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植草信和 映画は本も面白い 

傷つきながらも正々堂々と駆け抜けてきた45年の女優人生を語った『秋吉久美子 調書』ほか

毎月連載

第51回

20/10/25(日)

『秋吉久美子 調書』

『秋吉久美子 調書』(秋吉久美子・樋口尚文著/筑摩書房/2,000円+税)

秋吉久美子29本目の出演作品『深い河』(熊井啓監督/奥田瑛二共演)は1994年9月から10月にかけての40日間、肺ペストが蔓延するインド・ベナレスで撮影が敢行された。10月26日、秋吉が扮したヒロイン美津子がガンジス川で沐浴するシーンを撮影。本作のハイライトともいうべきシーンだ。

熊井「ヨーイ、スタート!!! 秋吉君もっと岸から離れて遠くへ行って!!!」

秋吉「これ以上進むと沈んでしまうんですよ!!!」

熊井「いいから、もっと遠くへ。深いところへ行け!!!」

秋吉が恐る恐る入ったガンジス川の中ほどに、牛や犬の死骸が流れているのが見える。川の水はヌルヌルと滑り、黒褐色だ。熊井監督のイメージを映像化したい無理難題に、溺れまいと抵抗する秋吉。もし深みにでも嵌ったら……取材のために訪れた撮影現場で目撃した、監督も俳優も命がけだなと痛感させられた壮絶なバトルだった。

そんな昔の風景を思い出したのは、『秋吉久美子 調書』を読んだからだ。その本の帯に秋吉は、「これは『調書』だからセンチメンタルではいけない。読み物だからつまらなくてはいけない。45年余の女優人生。私は見た。私は挑んだ。そして私は語った。ウソはない。調書だから」、との一文を寄せている。

前置きが長くなったが、本書はそんな秋吉の女優魂と自己分析、来し方が過不足なく語られているインタビュー集だ。聞き手は映画評論家・映画監督の樋口尚文。

よく知られているように、秋吉はデビュー作『旅の重さ』で出番は少ないながら強烈な存在感を発揮して、映画ファンの心をとらえた。そして藤田敏八監督の『赤ちょうちん』『妹』『バージンブルース』の〈クミコ3部作〉でアイドル女優に。その後、『さらば愛しき大地』『異人たちとの夏』『深い河』など、数多の名作に出演、現在に至っている。

樋口を水先案内人に語られる、秋吉の少女時代、映画、読書体験、初めて書いた小説『鏡』『冷たい砂』について、女優になってからの役柄に取り組む心構え、監督とのやり取り、撮影現場の状況など、どれも読み応え充分。記憶力抜群の秋吉の語りが冴える。だが一番興味深いのはマネージャーの内田ゆきとの出会いと、その伴走の歴史だ。

大学受験に失敗した秋吉がたまたま見に行った芝居「はみだし劇場」の隣の席に座っていた内田ゆきと言葉を交わしたことから、女優、マネージャーとしての二人三脚の歴史が始まる。

「あれは(内田ゆき。評者註)もうヤマタノオロチですね (笑)。でもあの人がいなければ、〈秋吉久美子〉は存在していなかったと言いきれます。あの人の、あの怨念とか執着がなければ。彼女も岩のなかに何かを彫っていた。自分が女性として恵まれなかったことへの怨念を全てぶつけて、ロダンが石から作品を彫り出すように、私という石に一生懸命ノミを振るっていたんじゃないでしょうか。そこでのせめぎ合いは本当に凄かった。常に彼女との間は阿鼻叫喚でしたね」。

紙幅の都合でその〈阿鼻叫喚〉を具体的に紹介できないのは残念だが、ふたりの葛藤の深さ、凄まじい相克が伝わってくる愛憎劇に興味がおありの方は是非読んでいただきたい。そのほか、「墓穴を掘るクミちゃん」が大監督の演出についても、堂々と自己主張する姿勢に秋吉の人生観、仕事観がよく表れている。

例えば新藤兼人監督の『地平線』での演出に対して、「監督、ちょっとこれ違和感あります。同じ家の中で時任(三郎)さんだけ普通の日本語で、私だけアメリカ訛りというのはおかしいですよ」と直訴。また『夜汽車』のカットを割らずに引きの画で撮ったあるシーンの山下耕作監督の演出に、「どうしてカットを割らないんですか?」と詰め寄る。そんな秋吉の姿勢に、大監督の心のうちを思うと冷や汗が出て来る。

秋吉の、傷つきながらも正々堂々と駆け抜けてきた45年の女優人生を語った本書に、確かに「ウソはない」。秋吉と同様に自我を通し、「ゴテネコ」と揶揄された有馬稲子を思い出させるエピソードのオンパレード。まるで「有馬稲子二世」ではないか。

有馬稲子といえば樋口は、『バラと痛恨の日々―有馬稲子自伝』という名著をもつ有馬稲子の『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』の共著者だった。「プッツン女優第一号」と陰口された秋吉久美子とも共著者の樋口。どこまで〈猛獣使い〉ぶりを発揮したら気が済むのだろうか。

女優の深層部分を白日の下にさらした本著は、女優の告白本というよりは人生とは何かを考えさせる本として読める稀有な一冊だ。

『ワイズ出版 30周年記念目録』(ワイズ出版編集部編/1,000円+税)

『ワイズ出版 30周年記念目録』

9月某日、東京堂書店の「ワイズ出版30周年フェア」を見に行く。展示されていた160冊くらいの本(ワイズ出版の全出版点数は401冊)の前に立っていると、言いようのない感慨におそわれた。資本力が潤沢とはいえない小さな出版社が、よくこれだけの本を出し続けてきたものだ……経営者の苦労は如何ばかりだったろうか、という感慨。同時に利幅が薄い映画本を30年にもわたって出版し続けてきた者の映画に対する思いの深さが伝わってきて、しばし茫然とさせられる。

本書『ワイズ出版 30周年記念目録』は、文字通り映画本の出版に情熱を傾注してきたワイズ出版の軌跡を、「第一章 書影」「第二章 概要」の2部構成で纏めた、社史的側面もある記録書。全191ページ。「書影」篇は1ページ4点で計402点すべてカラー、「概要」篇のデータには帯文と装丁者名まで明記されているのが嬉しい。

発行者の岡田博は、「ちょうど昭和の時代が終わり、平成時代の道のりと重なった。映画に固執して、あえて時代に逆行するような映画本を目指したが、あらためて俯瞰して見ると、時代に通底しているような気もする」と奥付に記している。

出版された本を個々に紹介できないので、「我がワイズ出版本ベスト15冊」を発行年度順に列記する。

『石井輝男映画魂』『市川崑の映画たち』『惹句術 映画のこころ』『加藤泰映画華』『山田宏一の日本映画誌』『なにが粋かよ』『映画監督 増村保造の世界』『完本市川雷蔵』『不死蝶 岸田森』『次郎長三国志 マキノ雅弘の世界』『映画監督 深作欣二』『映画監督吉村公三郎 書く、語る』『呑むか撮るか 平山秀幸映画屋街道』『和田誠シネマ画集』『偽善への挑戦 映画監督川島雄三』。

まだまだたくさんあるが、何と豊潤な映画本体験をさせてもらったことか。どれを読んでも面白いばかりでなく、映画について深く思いを巡らせることができる本ばかり。本書たちは映画ファンの座右の書になること請け合いだ。

プロフィール

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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