山口藍展「山あいの歌」
22/3/9(水)~22/4/9(土)
ミヅマアートギャラリー

せつが恵とき(部分)2022 杉戸、柿渋、アクリル絵具 177×174.5cm ©︎ai yamaguchi・ninyu works Courtesy of Mizuma Art Gallery
山口藍の近年の作品の多くは、古今和歌集などを題材にしたり、和歌の一部をタイトルに冠したりと、言葉の響きや形に呼応しながら深化を遂げてきた。
作品に登場する女の子の姿は折々の季節や風景などに見立てられ、その存在は美しさの価値そのものとなり、鑑賞者に豊潤な想像力を喚起させる。
古い杉戸に描かれた新作《せつが恵とき》は、「雪(山口の愛猫)が絵解き」の意で、北斎の「姥がゑとき」から名付けられた。百人一首に詠まれた歌意を乳母がわかりやすく子供に説明するという趣旨で制作されたが、北斎ならではの難解な絵図が版元の意向に沿わず途中で断念したとされる北斎晩年期の錦絵の連作だ。
杉戸の端には女の子が猫と共に横たわり、静かな余韻を感じさせる画面には百人一首に編まれた全首が描かれている。和歌の筆の運びが着物の襞や柄へと繋がり、女の子の髪の毛が文字へと流れていくように、耳で聞けば目には見えない和歌の一文字一文字が、空間の気の流れを変えているような緊張感を携える。
本展タイトルの「山あいの歌」は、数年前に山口が自身の姓である「山口」とはどういう意味なのだろうかと、その起源を探ったことから導かれた。
白川静氏の字典から、「山口」は「サンコウ」と読み、「山間(ヤマアイ)」という意味だということに辿り着いた山口は、山間にある人の営みやそこに流れる川によってもたらされる豊かさを想像した。
本展は杉戸やキャンバス、陶器などの新作を用い、会場の空間全体で「山間」の景色を作る。山間には人の往来し難いような険峻な聖所という意味もあるという。
コロナ禍で必然となった距離やそれに伴う隔たりによって、人の言葉だけではなく、ウイルスを含め目には見えないものが世を支配することへの抗いや、逆に身を任せる潔さなど、普段では気づくことのできないものを私たちは今まさに経験している。
現在の私たちを取り巻く環境が、山と山の間であるならば、山間に流れる川のように配置された山口の作品ひとつひとつが、美しく共鳴し合う歌となり響き渡ることだろう。
ぜひ山間の景色に立って作品をご高覧いただきたい。