ステージぴあExtra ~フリーマガジン「ステージぴあ」連動企画~
奈緒「後悔しない選択を」 ——舞台『WAR BRIDE』で向き合う“戦争花嫁”
第6回

第二次世界大戦後、米軍兵士と結婚して渡米、“戦争花嫁”となった日本人女性、桂子・ハーン。そんな彼女の半生を追ったドキュメンタリー「War Bride 91歳の戦争花嫁」が舞台化されることになり、主人公の桂子を奈緒が演じる。今年1月に渡米し、94歳になった桂子と対面した奈緒。彼女と過ごした時間をこう振り返る。
「桂子さんは本当に愛の深い方だと思いました。ご家族に対してはもちろん、母国である日本に対しても、そしてご自身が20歳の時に海を渡って辿り着いたアメリカという国に対しても、同じく大きな愛を持っていらっしゃる。さらに桂子さんのご家族や親しい方々も、とても大きな愛に包まれた生活をしていらっしゃって。皆さんとお話しする中で、そのことを強く感じることが出来ました」
桂子との会話で特に印象深かったことを訊ねると、とても些細な、しかし大切なことを語ってくれた。
「桂子さんはお花がすごく好きで、お花にまつわる思い出話を聞かせてくださいました。それは桂子さんがまだ小さかったころ、庭にお花を植えていたら、近くのご年配の女性から『なんで食べ物じゃないものを植えているの?』と聞かれたそうなんです。すごく些細なエピソードですが、なぜ桂子さんがそのことを鮮明に覚えていらっしゃったのか。私自身は好きな花を選んで買うことが出来ますが、当時はみんな食べることに精一杯で、花に安らぎを求めることさえ難しかったんですよね。そういった背景を強く痛感させられるお話で。それを聞いた後、旦那さんのフランクさん、長男のエリックさんのお墓参りに行くためにふたりでお花を選んだのですが、その時間がものすごく輝いて思えて。今、改めて大切な思い出になっています」

桂子と自身の共通点を問うと、「桂子さんがあまりに素晴らしく、私自身と照らし合わせるようなことはまったく出来なくて……」と語りつつこう続ける。
「ただ桂子さんから学んだことはたくさんあって、一番は桂子さんがなにに対しても常に感謝していらっしゃったことです。『私は感謝しています。心から嬉しいです』といったことを、この旅の中で何度聞いたことか! それって私は、桂子さんの“愛”だと思うんです。辛いこともたくさんおありになったはずなのに、今桂子さんの周りにはたくさんの笑顔が溢れている。それは桂子さんがどんな逆境の時であっても、“感謝する”という視点を持って生きていらっしゃった結果なのかなと。と同時に、私自身はそういう気持ちを忘れている瞬間もあるはずと、自分の至らなさを感じて。もっともっと成長して、桂子さんのようにたくさん感謝の心を持ちながら、自分のことも、自分の周りにいてくれる人たちのことも、幸せに出来る人になりたいなと思いました」
桂子と過ごしたのは3日間。短い期間ながら、彼女を体現するために必要なことはしっかり奈緒の中に根づいたようだ。

「自分の中に桂子さんがいて、今とても大切な存在になっています。作品の核になるであろう、桂子さんの優しさや強さ。それらをどう作品に落とし込んでいくのか。そこは決して諦めることなく、演出の日澤(雄介)さんや共演者の皆さんと共に、稽古場でじっくりと探っていきたいなと思っています」
編集なき舞台で、自分を削ぎ落とす時間
取材時はまだ稽古開始前。だがカンパニーの面々と食事会を開き、演出の日澤とも交流を深めることが出来たと言う。
「日澤さんはすごくお優しい方だと思いました。私が話すことに対してもそうですが、他の方との会話を聞いていても、相手が発する言葉の意味というものを非常に丁寧に受け止めようとしてくださっていて。その人がなぜその言葉を選んでいるのか。その話の本質はどこにあるのか。しっかりキャッチボールしてくださる。そこにこちらも甘えさせていただき、これから始まる稽古でもいろいろと相談させていただけたらなと。そしてそんな日澤さんとの稽古だからこそ、カンパニーみんなで桂子さんの物語を立ち上げていけるのではないかと感じました」


映像作品での印象が強い奈緒だが、舞台にも年1本ペースで出演。彼女にとって大切な場のひとつとなっている。
「自分で考える力、というのは舞台をやる上で必要なものだと思っています。編集されて完成する映像の場合、やはり“余白を残す”という部分があると思いますが、舞台の場合、板の上でやったことは間も含めてすべてお客さまに届くんですよね。つまり編集作業も含め、すべて役者たちがやっていることだと考えると、やはりすごいことをしているなと。そのためにも嘘をつかずに動いて行くことが大切で、そこに対する恐怖心みたいなものは、舞台を重ねることでどんどん取り除かれていっているような感覚があります。筋トレに例えると、舞台はインナーコアを鍛えている感覚に近い。身体のすごく深いところを、時間をかけてじっくり鍛えていくような……。だからこそ舞台には、必ず年に1回は立ちたいなと思っています」
そんな彼女が今年選んだのは、“戦後80年”という節目の年に上演されるこの舞台。桂子の半生を通して奈緒は、戦争という大きなテーマとどう向き合おうとしているのだろうか。
「重たいと言えばとても重たいテーマだと思います。ただ今この瞬間は、みんなでご飯を食べたり、お話することが出来ているわけですよね。そういったことがなぜ実現しているのかを考えると、とても重いテーマではあるけれど、今生きていることに希望が持てるテーマでもあると思っています。そして今、自分たちがどれだけ選択肢が多い中で暮らせているのか。その選択の自由を奪われないためにも、大切な人を守るためにも、しっかりと向き合い、考えていかなければいけないテーマ。というのも今の私は桂子さんのことを知っているわけで、この作品に参加した以上、自分自身が大切にしたい、後悔しない選択をしなければいけない、そう強く思っています」
野上瑠美子 撮影:石阪大輔
ヘアメイク:竹下あゆみ スタイリスト:岡本純子
ぴあアプリでは奈緒さんのアプリ限定カットをご覧いただけます。ぴあアプリをダウンロードすると、この記事内に掲載されています。
公演情報
舞台『WAR BRIDE -アメリカと日本の架け橋 桂子・ハーン-』
原案:『War Bride 91歳の戦争花嫁』(TBSテレビ)
脚本:古川健(劇団チョコレートケーキ)
演出:日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)
出演:奈緒 ウエンツ瑛士
高野洸 川島鈴遥 渡邉蒼 福山絢水 牧田哲也 岡本篤 占部房子
山口馬木也
【東京公演】
2025年8月5日(火)~8月27日(水)
会場:よみうり大手町ホール
【兵庫公演】
2025年9月6日(土)・7日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
【福岡公演】
2025年9月13日(土)・14日(日)
会場:久留米シティプラザ ザ・グランドホール
チケット情報
https://w.pia.jp/t/wb2025/
公式サイト:
https://www.warbride-stage.com
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