生誕150年 吉澤儀造とその時代
19/11/9(土)~19/12/22(日)
小杉放菴記念日光美術館
吉澤儀造《秋の庭》 1895-1903(明治28-36)年頃 小杉放菴記念日光美術館蔵
吉澤儀造(1869~1903)は三重県鈴鹿郡関町(現・亀山市)で生まれ、若き小杉放菴も学んだ画塾・不同舎を中心に活動し、34歳で夭折した画家。
没後長い間、その名前は全くといっていいほど忘れ去られていたが、旧日光市が小杉放菴についての調査をする過程で、不同舎へ入学するときに同伴した先輩として吉澤儀造の存在を知ったことをきっかけに、御遺族が保管されていた水彩画とスケッチを寄贈していただくことができた。これらの作品の中には、1899(明治32)年の初冬に日光で描かれた水彩画や、日光の杉並木を描いたスケッチも含まれており、吉澤儀造が日光を訪れていたことも明らかになった。これらの作品は、1998(平成10)年に小杉放菴記念日光美術館で開催した「吉澤儀造――幻の画家展」で初公開され、好評を博した。
その後、改めて御遺族から、吉澤儀造や周辺作家による書簡等の資料も寄贈していただくことになり、これらを調査した結果、吉澤儀造が1901(明治34)年にも日光を訪れ、しばらく滞在していたこと、現在の鹿沼市や茨城県古河市などを巡っていたこと、さらに、次々と海外へ留学していく不同舎の仲間たちに刺激を受けて、志なかばで病死するまでヨーロッパへの強い憧憬を抱いていたことなどが明らかとなった。
その緊張感のある構図と確かなデッサン力に裏付けられた克明な描写、そして刺激的な色彩が織りなす、写実的とも幻想的ともいえる吉澤儀造の絵画世界は、制作されてから100年以上を経た現在でも少しも色褪せることがなく、見る者を魅了してやまない。
生誕150年を迎えるこの回顧展では、同館が所蔵する吉澤儀造の作品40点余りを中心に、小杉未醒(放菴)、河合新蔵、中川八郎、吉田博など、周辺画家の作品も交え、その知られざる創作活動の全貌に迫る。