小杉放菴と大山魯牛 ――老荘会とともに
21/1/1(金)~21/2/14(日)
小杉放菴記念日光美術館
山魯牛(1902~1995)は、終生南画と真摯に向き合い、南画を描き続けた画家だった。本名は龍一郎。東京に生まれ、生後まもない頃から栃木県足利町(現・足利市)で育ち、1919(大正8)年に上京。小室翠雲が主宰する環堵画塾で南画を学び、はじめ〈雅堂〉と号して日本南画院や帝国美術院展覧会[帝展]を中心に作品を発表していく。1935(昭和10)年に〈魯牛〉へ改号。戦後は、新興美術院に活動の場を移し、1995(平成7)年に93歳で生涯を閉じるまで、筆を折ることはなかった。
魯牛はその生涯のあいだに、栃木県ゆかりの日本画家による「華厳社」や、小杉放菴が主宰し漢学者の公田連太郎を囲んだ勉強会「老荘会」など、何度か放菴と活動を共にしている。
本展は、近年寄贈された大山魯牛作品の公開をかね、「老荘会」を通じて生まれた放菴・魯牛の作品から、二人の親交を紹介していく。
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