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『レゴ(R)ムービー2』は未来の可能性を暗示する 物語上のさらなるテーマの追求へ

リアルサウンド

19/4/3(水) 12:00

 フィル・ロード&クリストファー・ミラーといえば、いまや最も注目されているクリエイターでありプロデューサーと言っても過言ではないだろう。近年は監督として『レゴ(R)ムービー』を作り上げ、主導的なプロデューサーを務めた 『スパイダーマン:スパイダーバース』では、アカデミー賞長編アニメーション賞を受賞するなど、常に新しい感覚を求め映像表現の革新を目指している。

参考:『レゴ(R)ムービー2』監督、続編制作のきっかけを語る 「僕たちが続編を作るとは思わなかった」

 そんな、ロード&ミラーの代表作ともいえる第1作『レゴ(R)ムービー』の続編、『レゴ(R)ムービー2』では、彼らは監督を降りるも、引き続き脚本を担当。また製作者にまわって作品をサポートしている。そして監督は、ドリームワークス・アニメーションの『シュレック フォーエバー』や『トロールズ』、そして実写映画の監督もしているマイク・ミッチェルに託されている。

 さて、同じ手法をもって作られた『レゴバットマン ザ・ムービー』、『レゴニンジャゴー ザ・ムービー』も経て、満を持して公開された本作『レゴ(R)ムービー2』の出来は果たしてどうだったのだろうか。ここでは内容の評価と、本作が描いたものが何だったのかを考察していきたい。

 第1作『レゴ(R)ムービー』の革新的なところといえば、やはり、ほぼレゴのみで作り上げられた圧倒的なヴィジュアルであろう。レゴのような、あまり融通の利かないイメージのある、硬質的で工業的なプラスチックのブロックを動かして作るアニメーション……。おもちゃとの密接なタイアップというところも含め、当初は私も、これに懐疑的な目を向けてしまっていた。だが公開されると、そのように感じていただろう大勢の見方をひっくり返し、そのような条件においても、優れた脚本や演出によって、重厚で意義あるテーマをエモーショナルに描けることを証明してみせたのだ。

 さえない主人公エメットの悲哀や、彼が起こす奇跡、颯爽とバトルを繰り広げるワイルドガール、性格がねじ曲がったバットマンなど、個性的で魅力的なキャラクターは、しっかりと作品のなかで人間的な魅力を持っている。そして、レゴたちの世界と、それで遊ぶ人間たちの世界という、連動した2層の構造によって、それぞれのドラマからテーマを立体的に浮かび上がらせることに成功している。

 続編となる本作が題材とするのは、そのような2層の構造が生み出す新たな問題だ。それは、前作で暗示されていた、“小さな妹の出現”である。ブロックをむちゃくちゃに組み合わせたような、ある意味アヴァンギャルドなレゴ“クリーチャー”が、父親から兄に継承され管理されている、統制のとれたレゴの世界に出現し、その破壊的価値観で混沌と恐怖をもたらし始めたのだ。

 サイケデリックなまでにカラフルでユーモアにあふれていた『トロールズ』の監督マイク・ミッチェル、そして今回、アニメーション・ディレクターを務めたトリシャ・ガムは、ここではしっかりと、幼い子どもの前衛的な感性と、成長するにしたがって変化した、女の子の価値観による、新たなレゴ世界のヴィジュアルを楽しくきらびやかに描くことに成功している。また、前作から引き続いての印象的な劇中曲「Everything Is AWESOME!!!(すべては最高)」に対抗する、ポップソングの権化のような「Catchy Song(キャッチー・ソング)」も、同様の意味で登場する。

 ただ、レゴ映画が数作撮られたことで、映像的には、第1作にあった新鮮な驚きが薄まってしまっているのは確かである。本作は十分な仕事をしつつも、その部分では堅実な仕事の枠のなかに収まっているといえる。それは映像面において、ロード&ミラーが前作でかなりのところまでやり尽くし、レゴを使った表現をすでに極めるようなところまでいってしまったからではないだろうか。これ以上のインパクトを与えるには、前作の表現を一部否定するくらいの姿勢が必要になるだろうが、本作においては、そこまでの必要は感じなかったというところだろう。

 むしろここでロード&ミラーがやりたかったことは、物語上のさらなるテーマの追求であるように思える。前作で描かれた創造性の大事さや、寛容な精神を持つこと。本作もそれは全く同じだが、妹の世界が侵食してくる本作では、性別や年代の違いを置くことで、価値観や感性の違う相手を受け入れることの重要さを強調している。

 だが、本作が言いたいことは、子どもたちに仲良くすることを教育するということにとどまらず、もっと先を照らしているように思えるのである。人種差別や性差別が根底にあるヘイトクライムが頻発し、偏見によって排外されるマイノリティの人々が絶えないように、アメリカをはじめ、世界中で多くの悲劇が起こっているのが社会の現状である。

 その原因の一端は、他者の特徴や異なる文化・価値観を認めず、線引きすることからきているのではないだろうか。自分勝手な態度を改め、それらを受け入れれば、そこに新しい世界が広がっているはずだ。そこでは、お互いの交流によって様々な創造的発見も期待できるし、何よりその過程は、豊かで楽しい体験になり得る。“否定し合い、分断される社会”と、“寄り添って互いを認め合う社会”。本作で描かれるレゴの世界は、我々の社会のあり得る未来の可能性を暗示している。どちらの未来が訪れるかは、我々が他者に払う敬意と寛容さにかかっているのだ。

 友情の美しさや、家族の愛情の大切さをただ描くだけの子ども向け作品は多い。しかし本作はそれだけでなく、子どもに対して、自分の行動には責任がともなうということを、丁寧に伝えている。身勝手な大人たちによる無責任な行動で社会問題が深刻化しているなか、このようなテーマを広く伝えようとする本作の姿勢は、賞賛されるべきではないだろうか。(小野寺系)

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