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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

日光生まれの仙人画家 小杉放菴 ―反俗・脱俗・超俗!

19/9/14(土)~19/11/4(月)

小杉放菴記念日光美術館

小杉放菴(1881-1964)は、日光出身の近代日本を代表する画家。幼い頃から絵画に親しみ、15歳で日光在住の洋画家・五百城文哉に師事したのち、18歳で上京、小山正太郎の画塾・不同舎に入門する。「未醒」と号し、太平洋画会や文部省美術展覧会(文展)に出品を重ね、30歳のときに文展で最高賞を受賞。翌々年に洋画研究のために渡欧したものの、パリで池大雅の《十便図》の複製を偶然目にしたことがきっかけとなり、東洋的画題に開眼する。
帰国後は、再興日本美術院の洋画部を牽引し、東洋的要素を加えた新しい洋画の制作を試みる。さらに、44歳のときには東京大学安田講堂の壁画を手がけ、名実ともに洋画壇の巨頭と目された。1930年代以降は、「放菴(放庵)」と号を改め、日本画の制作に次第に軸足を移すようになる。
このように、洋画・日本画で独自の境地を開いた放菴だが、終戦後は東京を離れ、疎開先であった新潟・妙高高原に亡くなるまで過ごす。美術蒐集家としても知られる細川護立が、戦後に「放菴は赤倉に入って仙人になってしまった」と述べたように、これまで務めた展覧会の審査員や、日本芸術院会員などを辞し、一切の名誉から離れた生活を送ったのだ。
しかし、この妙高高原での生活は、彼の制作活動をより豊かにさせた。絵画のみならず、これまでも手がけていた書や和歌を精力的に制作するようになる。その独特の書体と飾り気のない句調は、今もなお、見る者の胸を打つ。
洋画壇の頂点まで登りつめた画家が、どのようにして「仙人」へと変化したのか。本展では、同館が所蔵する絵画・書・和歌を一堂に会し、仙人画家・小杉放菴の全貌に迫る。
また、本展は、100年ぶりに発見された未醒時代の大作《煉丹》を公開する初の機会ともなる。期待してほしい。

開催情報

ジャンル
美術館

9:30〜17:00、月曜日休館(祝日・振替休日のときは開館し、翌日を休館)

※入館は閉館の30分前まで

料金

一般720(640)円、大学生510(460)円、高校生以下無料

※10月1日以降、消費税の改訂等に伴い、入館料が変更になる場合があります。
※( )内は20名以上の団体割引料金
※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けた方とその付き添いの方1名は無料となります。
※第3日曜日「家庭の日」(9月15日、10月20日)は、大学生は無料。

出品作家

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