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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

「ロング・グッドバイ」の猫好きなマーロウの話から…、ヒッチコック『三十九夜』の記憶力抜群の男の話など。

隔週連載

第59回

20/9/15(火)

 ジョン・ヒューストン監督の『荒馬と女』(1961年)で現代のカウボーイ、クラーク・ゲーブルとモンゴメリー・クリフトが野生の馬を捕えるのは、なんと馬の肉をペットフードとして使うため。ペットフードに馬肉が使われているとは。
 レイモンド・チャンドラー原作の『長いお別れ』の映画化、ロバート・アルトマン監督の『ロング・グッドバイ』(1973年)では、エリオット・グールド演じる私立探偵フィリップ・マーロウが猫好き。
 ある夜、ペットフードが切れていて、夜中だというのに猫のためにコンビニエンス・ストアにペットフードを買いに行く。
 店にはいつものがなく、仕方なく別のものを買って帰る。しかし、猫は味に敏感で見向きもしない。このペットフードも馬肉を使っていたのだろうか。

 猫好きの私立探偵がもう一人いる。
 バズ・キューリック監督の快作『シェイマス』(1973年)。
 “Shamus”は私立探偵のこと。
 バート・レイノルズ演じるニューヨークのしがない私立探偵は安アパートで猫と暮している。「俺のほうが猫に居ついてもらっている」と猫に頭が上がらない。
 若い女性と一夜を共にし(ビリヤード台をベッドにしているのが面白い)、仕事にでかける時、女性に頼む。「猫が外から戻ってきたらキャットフードをあげてくれ」。このキャットフードも馬の肉か。
 『シェイマス』には、興味深い傍役が出てくる。バート・レイノルズの友人の情報屋。この男、「写真的記憶力」を持っていてスポーツ選手の記録などを空んじている。各年度の盗塁王の名前をすらすら言える。

 この記憶力抜群の男には先輩がいる。
 ヒッチコックの『三十九夜』(1935年)。
 ミスター・メモリーという超人的な記憶力をもった男(ウィリー・ワトソン)。あまりに凄いのでそれを芸にしている。寄席で芸人として出演し、客席からのあらゆる質問に答える。まるで百科辞典のすべての頁を記憶しているよう。
 某国のスパイたちは、この男の記憶力を利用し、重要な情報を覚え込ませる。『レインマン』(1988年)で、いわゆるイディオット・サヴァンであるダスティン・ホフマンが驚くべき記憶力を見せたのと通じるものがある。

 『三十九夜』はのちにイギリスでリメイクされた。ラルフ・トーマス監督、ケネス・モア主演の『三十九階段』(1959年)。
 ヒッチコックの『三十九夜』は誰もが賞めるが、世代的には私はこの『三十九階段』が忘れ難い。

 『三十九階段』には、こんな愉快な場面もある。
 警察とスパイ組織の両方から追われるケネス・モアがある女学校に逃げ込む(タイナ・エルグはその学校の先生)。
 女学校では、ちょうど偉い先生の講演が行われる予定になっている。そこにケネス・モアがまぎれ込み、にわか講演をせざるを得なくなる。無論、その場しのぎのいい加減な話だが、女学生たちが大喜びするのが楽しい。イギリス式のユーモア。

 この場面は、当然、映画ファンには、ある名作を下敷きにしているのが分かる。
 キャロル・リード監督の『第三の男』(1949年)。
 殺人の容疑をかけられたジョゼフ。コットンが警察に追われる。タクシーに助けられ、ある場所に運ばれる。
 その日、作家であるジョゼフ・コットンはウィーンの文化組織の男(ウィルフリッド・ハイド=ホワイト)から講演を頼まれていた。
 そのことをすっかり忘れていた。タクシーで会場に連れていかれたジョゼフ・コットンはそこで仕方なく講演をする破目になる。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『荒馬と女』
1961年 アメリカ
監督:ジョン・ヒューストン 原作:デヴィッド・グッディス
脚本:アーサー・ミラー
出演:クラーク・ゲイブル/マリリン・モンロー/モンゴメリー・クリフト/イーライ・ウォーラック
DVD&Blu-ray:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント



『ロング・グッドバイ』
1973年 アメリカ
監督:ロバート・アルトマン 原作:レイモンド・チャンドラー
脚本:リー・ブラケット
出演:エリオット・グールド/ニーナ・ヴァン・パラント/スターリング・ヘイドン/マーク・ライデル/ヘンリー・ギブソン
DVD:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
Blu-ray:マグザム



『シェイマス』
1973年 アメリカ
監督:バズ・キューリック 脚本:バリー・ベッカーマン
出演:バート・レイノルズ/ダイアン・キャノン/ラリー・ブロック



『三十九夜』
1935年 アメリカ
監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作:ジョン・バカン
脚本:チャールズ・ベネット
出演:ロバート・ドーナット/ルツィー・マンハイム/マデリーン・キャロル/ペギー・アシュクロフト/マイルズ・メイルソン
DVD:IVC



『レインマン』
1988年 アメリカ
監督:バリー・レヴィンソン
脚本:ロナルド・バス/バリー・モロー
出演:ダスティン・ホフマン/トム・クルーズ/ヴァレリア・ゴリノ/ジェリー・モレン/ジャック・マードック
DVD&Blu-ray:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社



『三十九階段』
1959年 イギリス
監督:ラルフ・トーマス 原作:ジョン・バカン
脚本:フランク・ハーヴェイ
出演:ケネス・モア/タイナ・エルグ/ブレンダ・デ・バンジー/バリー・ジョーンズ/レジナルド・ベックウィズ
DVD:ハピネット・ピクチャーズ



『第三の男』
1949年 アメリカ
監督:キャロル・リード 原作:グレアム・グリーン
脚本:キャロル・リード/グレアム・グリーン/マビー・プール
出演:ジョセフ・コットン/オーソン・ウェルズ/アリダ・ヴァリ/トレヴァー・ハワード/バーナード・リー/ウィルフリッド・ハイド=ホワイト
DVD&Blu-ray:KADOKAWA



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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