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植草信和 映画は本も面白い 

著者インタビュー佐藤利明氏に聞く『石原裕次郎 昭和太陽伝』

毎月連載

第23回

19/8/25(日)

先月18日、石原裕次郎の三十三回忌法要が横浜市鶴見区の総持寺で営まれ、親族・当事者とファン500人が参列した、と芸能メディアが報じた。法要後の記者会見ではまき子夫人が「高齢のファンの体力的負担を考慮して今回を最後に大規模な法要は行わない」と語った、ともその記事は伝えている。

戦前はいざ知らず、戦後のスターで三十三回忌法要をメディアが報じた例が原裕次郎以外にあるのだろうか、と改めてその偉大さを再認識させられた。

本著『石原裕次郎 昭和太陽伝』はその裕次郎の“三十三回忌記念出版”として刊行された長編評伝集。著者は“娯楽映画研究家”の肩書をもつ佐藤利明氏。

本書について語ってもらう前に、日本で唯一の肩書きであろう、“娯楽映画研究家”の謂れを聞いた。

『叢書・20世紀の芸術と文学/石原裕次郎 昭和太陽伝』佐藤利明著(アルファベータブックス・3,800円+税)

「この肩書を使い始めたのは1993年ごろだったのですが、そのころ、黒澤・小津・溝口・成瀬を研究する人はたくさんいてスタイルもほぼ確立していた。しかし僕はクレイジーキャッツ、若大将などの娯楽映画を観て育ったのでその素晴らしさ、楽しみ方を次の世代に伝えたいということで最初に出した本が『若大将グラフィティ』(角川書店)。映画のポスター、チラシ、パンフレットなど1000点以上のビジュアルを掲載した初めての加山雄三研究書です。クレイジー本では『無責任グラフィティ クレージー映画大全』(フィルムアート社)、『植木等ショー! クレージーTV大全』(洋泉社)、『クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ ・サウンド・クロニクル』(シンコーミュージック )などを作りました。スターの本だけではなく、谷口千吉監督や井上梅次監督へのインタビュー原稿もキネ旬に書かせてもらい、娯楽映画といわれる作品をたくさん作った監督にスポットを当ててきました。

映画評論家の人たちは試写室で映画を観て原稿を書くというのがパターンだと思いますが、僕の場合は新聞や週刊誌の記事、ラジオ・テレビ番組、レコード、ポスター、チラシなどを集めて総合的な見地から娯楽映画を分析して発信していく。それに加えて関係者に取材もする。だから評論家というよりも研究者に近いのではないか、というところから“娯楽映画研究者”という肩書を使うようになりました」

さてここからが本題。『石原裕次郎昭和太陽伝』は、出演映画104作、シングルレコード237タイトル中の代表的なヒット曲、テレビ『大都会』『太陽にほえろ!』『西部警察』に関する、石原裕次郎の芸能活動のすべてに言及、網羅した初めての総合的な評伝であり、研究書。本書に至る、著者と裕次郎の関りはどんなところから始まったのだろうか。

「小学生高学年くらいからテレビで放送された裕次郎、小林旭、加山雄三、クレイジーキャッツの映画をカセットに録音して、その主題歌だけを繋いで聞いていたのです。この仕事をするようになり、そのリフレインでもあるのですが、クレイジーキャッツ 、加山雄三、小林旭、そして石原裕次郎の映画歌唱曲のアルバムを制作しました。まぁそういう変わった子供だったのですが、中・高校生になるとキネ旬に連載されていた渡辺武信さんの『日活アクションの華麗な世界』を繰り返し読みながら、“娯楽映画の語り方”を学びました。」

日活と裕次郎さんだけに限って言うと、2002年の『DIG THE NIPPON』という日活映画DVDシリーズのライナーノーツ、裕次郎さんの二十三回忌のときの『石原裕次郎ゴールデン・トレジャー 日活映画大全』の解説、「石原裕次郎 渡哲也 石原プロモーション50周年史」を執筆しました。そうした仕事を通して、舛田利雄、斎藤武市、松尾昭典などの裕次郎さんと多く仕事をした監督、まき子夫人をはじめとする芦川いづみ、吉永小百合さんなどの共演者にも取材してきました。今回の本は、そうした20年にわたって書いた原稿、資料をすべて注入して書き上げたものです」

本著は「序章」「第一部 太陽は昇る」から「第十部 昭和の太陽」から成る、2段組み477ページの大著。そのうち32ページがカラーで、95本の映画ポスターと178タイトルのレコードジャケットが掲載されている。

メインの本文は、裕次郎の芸能活動が時系列で1年ごとに区切られ、その年に製作された映画、発売されたレコード(吹き込まれた日時・場所)、出演したテレビ番組などが、細大漏らさず記述されている。

映画についての記述を、代表作のひとつ『赤い波止場』を例にとると以下のようになる。

「石原裕次郎がデビュー以来演じてきたキャラクターは、終生のイメージである“太陽”に象徴される“陽性”のヒーローでもあった。同時に『俺は待ってるぜ』や『錆びたナイフ』では“暗い過去を持つ”孤高のヒーロー。これらは“太陽”に対する“影”の部分である。(中略)舛田監督の『錆びたナイフ』に続く裕次郎作品が『赤い波止場』。」

この記述から、『赤い波止場』がどんなタイプの映画なのか、裕次郎映画の中でどこに位置するのかが鳥瞰できる。

更に『赤い波止場』が、「舛田監督が学生時代に心酔したジュリアン・デュビビエ監督、ジャン・ギャバン主演のフランス映画『望郷』をベース」にした作品であること、「名手・姫田真佐久のキャメラによるシャープなモノクロ映像」が特色の映画であることが語られる。

そして共演者の清水まゆみと宣伝担当の小松俊一の目撃証言、興行収入が記載されているのだから、一本の映画を奥行き深く知ることができる。

このように裕次郎と出演作品が、生きた立像として立ち上がってくる構造になりえたのも、筆者の過去20年間にわたる取材のたまものだろう。

長い歳月を費やして上梓まで漕ぎつけたいまの感慨とはどういったものだろうか。

「この本では裕次郎さんを通して戦後の日本映画史を語りたかった、という思いが叶ったというか……。“日本映画黄金時代”とよく言われるけど、昭和33年、映画人口11億2千万人動員の記録をつくった原動力は裕次郎さんだった、ということを言いたかった。だから興行記録にはこだわって記載しました。意識して分かりやすく読みやすい文体にしたのは、『西部警察』の裕次郎さんしか知らない世代に“もっと素晴らしい裕次郎”に出会ってほしいからなのですが、その役目の一端が果たせたかな、という気がしています」

『昭和太陽伝』という説得力のあるタイトルをつけたのは、本著をプロデュースした作家の中川右介氏。その感想をお聞きした。

「タイトルは、いうまでもなく、裕次郎も出演した『幕末太陽傳』から拝借したものです。原稿段階で、『幕末太陽傳』のところを読んだとき、思いつきました。ただ、あまりにぴったりなので、すでに他の本などで使われているのではないかと思い、佐藤さんに問い合わせたら、“ない”とのこと。佐藤さんも、“これはいい”と言ってくれ、その場で決まりました。タイトルがすぐに決まる本は、売れるんです」

“スター伝説”は風化しやすいが、本著を一助にして長く“裕次郎伝説”が生き続けていくことを祈りたい。

プロフィール

佐藤利明(さとう・としあき)

1963年生まれ。娯楽映画研究家。音楽評論家、音楽プロデューサー、放送・構成作家としても活躍。主な著書に『寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま』(中日新聞社)、『クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル』(シンコーミュージック)など。

プロフィール

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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