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ミュージカルの話をしよう 第3回 中川晃教、“音楽がありミュージカルがある”それが僕らしさ(前編)

ナタリー

20/9/30(水) 18:00

ミュージカルの話をしよう

生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。

このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。

第2回には、18歳でシンガーソングライターとしてデビュー、その翌年にはミュージカル界のスターとなった中川晃教が登場。ミュージカル「モーツァルト!」では天才故に苦悩するヴォルフガング・モーツァルトを、ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」では“天使の歌声”と言われるフランキー・ヴァリを生き生きと演じ、いずれも高い評価を得た。躍進が続く中川も、来年デビュー20周年。「音楽があるからミュージカルに打ち込めた。ミュージカルのおかげで、新たな可能性に飛び込めた」と語る中川に、音楽とミュージカルへの思いを聞いた。

取材・文 / 熊井玲

「女の子にモテるよ!」で始めたピアノ

──中川さんの子供時代について教えてください。音楽とはどんな関係だったのでしょうか?

両親が音楽好きだったので、本当に身近に音楽がありました。父は趣味でギターを弾いていたし、母はレコードやCD、当時はカセットテープなんかもありましたが、そういうメディアでよく音楽を聴いていて。音楽番組もよく観ていましたね。

──4歳からピアノを始められたそうですね。

3人兄弟で、年子の兄と妹がいるんですが、みんなピアノを習っていましたね。でも最終的に通い続けたのは僕だけ。ピアノを習い始めたきっかけは、兄の小学校入学に合わせて家族で仙台のホテルのレストランへ食事に行ったとき、そこに置かれていたピアノを男性の方が演奏していたのを見たからなんです。子供ながらに「カッコいいな」と思って見ていたら、両親がすかさず「男の子でピアノが弾けると、すごく女の子にモテるよ!」って。「そうなんだ!」とうのみにしたのが本当のきっかけです(笑)。高校2年生くらいまで習い続けていたんですけど、僕にはどうもクラシックは難しすぎて、自分が思い描いている音楽とクラシックがイコールで結びつかなかったので、教室に通いながら同時に独学でコード進行とかを自分なりに勉強して。そこから曲作りを始めて、弾き語りをするようになり、シンガーソングライターになりたいという夢を持ったという感じですね。

──演奏に“歌”が入ってくるのはいつぐらいからですか?

ピアノを弾き始めたのと同時くらいだと思います。

──ピアノ以外の楽器への興味は?

ピアノだけでしたね。父が演奏していたので、ギターやオカリナを手に取ったりはしましたけど……あと祖母が大正琴を弾いていたので、それを弾いたりはしました。

──中高生が憧れそうな、エレキギターやドラムなどは?

通らなかったですね。自分の思考回路と違ったんだと思います。

──では、初めて観た舞台の記憶はありますか?

舞台はいろいろ観ているような気がします。一番はっきり覚えているのは小学校6年生のときに帝国劇場で観たミュージカル「ミス・サイゴン」で、それより前だと音楽座ミュージカルの「マドモアゼル・モーツァルト」とか「シャボン玉とんだ、宇宙(ソラ)までとんだ」とか。母がチケットを取ってくれて、母や親戚と仙台から東京に足を運んだり、ツアーで仙台に来ていた公演を観に行ったりしました。また当時、漠然とシンガーソングライターになることを目指していた僕に、母が「歌は語るように歌うもの、セリフは歌うように話すもの。歌を目指すなら、お芝居もちゃんと勉強したほうがいい」と言っていたので、小学校の頃だったか、劇団あすなろに入ったんです。そこでレッスンを受けたり、公演に出させていただいたりしました。僕自身はあまり覚えてないのですが、その頃に出た舞台のことは、今でも父や母にからかわれます(笑)。でも当時はとにかく精一杯やっていたと思います。

自分のための音楽から、何かに応えるための音楽へ

──そして18歳のとき、ご自身が作詞・作曲を手がけた「I Will Get Your Kiss」でシンガーソングライターとしてデビューを果たし、第34回日本有線大賞新人賞を受賞するなど、一気に注目を集めます。翌年の2002年には「モーツァルト!」で、主人公ヴォルフガング・モーツァルト役を井上芳雄さんとWキャストで務められました。音楽界のニュースターが、デビュー翌年にミュージカルに主演するとは、当時はもちろん、今でもあまり前例がないことのように思いますが、ご自身の中ではジャンルを超えることについてどのように感じていましたか?

おっしゃる通り、あのとき僕はジャンルを飛び越えるということを経験させていただいたんですけど、形は違えどミュージカルも同じ音楽を用いた表現だと思っていたし、子供の頃からミュージカルを身近に感じていたので、気持ちの面ではボーダーレスだったんです。ただ実際にやってみて、すごくいろいろなことを感じました。当時、ある取材で「僕は俳優じゃない」と発言してしまったことがあったんですけど(笑)、まさに“僕は俳優ではない”、でもだからこそミュージカルの中で培えたものがあるような気がします。

──「モーツァルト!」で記憶に残っていらっしゃることはありますか?

ヴォルフガング・モーツァルトのテーマ曲「僕こそ音楽」は、当時の「僕は俳優じゃない、芝居はできない、ありのままの僕を愛してほしいんだ」という自分の思いと重なっているところがあるような気がします。「モーツァルト!」は今やミュージカルを愛する多くの方に愛されていますが、初演のときはどうなるかわからず、井上芳雄さんと共に必死に取り組んで。でもそれが1つの評価をいただき、作品として大きく育ったことに、すごく意味を感じます。またヴォルフガング役を通して僕は、音楽だけでは経験し得なかったさまざまな可能性に飛び込むことができたと思うんです。19・20歳くらいの、自分の創作欲があり余るほどある時期に、自分自身のための音楽というだけでなく、誰かが必要としてくれる何かに応える音楽を経験したことは重要だったと思いますし、そのように僕の中の音楽が膨らんでいく時代に出会った作品なので、「モーツァルト!」は僕のターニングポイントだったと今でも思います。

──「俳優じゃない」と思いながら演じられたとおっしゃいましたが、同役で中川さんは第57回文化庁芸術祭賞演劇部門新人賞、第10回読売演劇大賞優秀男優賞、杉村春子賞を受賞され、ミュージカル界のスターダムを駆け上がっていきます。

当時の自分を振り返ると、まさか僕がここまでミュージカルをやるとは思ってなかったですね。人生って、仕事もプライベートのことも、何がどう作用していくか、わからないじゃないですか。だから「ミュージカルを本当に極めていきたいんだ!」と思ったのはそのときじゃなくて、実はもう少しあとの23・24歳くらいなんですよね。

──二十代前半には、いのうえひでのりさん、蜷川幸雄さん、宮本亞門さんといった人気演出家と次々にお仕事されました。その一方で、ミュージシャンとしても続々と楽曲を発表し、積極的にライブ活動を行っています。ミュージカル出演と音楽活動、その両輪を回し続けるのは大変なことだと思いますが、そのスタイルを今も続けているのはなぜですか?

好きなことをやるには、自分が選びたいものだけじゃなくて、自分にとって負荷がかかるようなこと、「でもやってみようかな」と思えるようなことを選択したほうが、思いもよらない出会いがあったりしてモチベーションが上がる、ということがあります。また人から認められるためには、自分に今何が必要なのかを考え続けないといけない、と思うようになって。それまで独学で声を出していたところ、ミュージカルのために発声も学ぶようになりましたし、自分がやっていることの基礎について考えるようになりましたね。家に閉じこもって作曲しているのも僕だけど、そんな時間がないくらい、目の前のミュージカルに向かっているのも僕。僕は音楽があったからこそミュージカルをがんばることができたし、ミュージカルがあったからこそ音楽を続けることができた。この2つの関係性が、僕らしさなんだと思います。と同時に、僕がデビューした頃は男性R&Bシンガーと言われる人たちが音楽シーンをにぎわせていたタイミングで、そのあと、少しずつ音楽の在り方が変化し、CDが売れなくなる状況が生まれてくるんですね。そのように音楽シーンが変わり始めたとき、僕は音楽だけでなくミュージカルの舞台に立っていたので、ミュージカルの世界はチャンスだなとも思いました。

──過去の出演作を見ると、「女信長」や「吉本百年物語『船来上等、どうでっか?』」、舞台「銀河英雄伝説」シリーズ、ミュージカル「HEADS UP!」ミュージカル「グランドホテル」ブロードウェイミュージカル「きみはいい人、チャーリー・ブラウン」舞台「銀河鉄道999」シリーズなど、実にさまざまな作品に出演されています。多数のオファーの中から、どのようなポイントを大切に作品を選んでいらっしゃいますか。

1つには、プロデューサーとお話したときに、その方が見ているポイントを知ること。それによって、自分の可能性を感じたり、逆に謙虚に自分を見つめ直すきっかけを得たりもします。また0から1を作り出すって、本当にすごいことだと思っているので、オリジナル作品にこだわりたいという思いもあって。そういえば先日、ある舞台の終演後に小池修一郎先生が楽屋に来てくださったんです。お忙しい方なのでいつもは立ち話で終わってしまうところ、ゆっくりお話ができたんですが、そのときに「人から求められたことをやることも大切かもしれないけど、そろそろ自分がやりたい企画とか、自分の中で生まれてきたことをやるのも大切かもしれない」と小池さんがおっしゃって。その指摘はすごく印象的でした。自分の視野が広がるというか、自分の中でも一歩、前に進み始めた気がします。

前編ではピアノを始めた幼少時代から、中川をミュージカルへと導いた「モーツァルト!」など二十代の活躍を中心に振り返ってもらった。後編では近年の代表作「ジャージー・ボーイズ」との出会いから今後の展望まで幅広く語ってもらう。

プロフィール

1982年、宮城県出身。2001年に自身が作詞・作曲を手がけた「I Will Get Your Kiss」でデビュー。同曲で第34回日本有線大賞新人賞を受賞する。2002年、ミュージカル「モーツァルト!」で井上芳雄とW主演し、第57回文化庁芸術祭賞演劇部門新人賞、第10回読売演劇大賞優秀男優賞、杉村春子賞を受賞する。ミュージシャンとして国内外で活動を続ける一方、俳優として舞台やテレビドラマでも活躍。2018年にはミュージカル「ジャージー・ボーイズ」で主演を務め、同作を第24回読売演劇大賞最優秀作品賞に導いたほか、自身も最優秀男優賞菊田一夫演劇賞を受賞した。11月にはミュージカル「ビューティフル」に出演。ナビゲーターを務める「中川晃教 Live Music Studio」が日テレプラス ドラマ・アニメ・音楽ライブでスタート。第1回の再放送が10月23日にオンエアされる。

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