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『罪の声』が描いた“戦う女性たち”の姿 野木亜紀子の作家性を原作との相違点から紐解く

リアルサウンド

20/11/11(水) 8:00

 映画『罪の声』が上映中である。小栗旬、星野源という人気・実力共にある俳優2人が、それぞれ新聞記者、テーラーに扮し、昭和最大の未解決事件の謎を追うというだけでも興味をそそられる作品ではある。

 だがなにより、塩田武士の緻密な取材をもとに圧倒的な説得力で紡ぎだした傑作長編小説に、ドラマ『MIU404』(TBS系)、『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)を手掛けた野木亜紀子の脚本という要素が加わることによって起こった変化が興味深かった。また、小栗演じる阿久津の上司役に松重豊と古舘寛治、星野演じる曽根の妻役に市川実日子、人のいい板前役に橋本じゅんと、主演の星野もそうだが、野木作品お馴染みのメンバーが多く登場するのも嬉しい。

 映画『罪の声』は、名もなき人々、社会から存在しないことにされてしまった人々に光を当てつつ、正反対の性質を持つ男性2人の絆を描いていた。これは、紛れもなく野木亜紀子の作家性を物語っていると同時に、塩田武士の小説『罪の声』の本質を見事に貫いていた。

 本作は、「キツネ目の男」と言えばだれもがピンとくるだろう食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件を題材にしている。劇場型犯罪としても類を見ない実在の事件の真相を追及していく、ミステリーとしての面白さがまずある。空白だらけだったホワイトボードに、まるでパズルのピースが埋まっていくかのように事実の断片が当てはめられていくさまは、松重と古舘演じる当時を知る記者たちじゃなくても、興奮せずにはいられない。もちろんこれはフィクションであり、1つの仮説なのであるが、塩田の緻密な取材によって裏打ちされたリアリティは、「本当にそうだったのかもしれない」と思わせる説得力がある。

 事件の35年後、平成の終わり、2人の男がそれぞれの理由で、この「ギン萬事件」の真相を探り始める。

 1人は、京都でテーラーを営む、星野演じる曽根俊也。彼はそれまで、妻子と共に穏やかな日々を送ってきたが、ある日、自分の幼い頃の声が、事件の時、身代金の受け渡しに使用した脅迫テープに利用されていたことを知る。一体誰が何のためにと調べていくうちに、事件に利用された、もう2人の「声」の主である少年少女の存在を知り、彼らを探し始める。

 もう1人は、既に時効となっている未解決事件を追う企画班のメンバーに選ばれたために、嫌々ながら事件を追い始める、小栗演じる阿久津英士である。

 全く違う場所で、違う人生を生きてきた彼らが、それぞれの視点から事件の裏側にあった真実の欠片を拾い集めた末に、互いを認識し、やがて邂逅し、行動を共にし始める時のワクワク感といったらない。

 そして、もう1人、この映画には影の主役がいる。原菜乃華演じる望という少女だ。彼女は、曽根と同じく、弟と共に意図せずして「声」をギン萬事件に利用されたことで、人生の歯車を狂わせていく人物である。原作においても、翻訳家になる夢を持つ、家族思いの健気な少女としてとても印象的だったが、映画における彼女はもっとパワフルで、ただひたすら夢に向かって生きていた。『MIU404』の哀しきヒロイン、美村里江演じる青池透子をはじめ、野木作品の多くの戦う女性たちの系譜に連なる、鮮烈な印象を残した。

「諦めたくない。絶対絶対、夢かなえる。私の人生やもん!」

 映画『罪の声』は、ある意味、この言葉を発した望の物語だ。ポスタービジュアルのキャッチコピー「逃げ続けることが、人生だった。」には、事件に巻き込まれた彼女たち家族の思いが込められている。自ら望んでもいないのに、大人たちの様々な利己的な思惑によって「罪の声」を担わされた子供たちはどんな人生を歩んだのか。

 問題の曽根の幼少期の音声が入ったカセットテープに何気なく入り込んでいた、無邪気な子供の歌声が、原作通りの風見しんごの「僕 笑っちゃいます」ではなく、わらべの「もしも明日が…。」に変わっていたことで、相米慎二監督の『台風クラブ』を思い浮かべた人もいたのではないだろうか。『台風クラブ』における「もしも明日が…。」を歌い踊る少年少女たちの無邪気さと不安と、大人への怒りが混然一体となったシークェンスは強烈だったが、大人の欲望や空疎な理想に振り回され、望んでもいない罪を背負わされ、抗いようもなかったこの映画の少年少女に、実際に存在したのだろう事件の「声」に使われた少年少女の現在を思う。

「未解決事件だからこそ、今、そして未来につながる記事が必要なんや」
(『罪の声』,講談社文庫,p.452)

 原作小説には上記の阿久津の言葉がある。この映画もまた、昭和という過去に置き去りにされた事件を、平成の終わりという現在地から描きながら、救いようもない「罪」をほんの僅かな「救い」と「許し」に変えることで未来に繋げていた。それが本当に救いなのかはわからない。それでも、彼らは生きて、前を向いている。誰かを愛している。それだけでいいのである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■公開情報
『罪の声』
公開中
監督:土井裕泰
出演:小栗旬、星野源、松重豊、古舘寛治、宇野祥平、篠原ゆき子、原菜乃華、阿部亮平、尾上寛之、川口覚、阿部純子、市川実日子、火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子
原作:塩田武士『罪の声』(講談社)
脚本:野木亜紀子
制作:TBSスパークル、フイルムフェイス
配給:東宝
(c)2020「罪の声」製作委員会

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