「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村萬壽『加賀見山再岩藤』二代目尾上「局の格をふまえつつ若さも滲み出せたら」

第49回

優美で聡明な中老尾上。彼女を敬愛していた召使いのお初。尾上が自害した原因となった局岩藤を討ち果たしたお初は、二代目尾上として中老に取りたてられる。ここからが『鏡山旧錦絵』の後日譚、『加賀見山再岩藤』の始まりだ。今度は岩藤の怨霊が二代目尾上を苦しめる。

<あらすじ>

二代目尾上となったお初は尾上の祥月命日の墓参り。その帰り途、八丁畷の土手に散らばっていた岩藤の白骨が寄り集まり、岩藤の亡霊となって現れる。一方側室・お柳の方に心奪われている当主の多賀大領。主を諫めた花房求女は追放され、その忠臣の鳥井又助は誤って正室の梅の方を殺めてしまい……。

二代目を継いだとはいえ"中の人"は元は召使いのお初。武芸もたしなみ、機転の利く元気な美少女だ。頭も片外しとなりさっそうと打掛を羽織り、外見は初代の尾上そっくり。でもどこか雰囲気が違うような違わないような……。今月歌舞伎座「三月大歌舞伎」で二代目尾上を初役で勤めるのは中村萬壽さんだ。『鏡山』では尾上もお初も勤めている萬壽さん。『再岩藤』で、お初は外見も内面もどんなふうに変貌を遂げたのだろう。

今月の深ボリ隊はこのお初と尾上が合体したかのような最強の中老、二代目尾上にロック・オン。国立劇場の歌舞伎俳優研修生の授業を終えたばかりの萬壽さんを直撃した。

Q. お初から二代目尾上へ。『再岩藤』ならではの面白さ。受け継がれる芸とは?

「三月大歌舞伎」『加賀見山再岩藤』二代目尾上(萬壽さん版)キャラクタービジュアル

── 『加賀見山再岩藤』は『鏡山旧錦絵』の後日譚ということで、まずは本篇『旧錦絵』のことから教えてください。萬壽さんは尾上とお初、ともに勤められています。

中村萬壽(以下、萬壽) 1月に新国立劇場で息子(中村時蔵)が尾上を勤めまして、そのときは私が成駒屋のおじさん(六世中村歌右衛門)から教わったこと全部教えました。私が初役で尾上を勤めたときは何日も稽古を見に来て下さって、お帰りの時、倒れ込むように車に乗り込み「くたびれた」とおっしゃっていたそうです。それだけ全身全霊で教えて下さったのだろうなと思います。

この狂言、昔はお初の出し物(主演)だったんですね。成駒屋のおじさんが尾上、お初はうちのおじいさん(三世中村時蔵)や十七代目の(中村)勘三郎さんで、岩藤は初代(中村)吉右衛門さんという顔ぶれで、ずっとご自身より年上の方とおやりになっていたんです。そのうち神谷町(七世中村芝翫)のお初、河内屋(三世實川延若)のおじさんが岩藤と、初めて年下の方々とやるようになって自ら指導されるようになった。そのときの教えが今の尾上の基になっています。ちなみに成駒屋のおじさんはお初はなさってなくて、うちのおじいさんはお初と尾上、岩藤も勤めていて、十七代目もお初と岩藤をなさってます。

── 岩藤に草履で打たれた後、尾上が広間にたった一人残され、独吟の中、花道を一人で戻っていく、あの場面が印象的です。

萬壽 成駒屋のおじさんから特にしっかりと教わったところです。「揚幕に入ったら鳥屋ではじっとしているんだよ。気持ちが途切れるからね」と。私もそこでは合引きには腰かけないで座布団を持ってこさせて、じっとうつむいていました。次に「長局」へと花道を出ていくときに気持ちがつながるように。おじさんってね、教えてくださる時に「釈迦に説法だけどね。知ってるとは思うけど」っておっしゃる。「いえ、知りませんでした!」とこちらも慌てて答えていました(笑)。おじさんって時々冗談おっしゃるんですよ。「え?今の笑っていいところ?どういうこと?」とこちらはそのたびにドキドキしたものです。

── その歌右衛門さん直伝の尾上が萬壽さんから時蔵さんへと伝わっているのですね。

萬壽 細かく教えはしました。台詞のイントネーションから何から。ただ私の小型版を作ってもしょうがないので、まずは自分のやってみたいようにやることが大事だとは思います。

『鏡山』の草履打ちの場面は、「互いに対等」という意識で

── 尾上のこしらえですが、片外しという頭です。常々萬壽さんは片外しのお役がお好きだとおっしゃっていますね。武家の奥方や御殿勤めの女性たちに用いられる鬘の名称がそのまま役柄の名称になっています。

萬壽 女方のお役として、子役、娘役、遊女傾城、女房、そして最終的に目指すお役が片外しだと思うんです。もちろんその後に老け役はありますが。片外しが似合う似合わないってあるんですよね。役者、女方として修業してきたものがすべて出るので、そこが足りていないと「あいつ、まだ片外しは似合わないな」となる。

── 髪型としてはくるっとひねっただけのシンプルなものです。

萬壽 シンプルなだけに難しいんですよ。片外しのときは特に床山さんにずいぶんと注文を出します。まげの丸い部分を高くするか低くするか、この部分の出方を私は気にします。髷、髱、そのバランスなんですよね。岩藤や(『伽羅先代萩』の)八汐のような敵役は割とこの部分を大きくしますね。そして中挿しが一本あって、それぞれのお家の家紋が入った銀の平打ちを挿します。これも普通サイズ、大きめサイズと芝居や役によって床山さんが管理してくれています。尾上は普通サイズ、岩藤のような役では大きめサイズを使いますね。

令和8(2026)年歌舞伎座「三月大歌舞伎」『加賀見山再岩藤』より、二代目尾上を勤める萬壽さん

── 顔はどうされていますか。眉は描きますか。

萬壽 『旧錦絵』の尾上の場合、眉を描かずお歯黒をしています。あくまで尾上は独身という前提で。今回はお初のときも後の尾上のこしらえになってからも、眉は描かないつもりです。

── そして豪華な(打)掛けです。場面ごとに何度か替えますね。

萬壽 『旧錦絵』の尾上は最初は白い掛けで柄が染められているもので、美しいですが実は格としてはそんなに高くない。後に上使がくるときは織物の掛けでこちらの方が格は高いです。『再岩藤』では突然上使がやってきたという設定なので、白い染め物の掛けのままです。

── 『旧錦絵』の草履打ちの場面ではどんなことを大事にされているのですか。

萬壽 岩藤が「尾上殿、ちょっと御意得たい」「あの、私に?」となってドーンドーンと大太鼓が入るんですが、成駒屋のおじさんからは「ここは遅れちゃいけないよ」と。普通は歌舞伎の心得として偉い人から動くものなので、岩藤が先に動きそうなものですが、「ここは一緒に息を合わせて動きなさい」と。互いに対等であるということですね。岩藤はたいてい草履の踵の方を手に取るので、尾上は爪先側を持って極まります。

── 一人引っ込んで行くとき、定式幕も静かにゆっくり引かれますし、「長局」へと出ていくときも揚幕のチャリンという音をさせませんね。

萬壽 そうそう。いつのまにか花道にいるという感じで、道具も尾上の気持ちに寄り添っていますね。じゃないと興ざめになりますから。

── そして今回『再岩藤』の尾上を初役で勤められます。

萬壽 歌舞伎の書き換え狂言にはいろいろありますが、これは『旧錦絵』のパロディで、やはり黙阿弥が書くと面白いんですよね。前の世界を借りながらより面白くなっていく。そういう狂言の代表のような作品じゃないでしょうか。

── 二幕目の「八丁畷三昧の場」、二代目尾上はまずはお初の姿で現れます。お初といえば黄八丈(きはちじょう/裕福な町娘の衣裳として用いられる)。

萬壽 お初だった時の気持ちで尾上のお墓参りをしているということでしょうね。忍び返しという頭に、黄八にお納戸色の襟です。黄八は若々しさの象徴ですが柄の大きさはいろいろあるんですよ。芝翫のおじさんに教わりまして、私は今回小さめにしました。

── 『髪結新三』のお熊はたしか大きめでしたね。

萬壽 そうですね。大きいとやや幼く、細かいと少し大人っぽく見えます。『旧錦絵』の方では、この後お使いに出るので栗梅の石持ちに着替えます。

── お初姿の二代目尾上は土手に捨てられた岩藤の遺骨にも念仏を唱えて回向してやります。

萬壽 この先、自分やお姫さまに岩藤が怨霊となって障礙(しょうげ)をなさないようにということでしょうね。お姫様といえばここでは多賀家の花園姫ですが、『旧錦絵』では源頼朝の娘・大姫だったんですよね。二代目尾上は違うお家に転職したのでしょうか。歌舞伎はまあね、ない交ぜが得意なのでね(笑)。

令和8(2026)年歌舞伎座「三月大歌舞伎」『加賀見山再岩藤』より、二代目尾上を勤める萬壽さん。二幕目「八丁畷三昧の場」では、以前の召使いお初の時の拵えに

二代目尾上は、格を踏まえながらも若々しく

── 岩藤の骨寄せがあって、尾上を含む六人でのだんまりになります。

萬壽 ストーリーの展開上、とにかく旭の弥陀の尊像が安田帯刀の手に渡らなきゃいけない。ここはそのためのだんまりです(笑)。たいていお家の重宝とか大事なものが、互いに誰か分からないうちに持っていかれる、入れ替わる、そのためにだんまりが使われることが多いですね。その後、ふわふわと岩藤の宙乗りがあって、岩藤が怨霊となって復活したということを見せます。

── 三幕目の「多賀家奥殿草履打の場」では望月弾正が上使として突然やってきますが、途中で弾正の声が岩藤の声に変わります。

萬壽 そこからドロドロとなりますが、あそこはいわば夢の中なんですよ。岩藤の怨霊が弾正に化けていたのではなくて。あの場にいるみんなが集団的に化かされている。草履で打たれるのも夢の中のできごとなんです。だからふと醒めたとき逆に弾正が怪訝な顔つきでいるんですね。

令和8(2026)年歌舞伎座「三月大歌舞伎」『加賀見山再岩藤』より、二代目尾上を勤める萬壽さん。

── 岩藤の草履が収められている額の願書を読むと花園姫への呪いの言葉がびっしりです。

萬壽 ああいったお芝居の中の手紙などはすべて狂言作者さんが書いてくださるんです。『旧錦絵』でも尾上が巻紙に手紙を書きますが、あれも狂言作者さんが書いてくださった巻紙にあたかも自分で書いているように見せるんですね。あの場合、切り取って折って文箱に入れますから毎日書いてくださっています。あそこはね、文字が書かれた部分がどんどん垂れていくので、どんなときでも役者は上手向きじゃなきゃいけないんです。下手向きだと既に巻紙に書かれているのが見えちゃいますからね(笑)。

── そもそも初代尾上は富裕とはいえ町人の出身、今回の尾上の”中の人”お初は武家の娘です。外見は似たこしらえですが演じ方は変わりますか?

萬壽 まず二代目尾上はまだ若いと思うんです。なので多少若くしようかなと。身のこなし、たとえば草履で打たれるところ、手の付き方、置く位置、そういったところを工夫して、身のこなしで若さを滲み出したいと思います。声はあまり高くすると品がなくなることもあるので、局という格を踏まえてやるべきかなと。多少テキパキしゃべる、くらいでしょうか。

── 萬壽さんが掛けをサーッとさばく、裾捌き、あれが毎回ホントにカッコよくて、花びらがサーッと舞い散ってるかのようです。

萬壽 いや、あれはね経験ですよ。もはや自分でどうやっているか分からない(笑)。女方として衣裳を乱さない歩き方、所作って基本なんです。つまりは踊りの修業をしっかりやっているかどうかなんですね。

以前、うちの(中村)歌六が襲名のとき、『一條大蔵譚』で成駒屋のおじさんが常盤御前で出てくださったんです。勘解由で出られていた中村屋のおじさんが「藤雄ちゃん(歌右衛門)は家でも十二単着ているみたいだよね」と。ちゃんとそのお芝居の時代に生きている人のように衣裳が着こなせているかどうか。ただ着せられて出ているんじゃなくてね。それはもう私たちがずっと追究しているところです。

「お腹で芝居をする」―― 毎日初めて体験するように

── 『旧錦絵』では尾上、お初、『再岩藤』ではおつゆ、『新装鏡山再岩藤』ではお柳の方もなさっています。さて岩藤もなさってみたいですか。

萬壽 やってみたいですよ。うちのおじいさんもやっていますしね。中村屋も成駒屋も、「八汐、あれは立役がやればいい。でも岩藤は女方としての格がないといけないんだよ。立派なお局でなければいけないんだ」とよく言っていましたね。今回は後日談ですから『旧鏡山』の尾上を理解してやらないといけないなと思っています。お初は一度だけですが、そりゃお初の方が気持ちいいですよ。尾上はじっとしていなきゃいけないし自害してしまいますが、お初は尾上が自害してからが見せ場ですからね。

── 今月は二代目尾上を時蔵さんとのダブルキャストですね。先日の三月大歌舞伎の取材会で時蔵さんが「絶対に父には負けたくないです!」とおっしゃっていました。

萬壽 身の程知らずですね(笑)。1月、彼は一生懸命やっていました。ただやはり一生懸命なだけに芝居し過ぎてしまうときがある。時代ではなくなってしまうことがあるんです。自分のやりたいように頑張ってしまう。でも成駒屋や中村屋のおじさんたちはお腹で芝居して、表現しようとしていないんです。初役でしたからまた次の機会があれば次第にその境地がわかるでしょう。

── お腹で芝居するというのは具体的にはどういうことでしょう。

萬壽 「役になりきることだよ」と言われました。尾上はどんな人間なのか、例えば大店の娘で剣術はしていない……とかね。そのバックボーンをふまえて、その日、その場で起こったことに初めてそこで見たり聞いたりしたこととして反応する。そりゃ毎日同じようなことをやっているわけですが、その場で初めて体験したかのように勤めることが大事なんです。
例えば文箱を開けたとき、そこに草履を見つけて初めて「あ!」となる。でドンドンと太鼓の音。これが25日間やっていると慣れてしまって、箱開けました、即「あ!」となってしまう。それじゃないんですね。毎日毎回、「この岩藤殿はいったい私に何を言いたいんだろう」と不審に思いながら文箱を開けてみて、そこに草履を見つけて、「は!」となる。そういうことです。毎日同じことやっていても、その時初めて体験したかのように。そのためには、義太夫の文句を聞き、自分の中でも語りながら動きます。勝手に動くと義太夫の言葉と合わなくなることがあるし。

── 慣れてしまわないためにはどうしたら?

萬壽 これは避けることはできないです。もうね体も口も勝手に動いてしまうんですよ。台詞でも「てにをは」を間違えてドキッと我に返ることがあります(笑)。あれ、今どこしゃべっているんだっけと。人間って慣れると勝手に動けるんですよ。歌舞伎の演目の中にはそうできてしまう芝居もあります。でも尾上というお役にはそんな余裕ないですね。

── 無意識のうちに勝手に動いてしまっているというのもある意味すごいというか、目撃してみたいことはしてみたいです。歌舞伎に限らずですが、たしかに客席でも、ほんのゼロコンマ何秒かの違いで「あ、今認識する前に台詞を言っていた?」と感じることはあります。

萬壽 でしょ。グルメ番組でも口に入れたとたんに「おいしいですね」って言う人がいるけど、「今の絶対味わってないだろ!」って思うことありますよね。うそっぽくなる。同じことなんです。

取材・文:五十川晶子 撮影:源賀津己

プロフィール

中村萬壽(なかむら・まんじゅ)
1955年生まれ。萬屋。四代目中村時蔵の長男。60年4月、歌舞伎座『嫗山姥(こもちやまんば)』の童ほかで三代目中村梅枝を名のり初舞台。81年に五代目中村時蔵を襲名し名題昇進、2024年6月歌舞伎座『山姥』の山姥ほかで初代中村萬壽を襲名した。72年国立劇場特別賞を皮切りに、松尾芸能賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞多数。伝統歌舞伎保存会理事を務め、日本遺産大使、文化審議会文化政策審議委員も歴任する。

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