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逃げた寿一と逃げられなかった寿限無 『俺の家の話』が描く“好き”との向き合い方

リアルサウンド

21/2/19(金) 6:00

 回を重ねるごとに面白さが増している、主演・長瀬智也、脚本・宮藤官九郎によるドラマ『俺の家の話』(TBS系)である。第4話における長瀬本人によるパロディにテンションが上がったファンも多かっただろう伝説のドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)はじめ数々の名ドラマを生みだしてきたタッグが挑んだのは、異色のホームドラマだった。

 伝統ある能のシテ方の流派である二十七世観山流宗家・寿三郎(西田敏行)を頂点に絶対的な家父長制が敷かれている観山家。長男だから家を継ぐことを当然とする考え方に反発し、家を飛び出し、プロレスラーになるが、夢の挫折と結婚離婚の経験を経て、父の危篤を知ってようやく実家に戻ってきたのが息子・寿一(長瀬智也)だ。第1話では、寿一が葛藤の末、父親への愛ゆえに、家を継ぐことも父の介護を中心になってすることも「そういうもん」として了承するまでが描かれた。

 そしてそこに、なんだかんだ言って父親のことが大好きな家族と、家族同様に育ってきた芸養子・寿限無(桐谷健太)、父の婚約者のさくら(戸田恵梨香)が集い、長男の「いただきます」が一番と笑うことで、王道のホームドラマの体をしていたのだった。

 だが、第4話を終え、もともと視聴者が想定していた家族像とはだいぶ違う様相を呈している観山家である。第1話時点では寿三郎の婚約者だったさくらは、寿三郎に対する恋愛感情は全くなく、これまでも高齢者への親身な介護をすることで多額の遺産を受け取っていたことを第2話であっさりと告げ、それを知ってもなお、それぞれに父子思いの寿一、寿三郎のたっての願いによって「婚約者のふり」を続けている。

 さらに第4話では、芸養子として観山家を支えてきた寿限無が寿三郎の実の息子であり、寿一たちと異母兄弟であることが判明した。一旦はプロレスラーを引退した寿一は、家族に内緒で「スーパー世阿弥マシン」としてプロレス界でも活躍している。

 こうやって見ると、彼らは、それぞれに大きな秘密を抱えながら、担うべき「役」を演じ食卓を囲んでいるようにも見えてくる。世阿弥の「秘すれば花(秘することによって花となる)」という言葉通り、いわば「秘すれば家族」としてなんとか崩壊寸前の均衡を保っているスリリングさの上に、彼ら家族の「明るく愉快なやりとり」があることが面白いのである。

 あまりにも波乱万丈な「家の話」が描かれるためについ忘れてしまいがちではあるが、このドラマにおいてもう一つ、一貫して描かれ続けていることがある。それは、登場人物たちが「好きなもの(人)」とどう向き合うかということである。

 一度は手放し、長州力に「大好きなものを仕事にしなくてすむお前は幸せかもな」と言われた寿一は、結局「大好きなプロレス」を続けずにはいられなかった。「昼は能の稽古、夜は介護、週末はスーパー世阿弥マシン」という、好きだからこそこなせる超多忙な日々を送る彼は、「ブリザード寿」だった頃よりも、介護をしながら能の稽古に専念していた時よりも活き活きしている。これは新手の副業のススメではないか。

 そもそも能とプロレスは、静と動という対極の性質を持ちながら通じるところがある。寿三郎が「節度があって、品があっていい」とプロレスを語っていたことからもわかるように。

 父・観阿弥と共に能の大成者である世阿弥の教え「初心忘るべからず」の「初心」を衣装に刻み込み、「世阿弥」の名を名乗り、父の教えであり、能の稽古で鍛えた強靭な「体幹」を身に着けた寿一は、「ブリザード寿」時代よりも遥かに強くなっている。

 能の基本をプロレスに活かすことで、彼は強くなると同時に、プロレスを通して能を表現した。だからこそ観客席の寿三郎は喜び、「あいつプロレスなんかやめて、能をやればいいのに」と知ってか知らずか寿一に向かって呟くのである。

 さらに第4話は寿一と長女・舞(江口のりこ)それぞれの息子たちの「好き」を巡る物語でもあった。能の稽古が「好き」であるためにみるみる才能を開花させていく、学習障害と多動症を抱える、寿一の息子、秀生(羽村仁成)。逆に能が「好きじゃない」舞の息子、大州(道枝駿佑)は、どうやっても秀生と比べて劣ってしまう。ダンスのほうが好きで得意である。それなのに観山家に生まれた以上能と向き合わなければならないことに違和感がある。

 「ラーメン好きじゃないからラーメン屋になった。ラーメン好きなやつにはラーメン好きなやつの気持ちしかわからないから」と意図せず重要なヒントを与えるO.S.D(秋山竜次)に対して、「能が好きな人しかいないこの家では、何を言ってもしょうがない」と悲嘆に暮れる大州。寿一は、そんな彼の存在を「貴重」だと言うことで、O.S.Dが言った「好きじゃないから仕事にできる」可能性も肯定する。

 前述した長州力の言葉も、「好きな人旦那にしたら幸せになれるわけちゃうねんな」という寿一の元妻・ユカ(平岩紙)の言葉も全て踏まえる彼は、人生において「好きなことをする/好きな人といる=幸せ」とは限らない、ままならない世の中であることも十分に理解している。それでいて寿一は大州を理解し、能の定期公演ではなくダンスの大会を優先させたのだった。

 大州にかつての自分を重ねた寿一の「逃げるのも才能だから、逃げてもいい」という選択肢は、一度逃げて世界を見て、戻ってきたからこそ、さらには能で基本を学びプロレスに応用できる「花」を持つ彼だからこそ呈示できる、人生において必要な「逃げ道」なのである。

 でも、彼が「逃げる」道を選んだからこそ、逃げた放蕩息子の犠牲になって「逃げられなかった」芸養子にして異母兄弟、寿限無もいる。彼らの関係はどうなってしまうのか。「俺(私)たちの家の話」は、まだまだ奥が深そうである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
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■放送情報
金曜ドラマ『俺の家の話』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
出演:長瀬智也、戸田恵梨香、永山絢斗、江口のりこ、井之脇海、道枝駿佑(なにわ男子/関西ジャニーズJr.)、羽村仁成(ジャニーズJr.)、荒川良々、三宅弘城、平岩紙、秋山竜次、桐谷健太、西田敏行
脚本:宮藤官九郎
演出:金子文紀、山室大輔、福田亮介
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:勝野逸未、佐藤敦司
編成:松本友香、高市廉
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS

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