「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村歌昇『裏表先代萩』 足利左金吾頼兼「鷹揚として上品な色気・・・難しいです」

第50回

足利家の御家騒動の発端となるのが序幕「花水橋の場」。足利左金吾頼兼は奥州五十四郡の太守であるにもかかわらず、執権仁木弾正らの策略により、大磯の廓でなじみの傾城高尾に入れあげている。身の危険が迫っていてそんなことしている場合ではないのに。あなたのために幼い子供も犠牲になるのだが。それをわかっているのかいないのか。どこまでも春風駘蕩、鷹揚としている頼兼。

<あらすじ>

足利家の当主頼兼は弾正たちの策略に陥り大磯の廓で遊興三昧の日々。鎌倉花水橋にさしかかる頼兼を乗せた駕籠を、弾正の命を受けた黒川官蔵らが襲うが……。

頼兼を襲う忍びの者たちでさえ、頼兼の放つどこか特別なオーラに巻き込まれてしまう。頼兼のあの、あたりを払う高貴さとやわらかさ、漂う色気は、歌舞伎のさまざまな役柄の中でも別格だ。

御家騒動を表に、世話の物語を裏として交互に描く『裏表先代萩』が、今月の歌舞伎座「四月大歌舞伎」で上演中。その序幕で頼兼を勤めるのは中村歌昇さん、初役だ。今回の深ボリ隊はこの頼兼にロックオン。頼兼のオーラをどうものにするのか、何を大事に勤めるのか。稽古の合間を縫ってインタビューに応えてくれた。また夜の部『十種香』で、こちらも初役で勤める原小文治についてもお話をうかがった。

Q.浮世離れしたお殿様・頼兼。「上品な色気」をどう体現する?

上演中の令和8(2026)年4月歌舞伎座「四月大歌舞伎」昼の部『裏表先代萩』にて、足利左金吾頼兼を勤める歌昇さん (c)松竹

── 足利左金吾頼兼のようなお役は初めてではないですか。

中村歌昇(以下、歌昇) 昨年『菅原伝授手習鑑』「加茂堤」の桜丸を勤めましたが、ああいうやわらかな路線のお役とはいえ、相当に浮世離れしている役です。(中村)梅玉のおじさまに稽古を見ていただいていますが、あの上品な色気、「難しいぞ」とおっしゃっていました。

── 「花水橋の場」の一幕があると、さあ御家騒動が始まるぞというワクワク感が強まります。

歌昇 見た目もだらしなくて誰からも疎まれるようなお殿様なら、「こういう人が当主だと御家騒動になってしまうんだな」と思えるんですが、頼兼はそういうわけではない。常人が理解できないという存在感のお殿様なんですよね。そういう人が廓で遊んできた帰り道なんですが、その風情が難しいなと感じます。

── 五十四郡を統べる身分の高さもこの役ならではです。

歌昇 どう見てもただ者ではない、身分の高い人の形(なり)をしていますからね。頭には茶袱紗を顔がはっきりと見えないように着けています。この袱紗の角度や山のつけかた、眉にかけるかどうか、これが人それぞれ。これも梅玉のおじさまに見ていただいています。

── この裾が三重になっている衣裳がまたすごいです。

歌昇 これがまあ重いし暑いし、大変です。

── 顔の色、これはまっ白なのでしょうか。

歌昇 まっ白というよりは、やや黄色の砥の粉を少し入れます。立役がこういうお役をする場合は砥の粉を少し入れるくらいがいいと教わっていますね。眉も下紅を入れる方入れない方、これもそれぞれです。扇は天地金の決まりのものですね。

── 『伽羅先代萩』の外題にもあるように、頼兼は伽羅の木履(ぼくり)を履いているという設定ですね。

歌昇 今回初めて履きます。これも鼻緒は紫で決まっているものですね。

── 頼兼を乗せた駕籠が花道をやってきて、本舞台の真ん中で止まり、頼兼が姿を現します。

歌昇 廓帰りの色気が大事ですから、駕籠から出て見得をするときもやわらかく。そしてほろ酔い加減でありつつも、「ずっとスッとしていなさい。立廻りの間も中心となって動かずに」とおじさまから教わりました。いつものだんまりよりもさらに動き全体をゆっくり、ゆったりするようにと。だんまりの最中に忍びの者に肩を揉ませたりする手がついているのも面白いです。

廓帰りの色気が漂うように、「駕籠から出て見得をするときもやわらかく」(歌昇さん)令和8(2026)年4月歌舞伎座「四月大歌舞伎」より (c)松竹

── この暗闇の中、頼兼自身は忍びの者たちに囲まれて命を狙われていることをわかっているのでしょうか。

歌昇 どうなんでしょうか。ひたすら運のいい人で、たまたまいろいろな危機から生き延びているのか、お殿様ならではの何か特別に備わっている能力がそうさせているのか。常人にはまるで理解できませんが、どこか憎めないものがある人なんですよね。

── 一人の夜道を怖がっているふうでもないですね。

歌昇 あまり考えていないんでしょうね。扇で忍び達をかわしているけれど、これも腕が立つというよりは、たまたまそうなったとも見える。幼いころは武芸の稽古をしていたでしょうけど、「腕っぷしの強い殿様」というわけでない。この人はいったい何に護られているんだ(笑)。

命を狙われる緊迫感さえも、鷹揚に。梅玉のおじさまの教えを大切に

── 木履をゴロリと転がす、転がし方も難しそうです。

歌昇 動きの一つひとつがシュッとならないよう、鋭くならないよう、すべて上品に鷹揚に、という枠の中でやらなければいけないんです。公家が蹴鞠で遊んでいる感じでしょうか。蹴るのではなく遊んでいる。

── 忍びを狙って木履を蹴とばしているわけでもないんですよね。

歌昇 そうですね。頼兼がこのとき何か考えているとすれば、「駕籠かきがいなくなっちゃったな、外に出てみたら駕籠に刀が刺さっているぞ。ということは周りに誰かいるのか。困ったなあ、どうしよう。ちょっと様子を見てみようかなあ。疲れたからそこに居る人に肩を揉んでもらおうか。足も疲れたから木履を脱ごうかな。あ、ちょうどいいところへ谷蔵が来たぞ……」とそんな感じなのでしょうか。言語化するのが難しいですが(笑)。

── お抱え力士がいるんですよね。用心棒のためでしょうか。

歌昇 そう思っているかすら怪しいですよ、この人の場合。人気者たちを周りにはべらして、お座敷にも呼んで、「お相撲さんっていいなあ、大きくて強くてカッコいいなあ。じゃあ抱えてみようか」とかね。仲良くなった遊び相手くらいに思っているかもしれない。

── 歌舞伎で力士といえば、その後義理のある人のために犠牲になるなど悲劇に巻き込まれることも。

歌昇 この先代萩の場合、頼兼も谷蔵もこの後全く出てこないんですよ。ちょっとでも出てきてくれたら、「ああ、後にこうなってしまうから今こういうことなのか」とヒントが得られるんですが……。二人とも発端にしか登場しないのでますます難しいです。

── 谷蔵の立廻りの間、頼兼は花水橋の上でうっとり立廻りを見物しているのでしょうか。

歌昇 ”橋に佇んでいる自分”、といってもナルシストというわけではなくて、ただひたすら気分よく機嫌よくそこにいるのかなと思っています。立廻りをしている谷蔵に対しては「わあ谷蔵、すごいなあ、ありがとう」という気持ちかもしれないし、「あ、いい”景色”が見られちゃった!」かもしれない。自分のために力士が体を張ってくれているというより、何か楽しいことをやっているくらいかもしれません。もうね、しょうがない人なんですよ(笑)。

── 谷蔵に対しても「長追い無用」と、途中で忍びの者たちをそのまま逃がしてしまいます。

歌昇 御家がどうこうとか跡目争いがどうこうとか、「もうそんな狭い世界、僕はいいよ、興味ないよ」ということなのか、そのあたりのこともあまり考えていないのか。

── 谷蔵が、根岸の里の豆腐屋三婦(さぶ)の家を目指してくださいと言いますが、え?頼兼一人で?これから?歩いて?という疑問が……。

歌昇 普通なら周りが絶対に止めるでしょうけど、ここはすべてお忍びでの行動ですからね。第一こんな道案内を聞いてもわかっているのかどうか。でも、困っていたらきっと誰かが助けてくれる、そういう感覚なのでしょう。

── そしておもむろに「月、海上の」と謡(『竹生島』)を口ずさんで歩き出します。

歌昇 谷蔵も、こんな緊急事態なのにこのお方は何考えているんだと思いながらも「謡もダメですよ」とたしなめる。この時頼兼は「それもだめか、窮屈なことじゃのう」と言うんです。この台詞にこの人のすべてが集約されている気がします。とはいえさすがにお殿様なので、武芸、文芸全般をしっかりたしなんでいる。そういう背景が見えるようにしたいですね。

立廻りも「鷹揚に」。令和8(2026)年4月歌舞伎座「四月大歌舞伎」より (c)松竹

── そして最後にもう一人、忍びの者が襲いかかってくるので扇で払いますが、これも谷蔵が見事にしとめます。

歌昇 梅玉のおじさまからはここの立廻りも「どうしても鋭くなってしまう。鷹揚に鷹揚に」と。そして「苦しゅうない、斬り捨てい」「見事」で扇を開いてチョンです。

── 鷹揚さの中の上品な色気、そんなお役をなさる代表格が梅玉さんですね。

歌昇 僕がおじさまのことを語るのも失礼なのですが、本当に品とやわらかい色気が素敵で。おじさまの義経なんて本当に御大将の大きさと品があって。今回そこに食らいついていきたい、教えていただきたいと思っています。と同時に上品さ、色気なんて狙ってやれることでもないし、狙うと下品になってしまう。そもそも頼兼のこしらえが、もう既にお殿様として作られている。だったらそれに合う佇まいを大事にしていきたいと思っています。

── 例えば昨年なら『道明寺』の宿禰太郎や『賀の祝』の松王丸はもちろん、『義経千本桜』の義経とも違う役柄で、超歌舞伎の鬼道丸や歌舞伎「刀剣乱舞」の陸奥守吉行ともまた違います。

歌昇 新作の場合は、古典の役柄のベースを使いつつも自分で新たに作っていく部分があります。でも古典の役に関しては先輩たちの正解がたくさんある。それを踏まえて自分が勤めるにはどうしたらいいか。そこが難しいと感じますね。おじさまにしっかり教わって勤めたいと思います。

「削る」ことで見える格。芝居全体の中での位置付け

── そして夜の部『十種香』の原小文治も初役です。

歌昇 浅草(新春浅草歌舞伎)で先に長尾謙信を勤めているのですが、あのお役も難しかったですね。義経のような御大将とも違うし、あの館を掌握している大きさ、格。それがないと作品全体が良くなってこないんです。そして歌舞伎のご注進といえば『盛綱陣屋』やこの狂言のように、二人が続いて出てくるものが多くて。つまりはそこに対比がないといけないのかなと。

令和8(2026)年4月歌舞伎座「四月大歌舞伎」夜の部では、初役で『本朝廿四孝 十種香』の原小文治を勤める歌昇さん (c)松竹

「盛綱」では暴れの設楽太郎とおかしみの伊吹藤太という対比があります。原小文治は白須賀六郎と対になりますが、今回、六郎は(中村)萬太郎君で、彼と僕同い年ですし、どちらも荒々しいこしらえなので同じような注進になりやすいんですよ。でも小文治の方が六郎より少し先輩ということで荒々しい手が案外少ない。なのでよけいな動きをなるべくなくし、六郎よりも落ち着いたものが出せればと思います。芝居全体のバランスを考えると、おそらくそういうふうに、役どころが被らないように作られているんだろうなとも思いますので。

── たしかに小文治もあの派手な水入りの鬘に馬連付の稲妻柄の四天で、槍を持って勇ましく出てくるので、こちらもついつい荒事のご注進が二人出てくるものとして見てしまいがちです。

歌昇 僕の襲名の時、播磨屋のおじさま(二世中村吉右衛門)に何度も言われたんです。「動かないように」と。こんぴら歌舞伎で『一本刀土俵入』の掘下根吉をさせていただいたんですね。

── 茂兵衛に対峙する儀十親分の子分ですね。他の者たちとはちょっと毛色の違う若者で、若手の立役さんにとってうれしいお役ですね。

歌昇 そうなんです。それなのにすごく細かい動きをしてしまって、そこを指摘されました。「根吉はあの子分たちの中でも特別な存在。だけどそういうよけいな動きをしているとそう見えない。小さく見えている」と。儀十の子分たちの中でも、茂兵衛に「こいつはちょっと違うな」と思わせなきゃいけない役なのに、ついつい芝居したくなっちゃう、反応したくなっちゃうんですね。今でもそうなりがちなんですが、細かい動きを取り除いていった方が洗練して見える。先輩方を見ていると、あれこれとお芝居をされているかと思いきや、たしかに削っていらっしゃる。おじさまからいただいた大事な言葉を、今月も意識して勤めなくてはと思います。

── そしてもう一つ。『伽羅先代萩』とは違って、『裏表先代萩』では「飯炊き(ままたき)」の場面(=政岡が、茶道の所作に従い茶道具を使って千松と鶴千代にご飯を炊く場面)が付かないことが多いですが、今回は短いながらも付くそうですね。そして次男の(中村)秀乃介さんが千松を勤めます。この千松によってお芝居が大きく展開するわけで、ほんとに大変なお役ですね。

歌昇 一言で言えば・・・心配ですね(笑)。この4月で小学校2年生になります。諸先輩が使ってくださる、かわいがってくださるおかげです。大切なお役を精一杯勤められるよう、親として少しでもいい状態で送り出したいと思っています。

── 3月は(長男・中村)種太郎さんが『加賀見山再岩藤』の志賀市をなさっていました。お箏を落ち着いて弾いてらっしゃって、芝居心も感じさせ、グッとくるような場面になりました。

歌昇 ここまで毎日家内が付き添ってお稽古したのは初めてでした。歌舞伎の子役って基本的には一本調子でしゃべるものなんです。ただやはり、台詞の中にある感情は大事にしてほしいと思って、ここの気持ちはこういうことなんだよと教えるようにしていましたね。

しかし去年1年をふりかえっても、種太郎は4カ月、秀乃介なんて6カ月も出演させていただきました。少なくとも僕は子役の時代にこんなにいろいろと経験していないので、なんだか羨ましいですよ(笑)。

取材・文:五十川晶子 撮影:渡邊明音

プロフィール

中村歌昇(なかむら・かしょう)
1989年5月6日生まれ。中村又五郎の長男。播磨屋。94年6月歌舞伎座〈四代目中村時蔵三十三回忌追善〉の『道行旅路の嫁入』の旅の若者で四代目中村種太郎を名のり初舞台。2011年9月新橋演舞場『菅原伝授手習鑑 車引』舎人杉王丸ほかで四代目中村歌昇を襲名。長男が22年『菅原伝授手習鑑』寺子屋の菅秀才で五代目中村種太郎を名のり初舞台。次男が22年『菅原伝授手習鑑』寺子屋の松王丸一子小太郎で中村秀乃介を名のり初舞台を踏んでいる。

松竹大谷図書館で辿る、大阪松竹座100年の記憶

歌舞伎座から徒歩数分。演劇・映画の専門図書館「松竹大谷図書館」では、大阪松竹座の戦前資料の公式HPデジタルアーカイブ公開にあわせて、4月28日まで特別展を開催中。大阪松竹座、歌舞伎座4月公演の演目関連資料も手に取って楽しめます。観劇の合間に、歴史の1ページを紐解いてみませんか?

デジタルアーカイブ公開記念特別展
「大阪松竹座の歴史を紐解く資料を未来へ」&資料紹介

期間:2026年4月1日(水)~28日(火)
時間:平日10時~17時(土日祝休)
場所:松竹大谷図書館(築地・銀座松竹スクエア3階)
料金:入館無料
公益財団法人 松竹大谷図書館
https://www.shochiku.co.jp/shochiku-otani-toshokan/

★歌舞伎座ギャラリー(歌舞伎座タワー5階)及び、歌舞伎座1階ロビーでは先代萩の特別展示も!(入場無料。展示は4月27日まで)