レオス・カラックス

高校を中退し、18歳の時に『カイエ・デュ・シネマ』誌に評論を発表。1983年に国立映画センターの援助で「ボーイ・ミーツ・ガール」を初監督、カンヌ映画祭ヤング大賞を受賞。この1作で“ゴダールの再来”と言われる。続いて「汚れた血」(1986)「ポンヌフの恋人」(1991)を発表し、いずれも高い評価を得た。