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志村けんさんの演技をもっと観たかった 『エール』小山田役で放ついぶし銀の貫禄

リアルサウンド

20/8/5(水) 6:00

 待ち焦がれた梅雨明けとともに、連続テレビ小説『エール』(NHK総合)の再放送は、第7週「夢の新婚生活」へ。副音声を担当するのは喫茶バンブーの店主・保(野間口徹)、8月3日の『あさイチ』(NHK総合)にはその妻・恵役の仲里依紗が出演し、再放送期間においても我々視聴者を楽しませ続けてくれている。

参考:志村けんさんと映画の深い繋がり サイレント映画をテレビで再構築した最後の芸人に

 「朝から何を見せつけられているんだ……」と少々呆れてしまうほど、幸せに満ちた裕一(窪田正孝)と音(二階堂ふみ)の新婚生活に始まり、曲作りに苦悩する裕一の作曲家デビューと歌手を目指す音の音楽学校入学が、第7週ではメインに描かれる。その中でも一つの名場面に数えられるのが、コロンブスレコードのサロンで裕一が小山田(志村けん)を偶然見かけるシーンだろう。

 名前が登場したシーンとして印象深いのは、第3週「いばらの道」第11話にて。権藤家への養子の話が持ち上がる中、裕一が三郎(唐沢寿明)に「小山田先生のような西洋音楽を作曲する音楽家になる」と胸に抱いた大きな夢を打ち明ける場面だ。その後、第5週「愛の狂騒曲」第25話のラストで小山田はその姿を初めて見せる。

 日本作曲界の重鎮である小山田。国際作曲コンクールの二等に選ばれた裕一の新聞の見出しを見て、一言「本物かまがい物か……楽しみだね」とつぶやくのだ。低く渋い声に気品溢れるその出で立ちは、貫禄たっぷりのオーラを纏う。金曜日、週の終わりを締めるには十二分過ぎるほどのラストである。そして、この日が志村けんさんの訃報から初めて『エール』での演技が見られる瞬間でもあった。

 この日『あさイチ』の近江アナは、感情を抑えきれず“朝ドラ受け”で涙を流し、言葉を詰まらせている。きっと、全国の視聴者も同じ思いであったにちがいない。放送日の5月1日は、緊急事態宣言が出された、今よりも全国が重苦しい不安に包まれた中だった。そんなときに不意に現れ見せてくれた、文句なしにカッコよく、いぶし銀の志村さんの演技。筆者も胸にこみ上げる思いとともに、心の奥がジワっと熱くなったのを覚えている。

 その後、第28話で廿日市(古田新太)を呼びよせ、「君のところでな、契約してほしいんだよ」と裕一をコロンブスレコードに専属作曲家として推薦した小山田。そのことを知った裕一は、第35話で小山田とサロンで初めて対峙することとなる。意を決して話しかける裕一に小山田は赤レーベル専属の作曲家として、まだ曲を出せていない現実を突きつける。推薦してもらった身として、裕一は幼少から憧れの存在だった小山田の顔に泥を塗るわけにはいかないと、取り憑かれたように作曲に没頭することになるのだ。

 ほかにも、小山田は裕一が交響曲「反逆の詩」を書き上げる第8週「紺碧の空」第38話、環(柴咲コウ)の歌で「船頭可愛いや」をリリースすることに反対する第10週「響きあう夢」第48話で登場。前者は三日三晩徹夜で書き上げた裕一の「反逆の詩」に、「……で?」と楽譜を投げ捨てるという冷たい反応。後者は青レーベルからレコードを出そうとする裕一に反対する小山田を環が説得するというものだ。鋭く睨みつける小山田に、環は「その目を見たことがあります。ドイツにいた頃、先生と同じ目をした芸術家をたくさん見ました。彼らは立場を脅かす新しい才能に敏感です」と本心を見透かせてみせるが、小山田は一向に裕一の才能を認めようとはしない。

 残念ながら、今のところ小山田の登場はこれ以降なく、以後はナレーションベースで存在し続けるものと思われる。結局、小山田から裕一への賛辞の言葉はなかったが、彼の才能を認めコロンブスレコードに推薦したことは紛れもない事実である。そして、この役が志村さんが生前最期に演じた姿。サロンでアイスを食べ、部下に原材料を聞いては、「わしは木の実を食ってるのか?」と返すお茶目な様子もありながら、一貫して厳格な姿を見せた小山田は、志村さんラストの役柄として相応しい人物であったように思う。

 小山田の魂は新世代の音楽家・裕一へと受け継がれる。そして、志村さんの演技は私たちの胸に希望のエールとしていつまでも残り続けるだろう。(渡辺彰浩)

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