富田直樹 　東京

《Tokyo (Metropolitan Expressway)》2019年、キャンバスに油彩、72.7 x 60.6 x 2cm

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厚く塗り重ねられた油彩で実直に描かれた風景画。描かれた光景は、空きテナントのファサードや、不動産屋に案内された何も置かれていない部屋、街中のコインパーキングや、都会の夜景。しかし、そこに人の姿はない。あるのは「何かが生まれる前の光景」を見つめるまなざしの気配だけである。
富田直樹の描く郊外や都会の風景画の中にあるうっすらとした寂寥感は、そこに人の姿がないことによるものだろうか。一方、その絵画によって引き起こされる感覚に、喪失や諦観といったネガティブな感情は全く見受けられない。むしろ何かが一つの役目を終え、次の新しい姿に生まれ変わる前の清しい瞬間やかすかな煌きが捉えられているように感じられる。
MAHO KUBOTA GALLERYでは3年ぶりとなるこの個展で富田は、2020年を一つのメルクマールとし刻々と移り変わる東京の座標を描こうと決め、数ヶ月に及ぶ制作に取り組んできた。「東京の今を描く」という大変ストレートなアプローチではあるが、そこに至るまでの富田の制作態度には、昨年数ヶ月を過ごした熊本県津奈木町のアーティストレジデンス・プログラムでの滞在制作の経験が深く関わっているように見られる。都市近郊の街で育ち京都の大学で絵画を学び、アーティストとなっても東京郊外の引力の中で作品を向き合ってきた富田にとって、巨大な都市圏の渦から逃れ、それまでの実践を一度リセットすることのできた津奈木町での4ヶ月はまさに彼の作品の主題とも言える「何かが新しい何かになる前のニュートラルな状態」を意識する時間だったのではないだろうか。海に面し山野に囲まれた津奈木町の滞在中に描かれ、つなぎ美術館での個展で展示されたペインティングの数々には一人の絵描きとして純粋にキャンバスに向き合った富田の決意のようなものが見て取れる。
本展の新作でも同様に油絵具を丹念に塗り重ねられて表現されるいくつもの風景が展開されている。そこにある風景は東京で生活する人なら誰もが見覚えのある、一つの共同体が共有する記号的な光景でもある。池袋、六本木、神宮外苑、秋葉原、渋谷、新宿歌舞伎町、中目黒。一つ一つの場所に個人の記憶や思念があるにせよ、富田のキャンバスの上でそれは共同体の持つ感覚として描かれており、個人のセンティメントを切り離したニュートラルな風景として提示される。しかし、再びその絵に深く視線を向けるとき、絵の中に人は自分の姿を探すのではないだろうか。これまで風景絵画の中に全く人物を描きこまなかった富田だが、今回は一部の作品にかすかな雑踏が描かれている。それは偽りのない真実の東京の姿であり、今を生きる私たちの姿でもある。

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