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広瀬和生 この落語高座がよかった! myマンスリー・ベスト

2月のベストは柳亭こみち、内幸町ホール「さいわい坐こみち堂」の『井戸の茶碗』。

毎月連載

第16回

20/2/29(土)

「さいわい坐こみち堂」のチラシ

2月に観た落語・高座myベスト5

①柳亭こみち『井戸の茶碗』
 内幸町ホール「さいわい坐こみち堂」(2/19)
②古今亭文菊『百年目』
 横浜にぎわい座「よこはま文菊開花亭」(2/12)
③三遊亭白鳥『メルヘンもう半分』
 亀戸文化センター「白酒・白鳥二人会」(1/28)
④鈴々舎馬るこ『鰍沢』
 新宿末廣亭 2月下席 夜の部(2/21)
⑤春風亭一之輔『寝床』
 文京シビック小ホール「文京シビック寄席“春風亭一之輔独演会”」(2/14)

*日付は観劇日
 1/26〜2/25までに行った
 寄席・落語会26公演、101演目から選出

最近のこみちは古典の登場人物を男性から女性に替える演出を試みているが、『井戸の茶碗』では千代田卜斎は十年前に流行り病で亡くなったという設定で、千代田の奥方と娘が長屋で暮らしている。奥方が「千代田家の大事な仏像を売った」ことを恥じて金を受け取れないと言うのもわかるし、この奥方が二十両のかたに渡す茶碗は彼女が母の生家から嫁入り道具として持ってきたもの。「これをお渡しするなら仏像を売ってしまった私を千代田も許してくれるでしょう」という奥方の台詞も理に適っているし、その茶碗が実は高価なものだったというのも合点がいく。「高木様は亡き千代田の心を継ぐような真っ直ぐなお方」と母が娘を嫁がせるのも実に自然な流れであり、また「女ひととおりのことは私が教えました」というのは説得力がある。その提案を聞いた高木が「仏像を求めて以来、国許の母から早く嫁を持てと手紙が来るようになった。これも仏像が結んだ縁か」とこれを受けるのも、サゲの台詞を屑屋が言う相手を高木から奥方に変えたのも良い演出だ。武家の誇りを貫く母娘が実に魅力的で、素直に美談と受け取れる。千代田ではなくその奥方が登場することで、こみちは自身が女性であることを武器に転換するのみならず、この噺の不自然な部分をすべて解消した。古典の創意工夫として実に真っ当である。素晴らしい『井戸の茶碗』が出来上がった。

「よこはま文菊開花亭」のチラシ

文菊の『百年目』で特筆すべきは風格に満ちた旦那の品の良さ。優しさの中に威厳がある。終盤の旦那と番頭の会話での説得力のある台詞廻しに引き込まれた。文菊特有の柔らかで粘り気のある物腰が、もともと上方落語である『百年目』の本質に合致しているように思える。

「白酒・白鳥二人会」のチラシ

北欧の“妖精の谷”の住人が江戸に来ているという設定の『メルヘンもう半分』は途中までは古典の『もう半分』を踏襲しながらも、例のサゲで終わらず、そこから独自の展開に。終盤のドンデン返しでガラリ一転、心温まる結末を迎える。妖精の谷から春風と共に届けられた手紙が与える感動は白鳥ならでは。爆笑パロディと思わせて実は人情噺という名作だ。

「鈴々舎馬る子 新宿末広亭主任公演」のチラシ

馬るこの『鰍沢』はギャグ満載のドタバタ劇。お熊の独特なもてなしが伏線となってトリカブト入り玉子酒を飲んだ旅人は命拾い、お熊は鉄砲で男の胸を撃つが、「お題目(の書かれた板)のおかげで」死なないという、そこからの時空を超えたトリッキーな展開は馬るこの真骨頂。急転直下のオチのバカバカしさも含め、馬るこの改作魂に脱帽させられた。

「文京シビック寄席“春風亭一之輔独演会”」のチラシ

一之輔の『寝床』は「どうせヘタだと思ってるんだろ~(泣)」とイジケまくる旦那を番頭が「思ってますよ。ヘタでいいじゃねぇか。上手くても惰性でやってる芸なんか聴きたくないんだよ。アンタは義太夫を愛してるんだろ? 義太夫やってるときは生き生きするんだろ? そんなアンタのヘタな義太夫を、俺達は聴きたいんだよ! 語れよ!」とタメグチで説得する場面が最高だ。「語っていいの?」「当たり前だよ! 語ってくれよ!」 最後は猫のミケが「ダンナノ、ギダユー、キキタイニャ~」でダメ押し。この突き抜けたバカバカしさは一之輔だけの世界だ。

「志の輔らくご~PARCO劇場こけら落とし~」のチラシ

なお、今月は“番外”として渋谷パルコ劇場の新装オープンを記念して1月24日から2月20日まで全20公演行なわれた「志の輔らくご~PARCO劇場こけら落とし~」を挙げておきたい。古来こけら落としに欠かせないとされた三番叟を志の輔自身が猿楽師に扮して舞い踊るオープニング、『メルシーひな祭り』の大オチの「人間ひな飾り」等も含め、「志の輔らくごというエンターテインメント」の真価を発揮したイベントだった。当初の予定になかった3席目として演じられた『八五郎出世』は、志の輔自身が最も好きな落語の1つでありながら、これまで一度もパルコで演じたことがなかった演目。他の演者とは一線を画する格別の感動を与える志の輔版『八五郎出世』が加わったことで、こけら落とし公演がかつての正月1ヵ月興行と同じヴォリューム感を伴うものとなった。ちなみに来年からは再び正月1ヵ月興行として「志の輔らくご」がパルコ劇場で開催されることになる。



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プロフィール

広瀬和生(ひろせ・かずお)

広瀬和生(ひろせ・かずお) 1960年、埼玉県生まれ。東京大学工学部卒業。ヘヴィメタル専門誌「BURRN!」の編集長、落語評論家。1970年代からの落語ファン。落語会のプロデュースも行う。落語に関する連載、著作も多数。近著に『「落語家」という生き方』(講談社)、『噺は生きている 名作落語進化論』(毎日新聞出版)、最新著は『21世紀落語史 すべては志ん朝の死から始まった』(光文社新書)など。

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