蔵原惟繕

1952年、松竹京都撮影所に入社し、1954年に日活へ。デビュー作で認められ、以後、石原裕次郎主演作を監督。また、「執炎」(1964)で浅丘ルリ子の魅力を引き出した。「南極物語」(1983)が、空前の大ヒットを記録した。2002年12月28日、肺炎のため死去。