和田彩花の「アートに夢中!」
『ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』
毎月連載
第64回
今回、和田さんが紹介するのは東京都美術館で開催中の『ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』。個人としては世界最大のゴッホコレクターだったヘレーネ・クレラー=ミュラーが収集したゴッホ作品を中心に、ゴッホと同時代の画家たちの作品も並びます。
ゴッホの“前近代的”な感覚に注目
クレラー=ミュラー美術館という名前はこれまでに何度も聞いていましたが、美術館の創立者、ヘレーネ・クレラー=ミュラーさんの人物像について、全然知らないことに改めて気付かされました。女性のコレクターだったのですね。

これまでは、展覧会を見る時は作家や作品自体の魅力ばかりに関心を寄せていたのですが、コレクターにも焦点を当てる切り口もおもしろいと感じました。彼女がコレクターになった経緯や、彼女がゴッホを知り、収集を始めた理由を知ることで、作品の魅力がより引き立ち、愛着や親近感を持てたような気がしました。
展覧会はメインとなるゴッホのコレクションがとにかくすばらしかったです。画家を志した初期のオランダ時代から、死の数ヶ月前まで滞在したサン=レミの療養院時代まで、10年の画業を辿れる内容でした。

ゴッホのなかでもとくによかったのが初期の素描。ゴッホがオランダ時代に描いた油彩画は以前から何点か見ていましたが、素描を見るのはほぼ初めて。素描を見ていて感じたのは、色彩に目覚めた後でも、基本的なところは変わらない、ということ。ゴッホは素描で農民など働く人達の姿を丹念に描いていますが、フランスに来てからの風景画を見ると、小さいんですが働いている人が描きこまれてている。ゴッホの油彩はその筆使いや色彩に注目されがちですが、興味を持つ対象がオランダ時代からずっと変わらないことがとてもおもしろいと思いました。
というのは、ゴッホが影響を受けていた印象派の画家たちは、町が開発されてにぎやかになっていく風景や、みんなが楽しんでいる様子を好んで描いていますが、ゴッホってあまりそういう情景を描かないんですよね。風景のなかに小さく人を描いている、しかも労働していたりする。単に遊んでいたり、歩いている人ってあんまり見かけないんですよね。少し都市と距離をおいた前近代的な感覚というか、異なる時間軸、価値観を持った人なんだと感じます。ミレーの《種まく人》に心惹かれて、自分でも描くようになったのもおもしろいですよね。

あと、パリ時代の作品でちょっと驚いたのが《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》。ルノワールの同名の作品から華やかなイメージを持っていたんですけれど、ゴッホの絵だととても寂しくて、さびれた町の印象を受けました。描く人によって、町の雰囲気も大きくかわってくるんですね。

一番のお気に入りは《レモンの籠と瓶》
そして、この展覧会で一番良かったのはアルル時代の《レモンの籠と瓶》。画面全体が黄色で、まさにレモンの黄色なんですけど、レモン自体は黄色くなくて、じゃがいもみたいな茶色です。まわりの壁紙も、テーブルクロスも全部異なる黄色、ですがレモンだけレモンの色をしていない。どうしてなんだろうっていろいろ考えてしまう作品です。現実をただ描写しているわけじゃないんだろうなとは思うのですが……。

ほかにも、この作品は興味深いところがたくさんあります。たとえば輪郭線に赤色を使っていたり、影の部分に水色を敷いてみたりとか、色の関係性についても実験を試みているんですよ。筆触も独特です。テーブルのところはうねるように、壁紙のところは縦で描いていて、なんとなく筆を置いているのではないことがわかります。この絵だけでもずっと見ていられるような気がしました、お気に入りの作品です。
油彩だけで30点以上の作品を見ていると、ゴッホは滞在する地域や環境で画風が変わることもよくわかります。オランダ時代、パリ、南仏と色の使い方や筆触、モチーフなど大きく変わっていく。華やかなアルル時代もいいですが、パリ時代もおもしろいですね、色使いや筆使いが印象派の影響を受けてガラリとかわる。ときにはスーラっぽい、セザンヌっぽい印象を受ける油彩もあるのですが、ゴッホらしさもしっかり出ている。周囲の流行や自分の好きなものを吸収して自分のものにする力を彼は持っていたんですね。
そして、アルル時代、サン=レミ時代は一ヶ月単位で画風が変わっていくのがすごいです。アルル時代の《レモンの籠と瓶》は1888年5月の作品で《種まく人》は1888年の6月の作品、1ヶ月しか変わりません。ゴーギャンとの人間関係に疲れて入ったサン=レミの療養院で描いた絵もさらに変わっていって筆致が短く点描のようになっていく。輪郭線も太くなっていきます。この急激な変化がすごいと思います。
画家の変化やクセって、1〜2点の作品だけを見るだけでは、あるいは画集を見ているだけでは把握できないんですよね。画家の初期から晩年まで、いろいろな作品を数多く見比べ、考えながら鑑賞しないと難しいんだなと常々思うわけです。でも、この展覧会ならそれができる。ゴッホの初期から晩年まで、著しい変化を目で見ることができます。こんな機会めったにないことです。だから最高の展覧会なんです! 出口のショップでゴッホのキーホルダー買っちゃいました。本当によかった〜。
ゴッホ以外にも、ミレー、ルノワール、ルドンなどヘレーネさんが収集した近代絵画もあわせて展示されていて、同時代の画家たちとの比較からもゴッホとは一体どんな画家だったのか、ということがかわかる、とてもいい展覧会だと思いました。たくさんの人に見てもらいたいですね。
開催情報
『ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』
2021年9月18日(土)~12月12日(日)、東京都美術館にて開催
https://gogh-2021.jp
※日時指定予約制
フィンセント・ファン・ゴッホの世界最大の個人収集家ヘレーネ・クレラー=ミュラーのコレクションから、選りすぐりのファン・ゴッホの油彩画28点と素描・版画20点、ミレー、ルノワール、スーラ、ルドン、モンドリアンらの作品20点をあわせて展示。さらにアムステルダムのファン・ゴッホ美術館の4点も紹介され、ゴッホの初期から晩年までの画業をたどるとともに、ヘレーネの審美眼や近代美術の流れを俯瞰することができる。
構成・文:浦島茂世 撮影(和田彩花):源賀津己
プロフィール
和田 彩花
1994年生まれ。群馬県出身。2004年「ハロプロエッグオーディション2004」に合格し、ハロプロエッグのメンバーに。2010年、スマイレージのメンバーとしてメジャーデビュー。同年に「第52回輝く!日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。2015年よりグループ名をアンジュルムと改め、新たにスタートし、テレビ、ライブ、舞台などで幅広く活動。ハロー! プロジェクト全体のリーダーも務めた後、2019年6月18日をもってアンジュルムおよびハロー! プロジェクトを卒業。アートへの関心が高く、さまざまなメディアでアートに関する情報を発信している。