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『ミナリ』と『ノマドランド』が一騎打ち!? 第93回アカデミー賞受賞結果を大予想

リアルサウンド

21/3/22(月) 12:00

 史上最も予想が難しいアカデミー賞――それは、2020年の映画界は何か社会的な動きや事件があれば大きく影響を受ける、脆い土壌の上にあったからだ。北米時間の3月15日早朝に発表された第93回アカデミー賞のノミネーション発表からは、本格的なストリーマー(配信事業者)時代への移行、そしてここ数年映画業界で推し進められていた多様性・包摂性を反映した結果が見られた。

 スタジオ別ノミネーション数における、Netflixの35部門、アマゾン・スタジオの12部門、Apple TV+の2部門奪取は、パンデミックによって映画館が1年間にわたり閉鎖されていたことだけが原因ではない。そもそもストリーマーとスタジオにとってのオスカー像の意味は全く異なる。劇場公開収益モデルを採るスタジオにとっては、ノミネーション後に開始されるワイド・リリース(全国公開)で興行収入を上げるためのブースターの意味を持つ。受賞すれば観客はさらに増え、ソフト化やPVOD(サブスクリプション・サービスではない作品ごとの課金配信)で収益を上げることができる。一方のストリーマーにとっての賞レースは、これから作品を共に作ることになる未来のコラボレーション相手との交渉のテーブルで魅力的な勲章をちらつかせることにある。ストリーマーのビジネスモデルではコンテンツがどれだけ加入者を呼び込んだかが重要で、そのためには強い作品を揃え続ける必要があるからだ。アマゾン・スタジオはパンデミック前は劇場公開モデルを導入していたので少し状況は異なるが、つまりノミネーションを得て存在感を示し、潜在的にいる世界中のクリエイターを引きつけることが目的なのだ。受賞に越したことはないが、それよりもノミネーション数で圧倒することが大きな宣伝となる。

 Netflixのここ数年のゴールデングローブ賞(この賞が前哨戦と呼ぶにふさわしいかの議論は別として)とアカデミー賞のノミネーション数・受賞数の変遷は、ゴールデングローブ賞が2019年(アルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』席巻の年)のノミネーション17(受賞5)、2020年(マーティン・スコセッシの『アイリッシュマン』など)のノミネーション25(受賞2)、2021年(『Mank/マンク』『シカゴ7裁判』)のノミネーション42(受賞10)。アカデミー賞では2019年のノミネーション15(受賞4)、2020年のノミネーション24(受賞2)、そして2021年のノミネーション数は35部門と年々積み上げている。ゴールデングローブ賞の半分はテレビシリーズ部門なのでノミネート数・受賞数が増えているのは必然だが、2021年はアカデミー賞でも突出した結果を出している。その裏には、賞レースで評価されるような作家の作品がスタジオでは作られにくくなっている皮肉もあり、この流れが覆されることはしばらくなさそうだ。コロナ禍によりバーチャル授賞式を取り入れたゴールデングローブ賞などの視聴率も低下傾向にあり、「そもそも賞レースとは?」という疑問も突きつけられている。

 毎年多くの議論が起きる演技部門と監督部門のノミネーションにも大きな変化が起きている。4部門20名の候補者のうち9名が有色人種で、主演男優賞と助演男優賞は過半数の3名が有色人種という結果になった。また、昨年は女性監督の活躍が目覚しかったのにも関わらず候補者が全員男性監督だったが、今年はクロエ・ジャオとエメラルド・フェネルの2人がノミネートされている。同部門に女性監督が2名以上ノミネートされるのは史上初で、クロエ・ジャオは脚色賞、編集賞、そしてプロデューサーとして作品賞と同一年に4部門でノミネート、女性で初の快挙となった。この動きは、昨年9月にアカデミー賞を選定する映画科学技術アカデミーが示した作品賞候補の新しい基準にも関係している(参考:ベルリン映画祭は女優賞・男優賞廃止、アカデミー賞は新ルール導入 ハリウッドの多様性と包摂性)。テーマや物語、俳優やスタッフにも多様性と包摂性が求められるこの新基準の履行は2025年度開催の第96回からだが、すでに意識改革の波が訪れたということだろう。また、アカデミー賞に投票する約10000人のアカデミー会員の人種・性別分布も変化している(参考:ゴールデングローブ賞を決める87名の外国人記者協会 老舗組織に突きつけられた独占禁止法違反訴状) 。2020年度の新会員は68カ国819名で、45%が女性、36%が有色人種、49%がアメリカ人以外の出身、2019年度は59カ国842名、50%が女性、29%が有色人種、2018年度は928人(構成比未公表)と、ここ3年でおよそ25%会員が増えている。昨年の『パラサイト 半地下の家族』(2019年)の快挙から変化は始まっていたのだ。

 スティーヴン・ユァンとリズ・アーメッドの2人がアジア系俳優として初めて主演男優賞にノミネートされたことに沸いた翌日、また悲惨な事件が起きてしまった。アトランタの3カ所で起きた連続銃撃事件の被害者8名のうち6名はアジア系の女性で、昨年から増え続けているアジア系へのヘイトクライムとの関係も疑われている。本稿の冒頭でも書いたとおり、事件や社会現象は賞レースの行方にも大きな影響を及ぼす。これは作品の力が軽視されているからではなく、映画芸術を支える人々にとって社会で起きていることは、作品作りと切り離すことができないからだ。2018年に行われた第89回アカデミー賞で外国語映画賞イラン代表としてノミネートされていた『セールスマン』(2016年)は、すでに『別離』(2011年)で同賞を受賞しているアスガー・ファルハディ監督の受賞は難しいと見られていた。だが、授賞式直前にトランプ前大統領が発出したイスラム7カ国からの入国を禁じる大統領令に抗議し、ファルハディ監督と主演のタラネ・アリドゥスティは授賞式出席を辞退。授賞式でのファルハディ監督の受賞スピーチ「この非人道的な入国規制は、世界を分断し、攻撃や戦争に対する虚偽の正当化を生み出す」の代読には、会場から大きな拍手が贈られた。映画は娯楽だけではなく、国や社会が間違った方向に進んでいたら疑問を呈し、思考を巡らせ対話のきっかけを作るものなのだ。

 最終投票が開始される4月15日から締め切られる20日まで、最後の最後までレースの行方は変わっていくだろう。よって、以下はあくまでも3月半ば時点での受賞予想となる。

★が本命、●が次点

主演女優賞

ヴィオラ・デイヴィス『マ・レイニーのブラックボトム』
アンドラ・デイ『The United States vs. Billie Holiday(原題)』
ヴァネッサ・カービー『私というパズル』
●フランシス・マクドーマンド『ノマドランド』
★キャリー・マリガン『プロミシング・ヤング・ウーマン』

 性暴力被害者の復讐をサスペンス・コメディに昇華させたキャリー・マリガンの熱演は一世一代のもの。前回ノミネートの『17歳の肖像』(2009年)からコンスタントに良作に出演し続けているところも評価されそう。フランシス・マクドーマンドは『ファーゴ』(1996年)、『スリー・ビルボード』(2017年)で主演女優賞を受賞しているが、『ノマドランド』でのフィクションとノンフィクションの間で“聴き手”に徹し物語の輪郭を描く演技は、新しい演技手法を生み出したと言っていい。

助演女優賞

マリア・バカローヴァ『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』
グレン・クローズ『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』
オリヴィア・コールマン『ファーザー』
●アマンダ・セイフライド『Mank/マンク』
★ユン・ヨジョン『ミナリ』

 全移民が「俺の家の話だ」と涙する『ミナリ』の肝となる、おばあちゃんの存在。昨年のポン・ジュノ監督同様、アメリカでのプロモーションを流暢な英語でこなし、ジョークを交えながらウィットに富んだ受け答えをするユン・ヨジョンに世間は夢中だ。対抗のアマンダ・セイフライドは、ノミネート数は多いが受賞確率の低そうな『Mank/マンク』の希望を託すとしたらこの部門しかない。最有力と言われながら最後の最後に梯子を外された前回の『天才作家の妻 40年目の真実』(2018年)のショックも記憶に新しいグレン・クローズだが、8回目のノミネートも残念な結果になりそう…。

主演男優賞

リズ・アーメッド『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』
★チャドウィック・ボーズマン『マ・レイニーのブラックボトム』
アンソニー・ホプキンス『ファーザー』
ゲイリー・オールドマン『Mank/マンク』
スティーヴン・ユァン『ミナリ』

 昨年8月に逝去したチャドウィック・ボーズマンのキャリアを、『ブラックパンサー』で果たせなかった主演男優賞受賞という形で祝福することになるだろう。故人が演技部門でノミネートされるのはジェームズ・ディーンなど過去に7名で、故ヒース・レジャーは『ダークナイト』(2008年)で助演男優賞を受賞している。アジア系初ノミネートのスティーヴン・ユァンとリズ・アーメッドには、この先人種にこだわらない良役が多く巡ってくるのはずなので、今後に期待。

助演男優賞

●サシャ・バロン・コーエン『シカゴ7裁判』
★ダニエル・カルーヤ『Judas and the Black Messiah(原題)』
レスリー・オドム・Jr.『あの夜、マイアミで』
ポール・レイシー『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』
ラキース・スタンフィールド『Judas and the Black Messiah(原題)』

 授賞式の最初に授与される賞で、最も予想が難しいのが助演男優賞。正直なところ『Judas and the Black Messiah(原題)』はそこまで優れた作品と言えないのだが、2020年のBLM運動から今年の多様性に溢れたノミネーションを考慮すると、ダニエル・カルーヤに受賞の光明が。ただし、同作品から2人ノミネートされているので、票が分散しないようアワード・パブリシストの腕の見せどころ。昨年11月の大統領選直前配信の『シカゴ7裁判』と『ボラット2』という両極端の2作品から発せられた「選挙に行け!」という強いメッセージに対し、サシャ・バロン・コーエンを推すこともできる。

長編ドキュメンタリー賞

『Collective(原題)』
『ハンディキャップ・キャンプ:障がい者運動の夜明け』
『The Mole Agent(原題)』
★『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』
●『タイム』

 過去のアカデミー賞では政治的な作品が受賞する傾向があったこの部門だが、他の部門に政治性が絡んできているために、ねじれが生じる可能性がある。この中でも純粋に映像で魅せ、驚かせ、学びを与えてくれるNetflixの『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』が本命。アマゾン・プライムで配信されている『タイム』は、軽犯罪ながら長期収監となった黒人夫婦の愛と信頼の記録によって、法執行機関による非人道的な権力行使を暴く。『ハンディキャップ・キャンプ』はオバマ元大統領の製作会社とNetflixが組んだ第2作目で、昨年『アメリカン・ファクトリー』で受賞しているため今年は難しいだろう。

長編アニメーション部門

『2分の1の魔法』
『フェイフェイと月の冒険』
『映画 ひつじのショーン UFOフィーバー!』
★『ソウルフル・ワールド』
●『ウルフウォーカー』

 もし『ウルフウォーカー』が受賞するとApple TV+は賞レース初参戦で初ノミネート、初受賞となる。ただし、評価も下馬評も『ソウルフル・ワールド』が圧倒的なので5作品に残っただけでも大金星と言える。

国際長編映画賞

★『アナザーラウンド』(デンマーク)
『Better Days(英題)』(香港)
『Collective(原題)』(ルーマニア)
『The Man Who Sold His Skin(英題)』(チュニジア)
『Quo Vadis, Aida?(原題)』(ボスニア・ヘルツェゴビナ)

 デンマークのトマス・ヴィンターベアが強豪揃いの監督賞にもノミネートされるという快挙。一昨年の『ROMA/ローマ』、昨年の『パラサイト』共に「作品賞へのアップグレードがあるとすると…」を含めて予想されていたが、今年はシンプルに『アナザーラウンド』の圧勝だろう。ルーマニアのナイトクラブ火災から政治腐敗に結びつく調査報道のドキュメンタリー『Collective』が2部門でノミネートされているのは快挙。

脚色賞

『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』
★『ファーザー』
●『ノマドランド』
『あの夜、マイアミで』
『ザ・ホワイトタイガー』

 ジェシカ・ブルーダーによるルポルタージュ『ノマド:漂流する高齢労働者たち』を原作に、ドラマ化するのではなくノンフィクションの中に俳優を存在させて再構築する手法は、クロエ・ジャオとフランシス・マクドーマンドによる新しいストーリーテリングの発明だ。脚色の可能性を広げたふたりを祝し、ジャオに栄冠が授けられるだろう。戯曲が原作の『ファーザー』も、映画ならではの時間軸構成が評価を受けそう。

脚本賞

『Judas and the Black Messiah(原題)』
『ミナリ』 
●『プロミシング・ヤング・ウーマン』
『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』
★『シカゴ7裁判』

 「2020年を代表する映画の1本なのに、あげられる賞がない!」となりそうな『シカゴ7裁判』だが、脚本賞なら遜色ない。対抗になるとすれば『プロミシンング・ヤング・ウーマン』。タイムリーな題材を先が想像できない脚本で描いたエメラルド・フェネルの才能は高く評価されるだろう。

監督賞

トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』
デヴィッド・フィンチャー『Mank/マンク』
リー・アイザック・チョン『ミナリ』
★クロエ・ジャオ『ノマドランド』
エメラルド・フェネル『プロミシング・ヤング・ウーマン』

 トロント映画際観客賞次点の『あの夜、マイアミで』のレジーナ・キングがノミネートされていたら対抗になっただろうが、この並びであればクロエ・ジャオ一択。アジア系初、女性監督で2人目(『ハートロッカー』(2009年)のキャスリン・ビグロー)という評価ではなく、前作『ザ・ライダー』(2017年)から作家性を失うことなく新しいことにチャレンジしているジャオ監督は、ハリウッドを代表する監督になるだろう。彼女の次回作が大作の『エターナルズ』というのもスタジオ関係者から好意的に受け取られそう。

作品賞

『ファーザー』
『Judas and the Black Messiah(原題)』
『Mank/マンク』
★『ミナリ』
★『ノマドランド』
『プロミシング・ヤング・ウーマン』
『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』(ダリウス・マーダー監督)
『シカゴ7裁判』(アーロン・ソーキン監督)

 現段階では、『ミナリ』と『ノマドランド』の一騎打ちとしか言えない。ノミネーション発表当日までは総合的な観点から『ノマドランド』だろうと予想していたが、3月16日に起きたアトランタでの銃撃事件から、全くわからなくなってしまった。ことあるごとに人種差別を煽った前政権が社会に残した爪痕は大きく、政権移譲されてからもアジア・ヘイトクライムの被害は日に日に増えている。そんな中、パンデミック以前のサンダンス映画祭でデビューした『ミナリ』はじっくりと時間をかけ、この物語が普遍的な移民物語であることを根付かせていった。アイルランド系移民を描いた『イン・アメリカ/3つの小さな願いごと』(2003年、ジム・シェリダン監督)と比較して語られ、アメリカが移民国家であることを思い起こさせる。一方の『ノマドランド』は、アメリカ人(になった人たち)の祖先が抱いていていたフロンティア・スピリットを思わせる人生の選択に、経済・教育・保険を含む社会制度・政治……さまざまなことを考えさせられる。どちらの作品が受賞しても、2020年という稀有な1年を反映した結果になるだろう。

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

■公開情報
『ミナリ』
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
監督・脚本:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ
配給:ギャガ
上映時間:115分/原題:Minari
Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24
公式サイト:gaga.ne.jp/minari

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