アブラハム渓谷

フローベールの名作『ボヴァリー夫人』を下敷きにして書かれた小説をもとに、ポルトガルの巨匠Ｍ・デ・オリヴェイラが描く愛に生きた女性の半生の物語。かつて神が人間の傲慢さと恥を戒めたとされるアブラハムの谷に住む医者カルロスは、裕福な家の娘エマと結婚する。足が不自由だが恐るべき美貌を秘めたエマは、留守がちな夫の目を盗んで他の男たちを誘惑するようになる。貞操とか家族の絆という概念のまったく欠如したエマは、自由な愛に生きるゆえに、その愛に苦悩し、傷ついていく……。静かな場面の連続ながら、ぐいぐいと物語を引っぱっていく演出力はまさに非凡。欲望を超えた愛を崇高に描いた力作である。