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フジロック好きは、なぜ大金を払って「泥んこプレイ」に興じるのか?

リアルサウンド

13/8/1(木) 20:27

 結局は大盛況に終わるのだろうが、最終ラインナップ発表時は「アイドルブームに媚びた!」と叩かれたロック・イン・ジャパン2013。もっとも動員力のある夏フェス代表格は、そのぶん余計にアンチも多いのだ。

 しかし現在のフェスは大同小異。ももクロやPerfumeなどで集客するのはごく普通で、有名どころを寄せ集めただけの、まるでコンセプトがないイベントも多数ある。それが堂々と「◯◯ロックフェス」を名乗ることも珍しくないが、何をもってロックというのか、と議論を吹っ掛けても徒労に終わるだけ。要するにただのブーム、しかもピークは過ぎた感じ、なのである。

 これほど「ロックフェス」を名乗るイベントが多いのは、最初の成功例がフジロック・フェスティバルだったから、くらいの理由だと思う。それほどフジの登場は大きかった。多くの音楽ファンがどよめき、音楽業界の夏にも新しい流れが起きた。全国のイベンターがこぞって真似を始めるほど、それは前例がなく魅力的な、当時もっともオルタナティブな音楽の楽しみ方だったのだ。

20130801ishii5.jpgPhoto:Yasuyuki Kasagi

 オルタナが主流となり猫も杓子ものブームになり、安定期から停滞期に入るとアイドルというカンフル剤が必要になった。それがフェスブームの現在だが、しかし、パイオニアたるフジロックは昔と同じくオルタナティブなままである。グリーンのトリだけを並べれば確かに「ロックフェス」だが、その隣でフライング・ロータスと夏木マリとDJみそしるとMCごはんが並ぶというのは、どうしたってオルタナとしか言いようがない。そして、有名無名を問わずどんなステージでも盛り上がる観客のあけっぴろげな開放感も、毎回メンツがどうのと騒ぎ立てる音楽ファンの気分とは一線を画すものだろう。

 フジロッカーズ、という言い方が象徴している。純粋な音楽ファンと純粋なフェス好きはイコールではないし、音楽に賭ける情熱でいえばフジに集まる30〜50代よりも若者のほうが遥かに真剣だろう。毎年参加が基本のフジロッカーズは、音楽というよりフジが好き。スマッシュ日高氏が立ち上げたコンセプトが好きなのだ。それは不便という贅沢。もっといえばクソ高いカネを払って雨に打たれ泥だらけになって笑いあう、はたから見ればバカみたいな高級プレイである。ファッショナブルでも何でもないことが「逆に、ラグジュアリー」というか。

 夏の休暇は沖縄かハワイかバリ、そんなふうに『じゃらん』や『CREA』が特集を組むなかで、あえて「電車とバスで4時間、最後は一時間歩いて辿り着く秘境温泉」とか「テレビも電気もない、ただ静寂を楽しむ古民家の宿」みたいな旅行を好む人間は一定数いるものだ。雑誌でいうなら『一個人』みたいな。ものすごく雑な例え方をしているのは承知だが、現在のフジロックと他のフェスにはそれくらいの距離がある。同じ音楽イベントでも、贅沢、の意味がまるで違うのだ。

 フジロックは今年も平然とフジロックだった。主催者も参加者も、もはや喧嘩すらしない老夫婦のごとくに満面の笑顔を見せ、豪雨になれば皆「よし来た!」とばかりに自慢のゴアテックスを装着する。すばらしき阿吽の呼吸を前にすると、昨今のフェスブーム、フェス批判をわざわざ持ち出す意味はどこにも見当たらない。堅苦しい規制はなく、守られすぎた平和ボケもないが、しかし、この特殊性はなんだろうとあらためて思わされた三日間だった。

20130801ishi3.jpg自慢のゴアテックス!/Photo:Go Okuda 

■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

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