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ずっと真夜中でいいのに。が示した“思考を止めない大切さ” コンセプトで魅せた『やきやきヤンキーツアー(炙りと燻製編)』

リアルサウンド

21/2/3(水) 12:00

 今の時代でシアワセになりたいと思ったら、与えられた情報を疑わず飲みこんで、長いものに巻かれるのが手っ取り早い。星野源が〈常に嘲り合うよな 僕ら “それが人”でも うんざりださよなら〉(「うちで踊ろう」)と歌い、米津玄師が〈正論と 暴論の 分類さえ出来やしない街を〉(「感電」)と歌うのが令和だ。嘲り合うのがフツウで、正論が機能しない世の中。考えることをやめて、感じることを捨てて、他人にも本心を見せないようにするのが一番お手軽にシアワセになれる。

 しかし、それは本物の幸せなんだろうか。ずっと真夜中でいいのに。が『やきやきヤンキーツアー(炙りと燻製編)』で提示したメッセージを読み解いていくと、そう考えずにはいられなかった。今回はそんなツアーのなかから1月31日に配信された、2020年11月29日@東京ガーデンシアターの模様をレポートする。

 タイトルの“やきやき”や“ヤンキー”というワードは、「お勉強しといてよ」を彷彿させるワード。アンコールの最後にもってきている点からしても、今回のメインテーマに据えていると思われる。要するにこのライブは、ACAねの感情参考書であり〈私を少しでも 想う強さが/君を悩ませていますように〉という願いなのだ。

 パフォーマンスは各メッセージを肉付けする形で展開された。薄暗い照明のなか、コンビニのドアを開き現れたACAねは〈今と これからと/考える時間が必要〉とオーディエンスに投げかけ、堂々とオープニングを飾る。パーンと抜ける高音には、この日に向けて仕上げてきた自信が滲む。“シコウ(思考×至高)”の時間の始まりだ。

 まず、思考は内省へと進んでいく。〈こんな自分に負けたくないのに〉と葛藤したり、〈取り繕ってしまうわ〉と辟易したりと、素直になれない自分と対峙。がんじがらめの自我に溺れていくのかと思えば、「低血ボルト」「マイノリティ脈略」と連投し自分の脚で立とうと試みる。“他者に望まれている自分”、すなわち“客観により無責任に構築された自分像”に染まることなく、素のままの自分を取り戻していくのだ。

 〈無気力な僕には戻れない〉と紡ぐ歌声は儚さと力強さが混在し、不安定に揺れ動く心情を鮮明に描き出す。ひときわ演出がロマンチックだったのは、「マリンブルーの庭園」だ。一面に広がる青い照明と下手側に刺すスポットライトは、海の底から空を見上げているよう。素顔を見せないACAねの性質を逆手にとり、舞台全体を1曲ごとに芸術として仕上げてしまうのは、ずっと真夜中でいいのに。の強みのひとつだとも言える。

 自身を顧みるターンは、〈魅力まで周りに合わせなくていいんだ〉〈当てはまる必要なんて無くていいんだ〉という言葉によって結ばれる。自分らしく生きていく大切さを秋の味覚になぞらえながらキュートに表現。オーディエンスとしゃもじでコミュニケーションをとりながら、自分の道を進んでいくことを肯定してみせた。

 そして〈君のこと 最後まで知りたいよ〉と切なる願いが響く「Ham」を皮切りに、気持ちは他人との関わりへと動き出す。“僕と君”もしくは“私と君”の関係を歌ったものへ、一気にシフトしていくのである。センチメンタルな歌詞と軽快なサウンドは裏腹で、観客に違和感を残すと共に歪な安定感を感じさせる。

 それを一気に、「Dear. Mr「F」」のエモーショナルな曲と胸に迫るリリックが崩しにかかるのだ。いうならば、積み上げたジェンガに特大の積み木を乗せるようなもの。次なる道を切り拓くため、前向きな“イイワケ”により状態を0に戻すのである。緩急のグラデ―ジョンは抜群で、観客席には思わず目頭を押さえる姿も見受けられた。

 「眩しいDNAだけ」からは、淡々とラストを目がけて駆けていく。広がっていくボーカルは痛快で、キュインキュインと鳴るギターにも全くもって負けていない。何がやりたいかわからないふりをしているときに書いたナンバーは、迷いを孕むと共に〈今は傷つくことも願ってる〉と宣言するしたたかさも誇示していた。

 他者に関わる自分のスタンスを見つめ直しながら、本編は『潜潜話』のオープニングである「脳裏上のクラッカー」で締結。なりたい自分となれない自分に揺れる様や目に見えるものを信じ切れない苦悶を鮮やかに描き、“シコウ”の時間を作り上げた。

 コンセプトを持つ多くのライブは、問題提起から結論まで本編にまとめあげるのが一般的であり、+αの立ち位置にアンコールが置かれることも少なくない。一方で『やきやきヤンキーツアー』は、アンコールまでメインディッシュと言っても過言ではない。1曲目で思考の時間へと導くと、自分自身と向き合う前半、他者との関わりを見つめ直す後半へと展開。アンコールは、今の彼女のスタンスを打ち出すと共にエピローグとして機能している。

 「暗く黒く」「正しくなれない」の2曲が、最後の最後で並大抵ならぬパワーを放っていたのは、単に映画のタイアップだからということではないだろう。両曲に根付いているのは、学ぶこと・気づくこと・知ることの幸せだ。それにより、自分がわからなくなってしまうときもあるし、他人を信じられなくなってしまうときもある。たとえそうだとしても、思いを馳せることをやめるべきではないと、考えることを投げ出すべきではないと伝えたかったのではないだろうか。思考すべきことは至高であり、無限に想うために必要なこと。これこそ、彼女が「お勉強しといてよ」のなかで〈解いといてよ〉と投げかけたテーマなのではないだろうか。

 ACAねは信じているのだ。感情参考書をお勉強した人が生きる未来は、今より少しだけ明るくなるのだと。多くの人が“ヤンキー”のように、今しかできないことに悔いなく命を燃やせることを。

 キャッチーなメロディと独特なリリックセンス、儚くも凛とした歌声を擁する、ずっと真夜中でいいのに。だが、そのマインドに結びついているのは、傷つくことを恐れずに思考し行動を続ける強さだ。だからこそ、彼女たちが生み出すクリエイティブは、多くの人を魅了し続けるのである。

 ずっと真夜中でいいのに。のライブを通して今一度考えていきたい。考えることを諦めず、感じることを疎かにせず、他人と本心で向き合っていくことが、真なる幸せへと近づく一歩なのではないだろうかと。

■坂井彩花
ライター/キュレーター。1991年生まれ。ライブハウス、楽器屋販売員を経験の後、2017年にフリーランスとして独立。Rolling Stone Japan Web、EMTGマガジン、ferrerなどで執筆。Twitter

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