「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

尾上辰之助『菊畑』奴虎蔵実は源牛若丸 「可愛らしさと強さ。変化する瞬間を大事に」

第51回

源義経がまだ牛若丸と名乗っていたころの物語。父・源義朝を失った平治の乱をはじめ、親子や兄弟同士で命を奪い合うような悲劇を目の当たりにしてきた牛若丸は、虎蔵と名を変え、家来の智恵内(ちえない)実は吉岡鬼三太とともに兵法家の吉岡鬼一法眼の館へ入り込む。奴として奉公し、所蔵されている秘蔵の兵法書「六韜三略」、いわゆる「虎の巻」を手に入れようというのだ。自ら兵を率いていつか必ず平家を討つために。

<あらすじ>

美しい菊の花が咲き誇る鬼一法眼の館。もとは源氏の兵法学者だが今は平家方に仕えている。そこに奉公している奴の智恵内と虎蔵の二人。そして虎蔵に恋心を抱く鬼一の娘・皆鶴姫は二人の素性を知ってしまい……。

後に鮮やかに平家を討ち滅ぼす御大将が、少年時代に奴姿で奉公していたですと? 義経の意外なプロフィールが明らかになる華やかな一幕『菊畑』。今月の深ボリ隊は、「團菊祭五月大歌舞伎」にて、『菊畑』の奴虎蔵実は源牛若丸で、三代目として尾上辰之助を襲名する尾上左近さん(取材時)を直撃。後の御大将としての強さと品格、色奴らしい可愛らしさ。この二つのキャラクターをどう一人の人物の中に込めるのか。襲名目前の超のつく忙しさの中、左近さん、いや、新・辰之助さんが熱い思いを語ってくれた。

Q.可憐な色奴と御大将の強さ――虎蔵と牛若丸をどう切り換える?

上演中の令和8(2026)年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部『鬼一法眼三略巻』にて、奴虎蔵実は源牛若丸を勤める辰之助さん (c)松竹

── 三代目尾上辰之助襲名披露のお役の一つが『菊畑』の虎蔵実は牛若丸です。このお役で襲名を、と思われたのはなぜですか。

尾上辰之助(以下、辰之助) 父(尾上松緑)から「襲名も近いだろうから、かなうかどうかは分からないが何をやりたいか考えておいてくれ」と言われたときに、まっ先に思ったのが虎蔵だったんです。巡業に初めて連れていっていただいたときに(中村)時蔵のおにいさんがなさっていたのですが、とても印象に残っていました。自分で言うのもなんですが、ありがたいことにこれまで女方、若衆といった”おしろいの役”をさせていただくことが多く、その上で虎蔵をどれだけできるか挑戦してみたいと思いました。狂言としても華やかですし、襲名させていただくのにぴったりではないかなと。

── 2023年7月の松竹大歌舞伎のときですね。辰之助さんは笠原湛海をなさっていました。王子という名の公家悪のような長髪の鬘の敵役というのが意外でした。

辰之助 そうなんです。『菊畑』に最初に関わったお役が湛海だったのは自分でも思ってもみませんでしたが、あの作品の空気感をその時に少しでも感じられたことは、今となってはありがたいことですね。それに今回湛海を(坂東)亀蔵のおにいさんがしてくださる。巡業のときもおにいさんに教わりました。今回気心の知れたおにいさん方の胸をお借りして、自分のやるべきことに集中して勤められる、本当にありがたいです。

── ワクワクするような最強の顔ぶれですね。

辰之助 いや本当にそうだと思います。

── 虎蔵はどなたに教わるのですか。

辰之助 七代目菊五郎のおにいさんに見ていただきました。色奴の可愛らしさ、幼さ、そして牛若丸という正体を顕したときの違いを大事にと言っていただきました。そしてまず最初に一枚のDVDを渡されまして。(七世尾上)梅幸さんの虎蔵でおにいさんが智恵内をされたときの映像なんです。「おやじの虎蔵にはかなわないんだよ。可愛いんだよな。決して手を抜いてるのではないのに余裕があってやわらかさがあって面白いんだ」と。
稽古して下さった後に僕の虎蔵について、「面白くないんだ。たしかにやることはやっているかもしれないけれど、もっと面白くできる」とおっしゃいました。余裕が必要なのか熟練の技なのか、僕にはまだ分からないのですが。台詞とか手順を覚えて形を作ってというのはある意味誰でもできること。その中で役をどれだけ理解してお客様に楽しんでいただけるか。七代目のおにいさんを拝見していていつも思うのが、お客様ファーストと言いますか、お客様に楽しんでいただく、その精神を学んでいかないといけないなと改めて感じています。

「虎の巻」を奪い平家を討つ――その思いがにじむ瞬間

── まずはこしらえから教えてください。鬘のうなじあたりにある棒ジケ、これは若衆や奴でもある役とない役とがありますね。

辰之助 シケがあるとやはり色気、可愛らしさにつながると思います。この紫の雁木柄の着付、これも奴らしい衣裳ですね。僕が左近の名前で初舞台を踏んだ時の(『蘭平物狂』2014年歌舞伎座)お役が、蘭平の一子繁蔵でした。あれも紫の奴の衣裳でしたので、同じような姿で新しい名を名乗る、縁を感じます。何だかそのまんま大きくなったぞという感じもしますし(笑)。それにちょっと襟を抜いて着付けているんですね。だから所作もそれに沿っていないといけない。緋色の股引きや片肌脱いだときに緋の襦袢が見える、そういうところでもストーリーやテンションの差をつけていて、それも歌舞伎ならではです。顔の色は(菊五郎)劇団の教えとしては、こういう若衆のお役でも立役が勤めるときは生白粉(きおしろい)、つまりすべて100%白ではなく、砥の粉を少し混ぜるんです。対して智恵内はもう少し砥の粉が入ります。

── どんなお役についても出が大事と言われますが、このお役はまた特に出が素敵です。

辰之助 本当にカッコいいなと思います。『勧進帳』の義経みたいだなと。花道の七三に据えられた菊の枝折戸の前でいくつか振り事がありますが、一つひとつに意味があります。今の自分の置かれた状況、平家に対する恨み、牛若であることの強さを出したり引いたり。揚幕を見込むところも、必ず平家を討つぞという思いです。七代目のおにいさんの虎蔵を拝見していると本当にカッコよくて。少しでも近づきたいです。

── 枝折戸を開けて入ると、雰囲気がスッと変わりますね。

「(牛若から奴虎蔵に)変化する瞬間は大事にしていきたい」(辰之助さん)。上演中の令和8(2026)年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」より (c)松竹

辰之助 戸を開けて入って、閉じたらそこで牛若から奴虎蔵になります。そこはある程度オーバーにやらないとお客様に伝わらないので意識して勤めたいです。そして本舞台へ行って第一声が「ただいま帰りました」と。後の牛若としての台詞を生かすために、色奴らしい台詞回しにすることを多少は意識していますが、といって人物が変わるわけではない。性根の部分を意識すると自然に台詞回しも変わってくるのかなと。難しいところですが変化する瞬間は大事にしていきたいですね。

── 皆鶴姫が平清盛の嫡男の重盛のもとへ赴いたので、先に館へ戻ってきた虎蔵は、清盛の命を鬼一法眼に伝えます。明日までに鬼一が所持している「虎の巻」を差し出すこと、そして鬼一の二人の弟、鬼次郎、鬼三太を詮議するため笠原湛海を遣わすと。これらはこの鬼一たちにとって一大事だと思うのですが、虎蔵は結構淡々と伝えているように見えます。

辰之助 彼は非常にクレバーな人物だなと思うんです。智恵内はあわてて「そなた聞き間違いであろうがな」と取り繕いますが、七代目のおにいさんの虎蔵は何だかケロッとしてる。動じないんですよね。そもそも虎蔵は鬼一のことは怖がっていないんだと思います。鬼一が、娘の皆鶴姫を残して奴が一人で戻ってきたことに対して一応は謝ります。でも自分は鬼一の家来ではないので、本気で申し訳ないと思っているわけではない。ただ鬼一から「虎の巻」を奪うという目的があるので、ここはとにかく謝ることは謝る。そこに深い感情を込めない方が人物が大きく見えるかなと今は考えています。

── 鬼一が杖を智恵内に放り投げて「これで虎蔵を打て」と言われても、虎蔵からすればなんてことはない。

辰之助 そうだと思います。智恵内は鬼一の手前、杖で虎蔵を打って見せようとして、でもどうしても打てない。ここは本当に『勧進帳』の義経と弁慶ですよね。智恵内は色奴なのでそこは弁慶とは違うところですが、重ねて観るのも面白いと思います。後に二人きりになった時も、虎蔵は智恵内に「なぜ自分を打たなかった?」と責めていますから、強さ、冷静さを感じるんですよね。幼い面もあるからすぐ気が立ってしまいますし、どこか戦闘狂っぽい一面も見えますがそれだけではない。

それとこれは僕の考えなのですが、七代目のおにいさんしかり、祖父(初代尾上辰之助)しかり、役者ってどこか狂気がにじみ出るような面がないと面白くないんじゃないかと思っているんです。

「何でもないところから立ち上がるだけで人物が変わったように見える。大事な所だと思います」(辰之助さん)。上演中の令和8(2026)年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」より、奴虎蔵実は源牛若丸を勤める辰之助さん (c)松竹

── でも鬼一からはこの館から出ていけと言われてしまう。

辰之助 この時はさすがに動揺しますね。それを外見で表現するかどうかはこれから稽古してみて、です。少なくとも「ここから追い出されたら虎の巻を奪う機会がなくなるぞ」という心の動きは持っていないといけないのかなと。

── そして鬼一、皆鶴姫、湛海が引っ込み、智恵内と二人、その場に残されます。

辰之助 あそこでスッと立ち上がるだけで虎蔵から牛若に人が変わったように見える。『すし屋』の弥助(実は平維盛)もそうですよね。何でもないところから立ち上がるだけで人物が変わったように見える。大事な所だと思います。それと、床几に腰かけるときにおこつく(よろめく)んですよ。やはり茫然としているんだと思います。「追い出されてしまっては虎の巻が奪えなくなる」という焦りがあるからでしょう。

”面白さ”をどうやって出すか

── 「やよ鬼三太」からは、さらにグッと引き込まれる場面になります。

辰之助 ノリ地になって虎蔵の見せ場になります。義太夫に乗って、幼さの中にもカッコよさが大事かなと。御大将の重み、可愛らしさ、それが歩き方一つひとつに出ると七代目のおにいさんがおっしゃっていました。脚を割ってきまる形にしても、「膝を内にしなさい」と膝の形についてよくご注意いただきましたね。ここの二人の泣き方にも『車引』の梅王と桜丸のように役柄の特徴が出ます。

── 「泣いている場合ではないぞ」「踏み込もう」というノリ地のところも、聴いていて観ていて気持ちの良いところです。

辰之助 ”いちいち”というところで義太夫にうまく当てるなど、基礎的ですが一番大事なところですね。

── 片肌脱いで踏み込んで、「親兄弟でも互いに打ち倒し合う倣いなのはお前も知っているだろう」と虎蔵は智恵内に言いますね。

上演中の令和8(2026)年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部『鬼一法眼三略巻』にて、奴虎蔵実は源牛若丸を勤める辰之助さん。気迫みなぎる見得 (c)松竹

辰之助 牛若の子供のころから常に親兄弟の諍いが身近にあり、そのせいで家が破滅していったのが源氏でしたから、そこをふまえているのでしょうね。将来源氏の人々の上に立つ人物としても重要な台詞だと思います。

── ところどころで荒事のような、美しくも力強い見得をします。

辰之助 ここは血気盛んな少年らしさが見えるところだと思います。父は智恵内を何度も勤めていますし、胸を借りて勤めたいと思います。

── 皆鶴姫が戻って来てからは、ちょっと緊張感もほどけて智恵内とのチャリ場のような時間になります。

辰之助 ここは二人に任せて、虎蔵としては静かに凛としているところなのかなと思います。彼は皆鶴姫にはまるで関心がないんでしょうね。姫が近づいてきてもあまり見ていない、何なら嫌がっている。御大将でありながら、同時に子供っぽさがあって。すべては源氏のためで、そのためなら何でもできるし、それ以外のことに関心がない。後に姫が二人の正体を知っていることを明かし「自ら死ぬ」と言い出したときも、とまどいなど一切なく「よしあっぱれだ、死んでくれ」と思っていると思うんです。自分の事を知られたからには生かしておけないと。

── 湛海が再び出てきて、智恵内と虎蔵が鬼三太と牛若であることを鬼一に告げようとするので、牛若が湛海を追い詰めて仕留めます。これは上手へ追い詰めるやり方と下手へ行くやり方とあるようですね。

辰之助 僕は七代目のおにいさんの演じ方の通り、下手へ追い詰めて仕留めます。そしての後のクライマックスのノリ地の場面は、お客様が華やかな気持ちで観終えられるように「カッコよく」を意識したいと思います。三人でひっぱりの絵面になりますが、やっている方もきっと気分がいいんだろうなと思われるかもしれませんが、今の僕にはそんな余裕はなくて。梅幸さんの上っ面だけマネしてもただただ手を抜いているようにしか見えないでしょうし。七代目のおにいさんがおっしゃる”面白さ”をどうやって出すか。それが課題ですね。そして、身分は智恵内より牛若の方が上なので、父に対しても臆することなく勤めたいと思います。

「辰之助」は特別な名前──祖父・父から受け継ぐ魂

── 昼の部の『寿曽我対面』では曽我五郎を勤められます。

辰之助 祖父も父もこの五郎で辰之助を襲名していますから、うちの家にとって縁の深いお役です。紀尾井町の五郎を汚さぬように勤めたいと思います。形の良さ、声、守っていかなければならない約束事の多いお役で、父からも「対面の五郎は、うまい、下手、じゃないんだ」と言われています。祖父と七代目のおにいさんといえば、どんなお役でも抜群の名コンビだったと思いますが、やはり五郎と十郎は特にそうだったのではないかなと感じますね。七代目のおにいさんからも「がんばれよ」と言っていただいております。

上演中の令和8(2026)年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」昼の部『寿曽我対面』にて、曽我五郎 を勤める辰之助さん。 (c)松竹

── そして夜の部はもう一役『助六由縁江戸桜』の福山かつぎ、これも出ている時間は短いですが若々しくていいお役ですね。

辰之助 いわゆるおいしいお役ですね。(市川)團十郎のおにいさんから辰之助襲名だからと言っていただき、させていただけるのが本当にありがたいです。父からは「くわんぺら門兵衛に対しては憎らしく、後ろに居並ぶ女郎たちには可愛がられるように」と。愛嬌の必要なお役だと思うんですね。これも祖父、父も勤めていますので教わりたいと思います。

── 初代(尾上)辰之助さんのなさった役々の中でも特にお好きな役といえば何でしょう。

辰之助 それはもうたっくさんありますが、中でも『暗闇の丑松』『縮屋新助』『坂崎出羽守』などどこか闇のある役、それが祖父の魅力の一つだったのかなと思うんです。これらの祖父の当たり役の狂言って最近はなかなかかかることが少ないのですが、いつかはやってみたい。僕にとってやはり辰之助という名前は特別な名前です。この襲名はゴールではなくスタートだと思っているので、まずはとにかく誰にもケガのないように、無事に、精いっぱい勤めたいと思います。

取材・文:五十川晶子 撮影:渡邊明音

プロフィール

尾上辰之助(おのえ・たつのすけ)
2006年1月20日生まれ。尾上松緑の長男。音羽屋。2009年10月、歌舞伎座『音羽嶽だんまり』の稚児音若で藤間大河の名にて初お目見得。2014年6月、歌舞伎座『倭仮名在原系図』蘭平物狂の一子・繁蔵で三代目尾上左近を名のり、初舞台を踏んだ。以降、『義経千本桜』渡海屋・大物浦の娘お安実は安徳帝(2011年7月)、『夢市男達競』市郎兵衛倅・市松(2013年1月)、『沓掛時次郎』三蔵倅・太郎吉(2017年11月)で国立劇場特別賞を受賞。2026年5月歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」にて、三代目尾上辰之助を襲名。

三代目尾上辰之助襲名披露記念特別展示

歌舞伎座近くの「松竹大谷図書館」で、三代目尾上辰之助襲名披露記念展示を開催中。観劇とあわせてぜひ。

平成3(1991)年5月歌舞伎座筋書 二代目尾上辰之助襲名関連資料

期間:2026年5月7日(木)~27(水)
時間:平日10時~17時(土日祝休)
場所:松竹大谷図書館(築地・銀座松竹スクエア3階)
料金:入館無料
公益財団法人 松竹大谷図書館
https://www.shochiku.co.jp/shochiku-otani-toshokan/