼にストンとはまってしまう。人生で初めてできた推しの幸せのためならと一肌脱ごうとするお辻。それをあたふたと心配するおゆう。このおかしな二人のコンビネーション、最高だ。

<あらすじ>

常陸の国から結城紬の反物をどっさり背負子に入れて、毎年江戸へ売りにやってくる行商人のお辻とおゆう。江戸のみやげにと観た湯島天神の宮地芝居で人気役者・阪東栄紫にほれ込んだお辻だったが……。

1961年に十七世中村勘三郎と十四世守田勘彌で初演された、劇作家川口松太郎による名作だ。今月の歌舞伎座では中村鴈治郎さんがお辻、中村芝翫さんがおゆうを勤める。お辻とおゆう、この二人はいったいどんな間柄なのか、キャラクターの違いはどんなふうに描かれるのか。そしておゆうの目にはお辻がどう映っているのだろう。今月の深ボリ隊はおゆうにロックオン。おゆうを勤める芝翫さんに、お辻を勤めたときの思い出も合わせて、たっぷりとお話をうかがった。

Q. 代々演じ継がれてきた『お江戸みやげ』、何が人を惹きつける?

上演中の令和8(2026)年2月歌舞伎座「猿若祭二月大歌舞伎」『お江戸みやげ』にて、おゆうを勤める芝翫さん (c)松竹

── 『お江戸みやげ』といえばお父様の七世中村芝翫さんのお辻を思い出します。五世中村富十郎さんや五世澤村田之助さんのおゆうで何度も勤めておられます。そして2021年の六世中村歌右衛門二十年祭・七世中村芝翫十年祭では、芝翫さんがお辻を勤められましたね。

中村芝翫(以下、芝翫) 父はこのお芝居、大好きだったと思います。この役をやっているときは機嫌がよかったですね(笑)。父の追善でお辻をさせていただきましたが、僕自身はこのお芝居では父と同座したことないんですよ。川口松太郎先生が(十七世中村)勘三郎のおじさまと(十四世守田)勘彌のおじさまに当てて書かれたもので、映像は残っていなくても音源が残っているんです。僕のお辻のときにおゆうを勤めた(波野)雅行ちゃん(中村勘九郎)と一緒に聴いたのですが、とにかくお客さまがいろんなところで笑っているんですよ。台詞で笑っているわけではないんですが、何かやっているらしい。それが何なのか。二人が作る雰囲気で笑っているんでしょうね、きっと。

── お二人のモノクロ写真からも舞台の楽し気な様子が伝わってきます。

芝翫 お二人、仲好しでしたからね。勘彌のおじさんのことを「よっちゃん」、勘三郎のおじさんのことを「よんちゃん」って呼ぶ間柄でね。でもあるとき二人がケンカしちゃって、勘彌のおじさんが歌舞伎座の『髪結新三』の途中でベレー帽被って帰り支度していたんですよ。僕が「おじさんもう帰るの」「うん、もう僕は帰るんだよ」と。そうしたら勘三郎のおじさんが「よっちゃん帰っちゃダメだよ」「だってよんちゃん、俺のこと蹴とばしたじゃないか」って。二人の間にいたのでよく覚えてますよ。で、結局うちの父が勘彌のおじさんのやっていた手代忠七を替わったの(笑)。当時おじさんたちもう50を過ぎていたはずなのに、そんなかわいいケンカしちゃってね。そんな仲のいいお二人だったから、さぞかし阿吽の呼吸でなさってたはずで、そりゃ舞台も楽しかったでしょうね。

── お二人のケンカの様子とか、間で芝翫さんがハラハラしている感じが目に浮かんできました(笑)。そしてこのお辻とおゆうは常陸の国、今の茨城県の結城から江戸へ行商にやってきていたという設定です。

芝翫 僕が小学生くらいのころは”千葉のおばさん”といって、大きな背負い駕籠に野菜やいろんな農産物を背負って千葉方面から早朝電車に大勢で乗り込んで、都内で行商していた人たちがいましてね。うちにも売りにやってきたことあります。いまやスマホでポチッとすれば荷物届いてしまいますが、そんな時代がありました。この二人も江戸へ反物を売りに来て一年分の食い扶持を稼いだわけですよね。

── 独特の訛りのある台詞のかけあいが面白いです。

芝翫 (おゆうのイントネーションで)”僕らこの訛りは耳にあるから苦労してないのよ”(笑)。というのも勘三郎のおじさんがご病気のとき、ずっとついていた看護師さん、退職後は付き人さんになったんですが、その方がそっちのお生まれでね。だから哲明さん(十八世中村勘三郎)も「それそんなに注いじゃだみだだみだ」とか「先生、そろそろ出番よ」とか、その人の訛りをよく聞いていたので真似していたものです。実際昔の楽屋にはいろんな地方から来ている方がいたものです。今月は家でも”こんなふうに訛りが出ちゃうでしょうね”(笑)。今回はお辻の(中村)鴈治郎のにいさんがどれくらい訛るか、僕もバランス考えてにいさんに合わせようと思います。

── こしらえはどのあたりを工夫されていますか。

芝翫 頭は5年前にお辻を勤めたときのものを使います。僕は若いころに比べて太ってしまったし、もともと立役なので、あえてクリ(繰り)を利かせて富士額にしているんですよ。でも雅行ちゃんはそうじゃないように作っていたし、おやじや天王寺屋さんの写真見ると、わざとべちゃっとした着け方していたり。みんな工夫していますね。着物の着方にしても、女方の役とはいえこの人たち呉服売って歩いているわけですから帯を高くしめるとは限らない。でも物はきっといいものでしょうね。雅行ちゃんは襟が汚れないように手ぬぐいを襟の後ろにかけたりね。昔の歌舞伎座には楽屋にも売店があって、こんなふうに着物着たおばちゃんがいたものです。生活の中に題材があったんですよね。

「今回はお辻の(中村)鴈治郎のにいさんがどれくらい訛るか、僕もバランス考えてにいさんに合わせようと思います」(芝翫さん)令和8(2026)年2月歌舞伎座「猿若祭二月大歌舞伎」より (c)松竹

余談だけど先の片市のおじさん(五世片岡市蔵)が僕が世話の敵役をやるときに、「お前、そんなに高く帯しめるんじゃないよ。もっと低く締めて帯の間から屁が出るくらいにしろよ。そうしたら背中が大きく見えて、品がなくて悪く見えるんだ」って教えてくれたのも思い出しますね。

── 顔についてはいかがですか。旅して歩いているので少し灼けているでしょうから白塗りではありませんね。

芝翫 昔は本物の砥の粉だったんです。木材の塗装なんかに使うやつね。おやじは『寺子屋』の戸浪などをやるときは、顔しはじめると口聞かなくなるんですよ。口の中に唾をたくさん溜めなきゃいけないから。砥の粉を手のひらに乗せてペッと出して混ぜて使っていました。僕ら子供の時はそうやってお弟子さんに顔してもらっていましたからね、人の唾ほど苦しいものはないです(笑)。これから脱出したいから一日も早く自分で顔ができるようにしようと思いましたね。

── (中村)隼人さんもテレビの番組で同じことおっしゃってました。

芝翫 隼人君の子供の頃なんてまだましだったはずです。僕の子供の頃はもう凄まじかったですから。でも唾が一番砥の粉が早くよく伸びると言われています。炭に酒入れたり卵入れたりして作っていくんですよ。そうやって先輩方は自分に合うように作っていましたね。

真逆だからうまくいく。お辻とおゆうの絶妙な距離感

── 第一場、上手から登場するのはおゆうさんが先ですね。

芝翫 そうですね。おゆう、お辻の順番で商品の反物を入れた荷箱を手に出てきます。とはいってももうほとんど売れたのでそんなに重くないはず。二人で三十反持ってきて去年は八反残ったけど今年は四反だけ、という台詞がありますからね。

── おゆうはすぐにお酒と肴を茶屋で注文して、お辻にもごちそうしてあげます。

芝翫 難しいのはお酒の減り具合です。どのくらいのタイミングでどのとっくりから減っていくのか。おゆうが注ごうとするときはとっくりの底が上がっているのに、お辻が注ぐときは上がっていないんじゃおかしいですから。一本半くらい呑んだところへまた二本追加で来ますでしょ。お客様はそこまでご覧になっていないでしょうけど、僕らは気にしていないといけないところです。

潔癖で気難しいお辻に対して、呑みっぷりもよく“陽キャ”なおゆう。令和8(2026)年2月歌舞伎座「猿若祭二月大歌舞伎」より (c)松竹

── キャラクターが真逆なコンビですよね。

芝翫 この第一場で、お辻とおゆうのキャラクターの違いと二人の関係性をしっかりお見せしておかなくてはいけません。おゆうは陽ですが、お辻の方は気難しいというか、ちょっとめんどくさい人なのかも。相手がおゆうじゃなければダメだったかもしれないです。だからおゆうと二人、行商で旅して回れるのかな。でもおゆうはお辻が呑み過ぎると心乱れることは知らないんですよ。ほどよい距離感なんでしょうね。どこかで一線を引いている。

── おゆうは茶屋の女将のお長とも如才なくやりとりします。

芝翫 おゆうは湯島の天神様に以前来たことがあるのかもしれないです。近所のおいしい鰻屋さんとか、宮地芝居や笹尾長三郎一座のことなどよく知っていますし。だから出てくるときも「ここよここよ」と先導する感じで先に出てくるのかもしれません。

── おゆうが天神様にお詣りしている間に、お辻は常磐津の師匠文字辰とやりとりします。

芝翫 お辻って潔癖なんでしょうね。こういう人は許せないと思ったのでしょう。江戸へ出てきて自分も嫌な思いをしたことがあるのかもしれない。でもこのお芝居、根っからの悪人は出てきません。お長も田舎から出てきた人をはめようとか騙そうとか、そういうことする人ではないし、文字辰も娘の幸せを思ってのこと。

── お酒に反物に、お金の話題が何度も出てきます。

芝翫 十文とか二百文とか、その相場が今なら千円くらいなのか百円なのか。僕らの言い方やそのリアクションで大体の額を想像してもらうので、ここも気を使います。おゆうがお長に「これだけお前さんに預けるから」といって芝居の見物代を渡すとき、「あ、でもこんなに要らないね」ってちょっとだけ減らすやりかたも見たことがあるんです。それも面白い。ただの大盤振る舞いではなくて、ちょっと戻す。自分でディスカウントしちゃう。お芝居を途中から見るわけですからね。

── そこへその一座の女方の役者が、芝居途中で一人出てきて酒を注文するので、おゆうが 見かねてごちそうしてあげます。あの呑みっぷりが素敵です。

芝翫 昔いましたよ。楽屋ではだらしないのに、出の前に一杯呑むとフッとまともになって出ていく役者が(笑)。前回お辻を勤めたとき、この女方・市川紋吉役が(中村)芝のぶちゃんで、「呑みっぷり研究しておいてね」と言ったんです。あそこの呑みっぷり見て、お客様の中に「次の幕間で一杯やろうかな」と思う人が出てくるくらいじゃないとね(笑)。お辻は紋吉を見て「あれも男なの?」って驚くけど、もっともっと役者ぶりの好い阪東栄紫を一目観て惚れこんでしまうんですよ。

── 第二場でお辻は酒の勢いで栄紫と二人、座敷に差し向いになります。

芝翫 もう宇宙人に遭遇したようなものですよ。今までに感じたことのない空気、匂い。ここでお辻は今まで本当の恋をしたことがなかったと言います。旦那は既に亡くしていますが、「婚礼のときよりドキドキしたよ」という台詞、ちょっと旦那がかわいそうで前回お辻を演じた時は、途中から抜きました(笑)。

── 重い荷物を背負って売り歩いてできた一年分の食い扶持、十三両三分二朱を全部はたいて栄紫とお紺の仲を助けます。

芝翫 だいたい感覚としては百万から数百万の間でしょうか。人が困っていたら助ける、そういう人情の持ち主なのでしょう、お辻は。

── 座敷の外でその様子を聞いていたおゆうは、ここであわてて入ってきますね。

芝翫 この第二場の最後はあまり幕切れをきっちり決めないようにしていました。その場その場で、その日の雰囲気にまかせてやっていましたね。

日の暮れた湯島天神でお辻の純情とおゆうの優しさが沁みる

── 第三場は第一場と同じ湯島天神の境内で、もうすっかり日も暮れています。そこへとぼとぼと二人、再び上手から出てきます。

芝翫 あの二人の雰囲気、皆さん経験がおありじゃないかな。何か予定していなかった大きな買い物を思いきってしちゃったときの「やっちまったなあ」という思い(笑)。実際に客席からも「ああ、あるある」っていう感じの笑いが感じられるんです。

── おゆうはお辻が大枚はたいたのに、結局二人で手を取り合っただけというので、お辻の純情さにあきれつつも最後に一肌脱いであげますね。

芝翫 おゆうは暗い中、向こうから栄紫とお紺がやってくるのを見つけて、お辻と栄紫をふたりきりにしてあげようとするんですね。お辻をいったんその場から連れ出すんです。

── 強引にお紺の手を引いて、「あんたは一の鳥居!」って向こうへ連れて行ってしまいますね。あそこのおゆうさん、大好きです。

芝翫 そうしたら栄紫がお辻がぽつんと一人でいるのに気づいて「あなたはお辻さま!」とまっすぐに感謝を伝えにくるんですよ。

── 江戸の人気役者というより、一人の誠実な青年のようでグッときました。

芝翫 この人も大芝居から宮地芝居へやってきて苦労しているというか人の痛みが分かるんでしょうね。ただ都落ちとも限りませんよ。昔はそういう役者、多かったと思います。うちの先祖の五世(中村)歌右衛門も、札幌で一週間芝居打って東京に帰ってきて、千駄ヶ谷に三千坪の家を建てていますから。でもね、札幌で舞台に立ったら客席から「偽物!」って言われたんですって。歌右衛門の前に、“本当の偽物”が舞台に出ていたらしいんです。今のように全国区で名前も顔も知られていない時代ですからね。そのことを本人も周りもあまり気にしなかったっていうんですから、そういう時代だったんですね(笑)。

── 栄紫はお辻に何か感謝の思いを形にしたいと、片袖を外しお辻にあげます。この片袖というのがまたいいですよね。栄紫の一部のようで、役者らしい色っぽさもあって。

芝翫 川口先生の上手いところですよね。栄紫の人情も感じます。今ならなんだろう、でもシャツを半分もらっても全然うれしくないですよね。栄紫も羽織くらいおいていってあげてもいいのに(笑)。

「お紺栄紫」のスピンオフも面白そう

── 第一場ではちょっとやぼったい田舎のおばさん二人なのに、お芝居が進むにつれてこの二人がどんどん魅力的に映ってきます。なんなら若くてちょっとわがままなお紺ちゃんよりカッコよく見えたりして。

芝翫 いや~これ割と短いお芝居なんですが、そのへんもよく出来ているなあと思いますよ。

── そして結局上方に行ったはいいけど、お紺は栄紫と別れたりして。で、一人で江戸に帰ってきそうですね。

芝翫 おっかさんに「高くついたね」って言われながらそのうち自分もお師匠さんになったりしそう。

── 「お紺栄紫」でスピンオフものが観たいです。

芝翫 誰か書いてくれないかな(笑)。

── お芝居全体を通じて、どんなことを大事におゆうを勤めたいと思われますか。

芝翫 このお芝居、僕が前回雅行ちゃんに助けてもらったように、何よりもお辻をなさる鴈治郎さんがやりやすいように共に作っていけたらと思っています。だけど久しぶりの女方だから帯が苦しいんでしょうね(笑)。

僕は若いころもっと線が細くてね、(初世尾上)辰之助のあにきによく「蚊トンボ」って言われたものですよ。だから当時は女方ばかりやっていました。『義賢最期』の待宵姫を勤めた時、(六世中村)歌右衛門のおじから「吹輪(お姫様の鬘の典型)の似合う女方がやっと誕生したから、私が雪姫(『金閣寺』)を教えてあげるよ」って言われたんですけど、立役志望の僕としては全然うれしくなかったこと思い出しますよね。

── 鴈治郎さんとは、お辻とおゆうのように呑みに行かれることは。

芝翫 若い時分からよく行ってます。鴈治郎さん、強いです。僕より七つ上ですが、勘三郎さん、(十世坂東)三津五郎さん、(中村)扇雀さん、兄貴(中村福助)に僕、第四世代と言われて、皆一緒の世代でした。お辻とおゆうのように仲よく散々いろんなことしてきましたね(笑)。

しかしこのお芝居でこんなに深く掘り下げてもらえるの初めてで、言葉にしてここまで語ったのも初めてです。お読みになった方が『お江戸みやげ』をご覧になって「そんなに語るような芝居じゃないじゃねえか」って思われないよう勤めます!

取材・文:五十川晶子 撮影:石阪大輔

プロフィール

中村芝翫(なかむら・しかん)
1965年生まれ、東京都出身。成駒屋。七代目中村芝翫の次男。1970年、国立劇場『柳影澤蛍火』吉松君で中村幸二の名で初舞台。1980年、4月歌舞伎座『沓手鳥孤城落月』にて三代目中村橋之助を襲名。2016年10月、芸術祭十月大歌舞伎で八代目中村芝翫を襲名。立役として時代物から世話物、新歌舞伎、舞踊まで幅広く活躍し、『熊谷陣屋』『義経千本桜』『俊寛』『勧進帳』『四谷怪談』などに定評を持つ。コクーン歌舞伎や平成中村座、海外公演にも参加。映像分野でも活躍し、NHK大河ドラマ『毛利元就』(1996~97)で主演を務める。2011年、日本芸術院賞受賞。

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