「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

尾上緑『怪談 牡丹燈籠』乳母お米 「お露を新三郎に添わせたい一心で」

第53回

上野の山の鐘がゴーンと鳴る。牡丹の花飾りのついた燈籠が光りながらひらひらふわふわと宙を舞い、下駄の音がカランコロンと聴こえてくる。気がつくとすぐそこに今夜もあのふたりが立っている・・・。三遊亭圓朝の傑作落語をもとに作られた蒸し暑い夏にぴったりの『怪談牡丹燈籠』。萩原新三郎に恋焦がれるお嬢様。何とかして添わせてやりたい。それが乳母お米の唯一の心のよりどころだったのかもしれない。

<あらすじ>

浪人の萩原新三郎と旗本の娘お露。新三郎に恋い焦がれてこの世を去ったお露と、後を追った乳母のお米。ある夜新三郎の前にふたりが現れるが・・・。

旗本の娘お露に献身的に仕える乳母お米。どうしてもお露を新三郎に添わせたいというお米の思いには、忠心以上に凄まじい執念を感じる。今月の歌舞伎座第一部『怪談 牡丹燈籠』では、尾上緑さんがお米を初役で勤める。お露には尾上辰之助さん。緑さんが尾上松緑家に入門して以来、幼いころからずっとそばで支え見守ってきた存在だ。そんなリアルな関係性も力にして、緑さんはどんなお米を描くのだろう。今月の深ボリ隊は、初日目前の舞台稽古の合間に緑さんを直撃。お役に対する思いをたっぷりとうかがった。

20年間という時間そのものを味方にできれば

令和8年8月歌舞伎座『怪談 牡丹燈籠』より、乳母お米を勤める尾上緑さん (C)松竹

── お米というお役のオファーが来たときのことを教えてください。

尾上緑(以下緑) まず八月は辰之助が『怪談牡丹燈籠』に出るというのは先に決まっていましたが、私がお米というのはまったくの寝耳に水でした。そもそも劇団(尾上菊五郎劇団)は歌舞伎座の八月の納涼歌舞伎にはこれまであまり縁がなかったんですね。私も出るのが初めてなんです。というのも劇団の若手は毎夏国立劇場の「稚魚の会」の公演に出ることが多くて、そこで勉強させていただくことが多いんです。私はこれまで腰元などをやってきた身ですから、お米なんて自分に回ってくることのないお役ですし、看板に名前が出るような大きなお役なのでさすがにびっくりしました。お米と言えばやはり二世中村吉之丞さんのイメージを持っていましたし、そんなお役、自分にできるのかと。

── お米はお露の乳母というお役ですが、そのお露を辰之助さんがなさいます。

緑 座頭の(坂東)巳之助さんが、「現実でも辰之助の乳母のような立場である緑さんがお米をするのが自然じゃない?」とおっしゃったと聞いています。たしかにふたりの関係性の土台は既にできているのかなと。お米にとってのお露も、私にとっての辰之助も、いつもこの人のことを考えているし、自分のことのように喜んだり悲しんだりする、そこが共通しますのでね。お露といつも感情を一つにしているお役なので、そこはもう20年間辰之助のそばでやってきた時間そのものを味方にしようと思っています。

── 実際にお稽古をなさってみていかがですか。

緑 どうしても若さが出てしまうところがあるんです。台詞を言っていないときの動き、リアクションが、ついつい大きくなりがちで。特に幽霊になってからは脱力して、力抜いてちょうどいいのに、逆に力を抜こう抜こうとして前のめりになって若さが出てしまう。いかに無駄な動きをなくして若さを殺していくか、ここがまずは関門です。

── どなたに教わりますか。

緑 (上村)吉弥さんにお願いして舞台稽古も見ていただきました。幽霊手(ゆうれいで)の位置、肘をしっかり絞って体に着けること、また両手の甲の高さが揃っていると動物みたいになるので、段違いにするということなどなど。そして衣裳の着方、お化粧、基本的なところから教えてくださいました。

第一声で立場や役どころ、関係性を表わさなければいけない

令和8年8月歌舞伎座『怪談 牡丹燈籠』より、乳母お米を勤める尾上緑さん (C)松竹

── お米のこしらえについて教えてください。

緑 ちょっと待ってくださいね、メモしてきたので(笑)。私たち案外ひとつひとつの正式な名前を知らなかったりするんですよ。まず着付はお納戸色の木目模様の小紋です。帯は文庫結びで武家の女房のような結び方です。頭は丸髱の忍び返し。これは良いとこのお家の召使いによく使うんです。今回帯の位置がいつもと大きく違うところですね。帯といえば高く締めるものという感じでしたが、今回は乳母なので低く締めています。若い人は高め、年配はやや低めに結びます。腰元を多くやっていますとどうしても帯の位置が胸高になりがちなんですよ。顔はおしろいに砥の粉を混ぜて、お露と付かない(かぶらない)ように。眉は描きません。

── 声はどんなトーンですか。

緑 お露のトーンは高めです。それとの違いを出さなければいけないので、また別のトーンの声を使います。第一声で、お米はこういう役ですよと、その立場や役どころ、お露との関係性を表わさなければいけないので難しいですね。次に出る時はもう幽霊になってしまっているので。

── お米はお露と共に舟で上手から出てきます。大川(現在の隅田川)でお露の気晴らしのため舟遊びの最中ということでしょうか。おふたりがとてもお綺麗で優雅で、でも表情は憂鬱そうですね。

緑 お米は飯島家の一人娘お露の乳母ですが、飯島家の殿様との間に色恋沙汰があり、ライバルのお国に敗れたという前提があるんですね。ですから年配とはいっても本当は色気が残っている役どころなんですが、今回は色気は封印してお嬢様との関係性に集中したいと思います。

── お露とお米は牛込の飯島の家を出て飯島家の別荘のあった柳島へ移り、ふたりで暮らしはじめたところ、二月ごろに医師の志丈が浪人者の萩原新三郎をそこへ連れてきます。そこで互いに見初めますが、それ以来、七月ごろまで会えていません。お露は恋焦がれてついに焦がれ死にします。

緑 お米は後追いしたということですから自害したのでしょう。お国との争いに負け、生きがいだったお嬢様も死んでしまい、飯島家にはもう戻る場所がないですから。

幽霊になってからは、えぐるように台詞を言うんです

── 幽霊となったお露とお米は、ふたりの卒塔婆のある新幡随院から根津清水谷の新三郎の家へ向かいます。鐘の音がゴーンと鳴り、牡丹燈籠を手に幽霊となったふたりがスッポンから出てきます。幽霊になってからのこしらえはどうなりますか。

緑 頭は替えます。先に乱れジケを着けて、あちこちの髪を乱してある忍び返しの頭に掛け替えます。顔の色はそのままですが、目張り、唇は茶から墨に、目の下には青黛をつけます。『太十』(『絵本太功記』十段目)の瀕死の十次郎のように死相の出ている顔に使いますね。今回は既に死んで幽霊になっているわけですが。手の甲も、より骨っぽく見えるように墨で筋を入れています。お露も頭は乱れが入りますが、新三郎との色恋のある役どころなので、パッと見たところ「あれ、まだ生きているのかな」と見えるくらいに止めます。

令和8年8月歌舞伎座『怪談 牡丹燈籠』より、乳母お米を勤める尾上緑さん (C)松竹

── 薄暗い中、スッポンからおふたりでせりあがってきます。

緑 これ、私は初体験です。そばの客席のお客様が気づいてギャーッと驚かれるのかどうか。そこを気にする余裕はおそらくないでしょうけどね(笑)。

── 幽霊になってからの方が、声が強くて迫力がありますね。

緑 幽霊になってからは、できるだけ調子の低いところを使って、えぐるように台詞を言うんですよ。「おじょうさまあああ」と深い地の底からやって来たような声ですね。ドロ(ヒュードロドロという鳴物の音)が入るとそれに負けないように声を張らなければなりませんし。

とにかくお米としてはお露を新三郎に添わせたい一心なので、幽霊になってからはおせっかいな面をさらに前面に出していこうかなと。生きているときなら逆に遠慮がちになるようなことでしょうけど、もうこちらは死んでいますから(笑)ちょっと図々しいくらいに言います。

── 医師の志丈のことも「あいつ」呼ばわりしますね。

緑 お米は根は強気な人だったと思うんです。殿様の寵愛をめぐってお国に蹴落とされ、家に居づらくなったお嬢様と一緒に飯島家を出ましたが、死んでからはさらに気持ちが強くなっているように思います。

とにもかくにもチャンスをいただけたことに感謝しています

── カランコロンという下駄の音をさせて新三郎の家へとやってきます。お露の幽霊は庭の方から入り、お米は下手側の入り口から入っていきますね。

緑 カランコロンというのはお露が履いている下駄の音が鳴っているという体ですね。でも実際にお露は下駄を履いており、庭の白緑(びゃくろく、上り下りするために置かれる一段の台)を上がり、さらにもう一段座敷へ上がる時、裾で下駄が隠れた時に座敷の下へ引っ込めるんです。だからお露が座敷に上がったら下駄はもうそこにはない。幽霊ですから足がないわけです。お米は履物は履いていません。黒の蹴出し(裾よけ)に黒い足袋なので、足元が見えづらいと思います。ふわっと浮いているように見えたらいいのですが。

── 伴蔵がこっそりふたりの逢瀬を覗くと髑髏のお露が新三郎にとり憑いていて、お米も髑髏になっています。

緑 この場面だけ、髑髏の面を着けます。『三社祭』で善玉悪玉の面を咥えて踊りますが、あれと同じやり方ですね。

── でもその後新三郎の家の入口すべてに魔除けのお札が貼られてしまい、お露とお米は入ることができなくなります。そこでふたりは、魔除けのお札をはがし、新三郎が肌身離さず持っている仏像を奪ってくれと伴蔵に頼みにやってくる。ここでふたりがフッと動き出すそのタイミングが揃っていて、めっぽう怖いです。いちいち予想外の動き方で、それがまたこの世の物ではない感じがして。

緑 吉弥さんからは「オーバーにやったほうがいいよ」と言われまして、フ~~ッとえぐるように揃って向きを変えています。

── 伴蔵夫婦はその報酬として百両を手に入れますが、お米はこの金をどうやって工面したのでしょう。

緑 圓朝の原作によれば、飯島家に幽霊が忍び込んで百両盗んだとういくだりがあるんです。勝手知ったる家の金を盗んだのでしょうね。

── 伴蔵が命からがら高窓のお札をはがし、そこからスーッと牡丹燈籠が入り込んだかと思うと、お露とお米も再び新三郎の目の前に現れますね。

緑 お米は新三郎が逃げないように見張っていて、お露と協力している感じですね。とり殺すのを手伝いますよという気持ち、いわば助太刀です(笑)。いつもはここでお露が新三郎を絞め殺しておしまいですが、「お嬢さんが直接絞め殺すのは生々しすぎる」ということで、巳之助さんからの発案で今回見せ方が変わります。連理引き(殺された者が怨霊となり逃げようとする人物を引き戻す動き)をした後、霊の力でとり殺すことになります。そしてお露の身体は柱の横でスーッと宙に浮いたように上がって、とり殺した新三郎を上から見ている形になります。

令和8年8月歌舞伎座『怪談 牡丹燈籠』より、乳母お米を勤める尾上緑さん (C)松竹

── お米として、辰之助さんのお露とお芝居をされてみていかがですか。

緑 辰之助とは『三人吉三』のお嬢とおとせで一緒に芝居はしていますので(2024年十一月歌舞伎座特別公演)、お互い変に気を使わずにやれているのかなと思います。

それと、お露と新三郎ってあまりしゃべらないんですよ。お米がずっとしゃべっている。辰之助も「緑さんの方が僕より台詞が全然多いですね」って言っていました。私がひっぱっていかなきゃいけないという場面が結構あるんですね。想像以上に負担が大きいです。観ているときは「面白いお役だなあ」と思っていましたが、これはやってみないとわかりませんでした(笑)。

── 今年のお正月の新春浅草歌舞伎の「ご挨拶」で、辰之助さんが緑さんへの感謝の思いを語り感極まった際、袖から緑さんの「泣くんじゃないよ!」という声が聞こえ、グッときました。そのおふたりのお露とお米を拝見できることが楽しみです。

緑 いえいえ、このお役をいただけたのも、あくまでも辰之助がお露を勤めるからということですから。とにもかくにもチャンスをいただけたことに感謝しています。

── ちなみに緑さんは幽霊を目撃したことはありますか。また怪談はお好きですか。

緑 見たことないです。というよりも怖がりだから見てしまっても見なかったことにしています(笑)。ゾンビ映画は好きなんですよ。こっちのほうが怖くないですね。『呪怨』とか『リング』とか、日本のホラーは怖いですが。今回の『牡丹燈籠』のお米としては、本格的に怖くするのか、怖いけれど笑える要素も出すのか、まだ考えているところです。あくまでも乳母としてお嬢様の想いを遂げさせてやりたい。その執念がお米を幽霊にさせてしまった。お客様にそう感じていただけるように勤めたいですね。

取材・文:五十川晶子 撮影:川野結李歌(舞台写真除く)