Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

樋口尚文 銀幕の個性派たち

野間口徹、 アルカイックな脇役宇宙

毎月連載

第6回

(C)2018映画「響 -HIBIKI-」製作委員会 (C)柳本光晴/小学館

 その昔、ロラン・バルトの著した日本文化論『表徴の帝国』の巻頭に、いきなり武者姿の舟木一夫の肖像が1ページ据えられていて、これがなんとも印象的だった。われわれがスタア歌手として見慣れた舟木一夫の顔が、このフランスの思想家の眼を通すとなんとも蠱惑的な「東洋の神秘」に見えてくる。ほんのりと笑みを浮かべる舟木の表情は、笑っているようなもの哀しいような、さまざまなベクトルを感じさせる。

 今もしロラン・バルトが存命で21世紀の『表徴の帝国』を書いたなら、巻頭の一枚に選ばれる俳優は野間口徹ではなかろうか。あれは映画『容疑者・室井慎次』だったかドラマの『時効警察』だったか、最初に野間口の表情を見た時のインパクトはかなりのものがあった。野間口徹はたったひとつの表情で、素朴でナイーヴな良識人にも、神経質で陰湿な犯罪者にも、虚無的でシニカルなアウトサイダーにも、慎ましく努力を絶やさないエリートにも、どこまでも平凡な日常に埋没した市井の人にも、見ようによっては何にでも見える存在である。

 その東洋的神秘さえ通過した「なんでもあり」感は、とはいえ二枚目を以て任ずる舟木一夫のレベルどころではない、広大な印象である。野間口をお茶の間に最初に印象づけたのは、2007年のフジテレビ『SP 警視庁警備部警護課第四係』のねちっこい公安の巡査部長の役だった。警護課の岡田准一を執拗にマークするかと思えば、彼に謎のリードを施すこともある、なんとも正体不明の感じは野間口の持ち味にぴったりだった。

『サラリーマンNEO 劇場版(笑)』(C)2011「劇場版サラリーマンNEO」製作委員会

 そして野間口は2009年のテレビ東京『ケータイ捜査官7』や2010年のテレビ東京『モテキ』などの個性的に弾けているドラマで重宝される一方、2010年の『ゲゲゲの女房』から『おひさま』『梅ちゃん先生』『あまちゃん』『とと姉ちゃん』と、ほぼ毎年のようにNHK朝のテレビ小説に引っ張りだこであった。このやや尖った企画から王道の安定路線まで、何喰わぬ顔でこなしてしまう野間口の間口の広さは驚きであった。また、この一種のポーカーフェイスをコメディに引用したのが、2008年のNHKのバラエティ『サラリーマンNEO』で、ある意味生臭さのない野間口のキャラクター体質が違和感なくはまって、このシリーズにもシーズン3からシーズン6まで出ずっぱりとなった。

 この時期、野間口は映画でも果敢に活躍を始めるが、犬童一心監督『ゼロの焦点』の個性的な脇役ぶりなど観客としては嬉しかった。以後、2010年の森田芳光監督『武士の家計簿』、2011年の深川栄洋監督『神様のカルテ』、2012年の同監督『ガール』、2014年の三木孝浩監督『ホットロード』『アオハライド』、2015年の原田眞人監督『日本のいちばん長い日』、2016年の岩井俊二監督『リップヴァンウィンクルの花嫁』、庵野秀明総監督『シン・ゴジラ』、森義隆監督『聖の青春』などで実に多彩な脇役を演じてみせた。

 ところでこのあまりにアルカイックな野間口の表情は、ちょっと主役を想定しにくいけれども、とにかく脇役としては果てしない応用のしかたをそそられるものである。そして、この脇役のキャリアを通して蓄積されていった野間口のポテンシャルが実に鮮やかに表出した作品があった。それは『サラリーマンNEO』や2015年の秀作ドラマ『洞窟おじさん』でも野間口を起用した吉田照幸が演出した2018年のNHKドラマ『弟の夫』だ。LGBTをテーマにした本作で、野間口は世間の偏見におびえて自分がゲイであることを徹底して念入りに隠し続けるナイーヴな男性に扮した。それはまるで派手でもなく静かな役どころだが、野間口はきめ細かな表情や口調の微動を通して、みごとにこの人物を演じきった。この演技のうま味は、脇役道をきわめし演技者にしか湧いてこないものだと思った。

『海賊とよばれた男』(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社

作品紹介

『坂道のアポロン』

2018年3月10日公開 配給:東宝=アスミック・エース
監督:三木孝浩 脚本:高橋泉
出演:知念侑李/中川大志/小松菜奈/真野恵里菜/野間口徹

『北の桜守』

2018年3月10日公開 配給:東映
監督:滝田洋二郎 脚本:那須真知子
出演:吉永小百合/堺雅人/篠原涼子/岸部一徳/野間口徹

『いぬやしき』

2018年4月20日公開 配給:東宝
監督:佐藤信介 脚本:橋本裕志
出演:木梨憲武/佐藤健/本郷奏多/二階堂ふみ/野間口徹

『響 -HIBIKI-』

2018年9月14日公開 配給:東宝
監督:月川翔 脚本:西田征史
出演:平手友梨奈/アヤカ・ウィルソン/高嶋政伸/柳楽優弥/野間口徹

『愛唄 ー約束のナクヒトー』

2019年1月25日公開 配給:東映
監督:川村泰祐 脚本:GReeeeN/清水匡
出演:横浜流星/清原果耶/飯島寛騎/中村ゆり/野間口徹

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』の撮影に近く入る。

アプリで読む