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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

ラピュタ阿佐ヶ谷で観た、本物の二枚目・宝田明のスクリューボールコメディ『接吻泥棒』

毎月連載

第17回

19/11/2(土)

特集上映「ラブコメ大好き!」のチラシ

『接吻泥棒』
ラピュタ阿佐ヶ谷
特集「ラブコメ大好き!」(9/29~11/23)で上映。

1960(昭和35年)東宝 83分
監督:川島雄三 原作:石原慎太郎
脚本:松山善三 撮影:中井朝一
音楽:黛敏郎 美術:村木忍
出演:宝田明/団令子/新珠三千代/草笛光子/北あけみ/中谷一郎/有島一郎/河津清三郎/沢村貞子

太田ひとこと:太宰の未完の小説「グッド・バイ」は、1949年、監督:島耕二、主演:高峰秀子(二役)・森雅之により、ライトコメディで映画化され、とてもおもしろい。

ハンサムなボクサー宝田明は、新珠三千代(銀座クラブのママ)、草笛光子(ファッションデザイナー)、北あけみ(ショーダンサー)の三人にモテモテで、そのやりくりが大変だ。乗ったタクシーが衝突した車に女学生・団令子が気絶しているのを見た宝田は、とっさに口移しで水を含ませるのを、トップ屋カメラマン・中谷一郎が撮った写真は「週刊トピックス」の表紙になって問題化する。

他愛ない話を川島は凝りに凝る。冒頭のタクシー衝突は(その必要はないのに)カーチェイスの末、銀座のショーウインドのガラスに派手に突っ込み、大勢のやじ馬が集まるモブシーンを入れ、その中にいる作家・石原慎太郎が「接吻泥棒とはイカスじゃないか」とつぶやく。

謹厳な聖立高女の職員会議に呼ばれた宝田は「この子はまだ子供、自分の趣味ではない」と笑い飛ばし、団令子はムッとする。(校長はミサ服の沢村貞子。ロケは上智大らしい。取り巻く女学生の中にカメラテストなのか星由里子がいる)

令子の父・河津清三郎はジムで練習する宝田に抗議に来たが、自身も元ボクサーで意気投合、次の世界チャンピオン戦のファイトマネーを約束する。練習を見に来た令子は、コーチが「右、右」と言うと「右、右」、「フック、フック」と叫ぶと「フック、フック」と大声で繰り返し、宝田は「やりにくいから黙っててくれ」と閉口する。

普通は妖艶美女に対して清純な娘が心をつかむが、この令子が輪をかけた行動的現代娘で騒動を大きくする。宝田はつきまとう令子をあきらめさせようと、新橋あたりの舟上の「蛇料理屋」に連れてゆくが、負けん気の令子はまむし酒をぐいぐいあおる。

宝田が河津を、北あけみが踊るクラブに連れて来ると、新珠、草笛も来ていて、宝田を間に「何よ! あんたなんか」口喧嘩。そこに来た令子は二人に対抗心を燃やし、まむし酒の勢いで「私の体を見て頂戴」と網タイツのストリップ衣裳になって、北あけみとセクシーダンス合戦を始めるが、からむ踊りがつかみあいになり、手前の池に飛び込んでばしゃばしゃと組んずほぐれつ大暴れ。新珠、草笛はテーブルのパイやスパゲティを二人にどんどん投げつけ、ついにはステージに飛び出し、快調なバンドの前でつかみ合い、四人の女の争いに頭をかかえた宝田はテーブル下に潜り込む。

「やるときはとことんやるのです」。川島のサービス精神ここにあり。応える美女たちのなりふりかまわぬ「ノリ」。令子に対抗心を燃やす三人は「あんな、あんパンのへそ」と当時の彼女のあだ名を繰りかえす。とりわけ美人中の美人、新珠と草笛の、怒ったり、泣いたり、八つ当たりしたりの大芝居がジツニよろしい。

令子は父に「チャンピオン戦を前に、慎め」と叱られ、宝田と連絡を絶つが、そうなると宝田は気になり、一人、蛇料理屋に行くと、職員会議で彼を擁護した有島一郎がいる。宝田は三美女との関係を絶つにはどうすればよいかと有島に相談する。その答えがいい。

「太宰治に、三人の女との関係を清算する『グッド・バイ』という小説がある。それによると、金か、泣き、だね」

祝儀袋に入れた手切れ金を三つ用意し、三人と別れようと出かけた宝田だがコテンパンにされ、最後は鋏を手にした草笛にじょきじょきにされた背広で銀座に放り出される(乞食に哀れな目で見られるオチ)。

まことに二枚目とは翻弄され、いびられ、メチャクチャにされる仕事。しかし宝田明だから全く安心して観ていられ、これこそが「本物の二枚目」、日本映画では他にいない。スピーディーなスラプスティックいっぱいのスクリューボールコメディは、美男美女だからできることだ。

世界戦に勝った宝田は令子と、思い出の蛇料理屋に来るが、草笛に気があるトップ屋・中谷一郎に一発くらって気絶。令子は(水と迷ったが)まむし酒を口移しにして蘇らせる。居合わせた作家・石原慎太郎は「二人の結婚は止した方がいい」と忠告するが、令子に「あんたに何がわかるのよ」と去られ、「俺には女は書けん」とつぶやき、かたわらの色紙に〈接吻泥棒 終〉と書いて幕となる。




刑事バディ(コンビ)ものの、引き締まった秀作

特集上映「尾けろ!張り込め!推理しろ! 昭和の刑事〈デカ〉が見た風景」のチラシ

『闇を裂く一発』
新文芸坐
特集「尾けろ!張り込め!推理しろ! 昭和の刑事〈デカ〉が見た風景」(10/17~10/28)で上映。

1968(昭和43年)東宝 83分
監督:村野鐵太郎 脚本:菊島隆三
撮影:上原明 音楽:山下毅男
美術:野間重雄
出演:峰岸龍之介/佐藤允/露口茂/加藤武/高原駿雄/高橋悦史/北村和夫/浜田ゆう子

太田ひとこと:筆者がこの作品を見たのは2009年、文芸坐の「和田誠のおすすめ特集」上映で、故・和田さんの目くばりに感嘆した。

峰岸龍之介を含む警視庁の若手三人は、近づくメキシコオリンピックの射撃出場を目指し練習していたが、監督から至急本庁に行けと命令される。ライフルで一人を殺した男(佐藤允)が子供を盾に逃走中。子供の命優先に三日間の報道管制を敷く捜査は、場合によって即射殺、そのために腕利き三人が呼ばれた。峰岸は自分の射撃はスポーツで人を撃つためではないと不満だが、「その前にお前は警察官だ」と叱咤される。三人はベテラン刑事の露口茂、加藤武、高原駿雄に配置される。

露口と峰岸は犯人が立ち回るかもしれない墓の寺に張り込む。露口は峰岸を、公費で好きなことをしていると批判的な目で見、峰岸は露口を勘が頼りの古くさい刑事とみる。

犯人が工事中の団地に逃げたと知った二人は急行し、まだ空き部屋ばかりの大団地をしらみつぶしにするうち、峰岸は遠くにライフルを手にした犯人を目撃、撃とうと構えるが躊躇、天に空砲して犯人を逃がしてしまう。なぜ撃たなかったの問いに、子供がいるかもしれないと答えたが、本音は人を殺したらオリンピックには出られないかもという気持ちがあった。

捜査三日目、子供は無事保護されたという知らせにひとまず安堵した二人が寄った居酒屋に、犯人が近くにいる急報が入り、かけつけた露口は一人立ち向かって射殺される。沈欝な捜査本部に、犯人は情婦に現金を持ってくる指示をしたとわかり、受け渡しに指定されたのは試合中の東京球場だった。露口の殉死を受け入れられない峰岸は、まなじりを決して立ち上がる。

冒頭、本庁に呼ばれた若い三人の後ろに座る、いかにも叩き上げの露口茂、加藤武、高原駿雄に、これは好配役だと一膝乗りだす。一日目の夜、射撃仲間へ露口にとけ込めないともらすと、彼は銃を構える犯人に「刑事を殺したら死刑だぞ」と単身立ち向かい逮捕した伝説の人で、本庁玄関で上級本部長とばったり出会い「おお、久しぶり」と言い合える仲は、警察学校同期だったが、自分は犯人逮捕を天職として出世コースを降りていると知り、仕事に誇りを持つ人柄に次第に好意をもってゆく。

居酒屋で「この三日で私は成長しました」と言う峰岸に、「お前が射撃にうち込むのは、俺が逮捕にうち込むのと同じかも知れんな。多分これで現場は離れ練習に戻れるぞ」と聞き、喜んで監督に電話している間に露口は飛び出して射殺される。「一緒に行かなければならない俺が」と後悔悲嘆にくれる峰岸に、加藤武は「露口は見ているぞ」と声をかける。

射撃練習のトップシーンから研ぎ澄まされた構図の画面で、捜査を追いながら人物を描いてゆく展開は静かに果断ない。白黒の前科写真だけで顔がわかる佐藤允は、大詰めにようやく東京球場のスコアボード裏にライフルを持って現れ、登場感十分だ。

ベテラン刑事と若手の組み合わせは、黒澤明『野良犬』(1949年)の志村喬・三船敏郎に始まり(かな?)、パターンになったが、この作品も峰岸(赤木圭一郎そっくり)の初々しさと、露口のぶっきらぼうだが一途な役作りが最高で感情移入してゆく。露口が撃たれた時はほんとに悲しかった。刑事バディ(コンビ)ものの引き締まった秀作。


プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。



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