オスカー・ムリーリョ 「geopolitics (manifestations)」

Oscar Murillo, “manifestation”, 2019-2020 (detail), oil, oil stick, cotton thread and graphite on canvas, velvet and linen © Oscar Murillo. Photo: Jack Hems

タカ・イシイギャラリーは9月4日から10月2日まで、オスカー・ムリーリョによる展覧会「地政学――マニフェステイション 」を開催する。ムリーリョの同画廊での初個展となる本展は、力強い新作のペインティングで構成されている。これらの新作は、アーティストの「マニフェステイション」シリーズの一環として、嵐のような激動期にコロンビアのスタジオで制作された。
「マニフェステイション」のペインティングには、ムリーリョ作品に特徴的な要素と技法が組み合わされている。ペインティングの下地となるのはムリーリョが異なる場所や時間において制作したさまざまな要素を接ぎ合わせたもの。これにより複数のエネルギーが結合し、作品の基盤を形成しているのだ。先行するシリーズと同様の手法が今回の制作プロセスにも取り入れられている。それはすなわち、顔料を染み込ませたキャンバスをスタジオの床に2枚重ね、からだ全体を使った動きでキャンバスからキャンバスにその跡を移しながら表現する方法だ。 アーティストはこれを「エネルギーのダウンロード」と呼んでいる。そしてそこに、太い線状の油彩で、鮮やかな色の層が足されていく。作品表面に深みと、厚く塗った色彩の力強い筆跡が加えられるのだ。こうした手法が作品の表面にダイナミックな、ほとんど彫刻的な質感を与え、結果として、複層的で陰影のある複雑な絵画が成立していると言えるだろう。
新型コロナウィルスの世界的パンデミックの危機に際して、ムリーリョは2020年3月からコロンビアの故郷の町でアート制作と人道支援活動の両方に従事してきた。初公開となる今回の新作はそこで描かれたものだ。2021年に入り、コロンビアでは大規模な抗議活動が起こり、それを封じようとする国家の暴力によって人びとの暮らしはますます困窮したものとなった。この時期に描かれ、そこに存在したこれらのペインティングには、周りで起こったことの何かしらが吸収されている――つまり、それらはパンデミックにまつわる苦難の証人であると、ムリーリョは考えている。
シリーズのタイトルである「マニフェステイション」にはいくつかの意味があるが、これもアーティストの意図によるもの。この言葉は、数カ国の言語において「政治的抗議」の意味でもっとも多く使われており、これがタイトルとなることによって、作品と、自分がどういう人間かを表明する非常に身体的で具体的な実践とが結びつけられている。つまり、身体を使ったアクションが政治の力に変わっているのだ。ロンドン在住の批評家でありライターの ロザンナ・マクラフリンが『Mixing It Up』（Hayward Gallery Publishing、2021年）のなかで解説している。「『マニフェステイション』シリーズは、グローバル資本主義がもたらした、行き場のない、そわそわした生き方への（ムリーリョの）応答だ。継ぎはぎのキャンバスは、抗議を繰り広げるための場となっている。」
オスカー・ムリーリョが創り出してきた独自の視覚言語には、特定の要素やモチーフが繰り返し現れる。布の状態で垂らされた黒いキャンバス、解剖台を思わせる金属の構造体、何枚もの断片が大雑把に縫い合わされてできた大型のペインティング、スタジオの土埃、ごみやガラクタなどだ。こうした素材やほかの構成要素が、ペインティングやビデオ作品、ひと部屋を占める大型のインスタレーションや行為など、多岐にわたるメディアによって展開されている。全作品を見れば、ムリーリョがコミュニティの概念やあり方についての探求を続け、それを発展させていることがわかるだろう。ムリーリョが情報と学びを得る源は、文化を越えた個人的つながりや国境をまたいだ移動です。それらが彼の創作には不可欠なのだ。