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『火口のふたり』柄本佑×瀧内公美が語る、荒井晴彦への挑戦 「“身体の言い分”に正直に生きること」

リアルサウンド

19/8/22(木) 12:00

 キネマ旬報脚本賞ほか数々の賞を受賞してきた脚本家・荒井晴彦が『この国の空』以来、3年ぶりに脚本と監督を務める映画『火口のふたり』が8月23日より公開される。白石一文の同名小説を原作とした本作は、かつて深く愛し合う恋人同士だった賢治(柄本佑)と直子(瀧内公美)が、再会をきっかけに互いを求め合う様を描いた人間ドラマだ。

 『赫い髪の女』『身も心も』『ヴァイブレータ』『海を感じる時』など、男女の心の綾を描いてきた荒井の脚本の中でも、もっとも過激といっていい性愛描写に、主演を務めた柄本佑と瀧内公美はどう向き合ったのか。信頼を寄せる荒井監督との関係性から撮影の裏側までじっくりと話を聞いた。

参考:『火口のふたり』は価値観や恋愛観に強く揺さぶりをかけてくる 大人へと向けられた究極の愛の物語

●「荒井のおじさん」から「脚本家・荒井晴彦」に

ーー柄本さんは父・柄本明さんと本作の監督を務めた荒井さんが数々の作品でタッグを組んでいたこともあり、本作への出演には特別な思いがあったかと思います。改めて出演が決まったときの気持ちを教えてください。

柄本佑(以下、柄本):僕にとって、荒井さんは映画人である前に、5歳のときから知っている父と仲のいい「荒井のおじさん」でした。映画を観るようになって、脚本家・荒井晴彦のクレジットを見て、「荒井のおじさんは脚本家だったんだ」と知ったぐらいで。で、いざ荒井さんが手掛けた映画を観たらめちゃめちゃおもしろい。役者として本格的に仕事を始めるようになってから、荒井さんの脚本のセリフをしゃべることはひとつの夢でした。なので、今回参加できて夢が叶いましたし、監督作というのも非常に意義深いものがありました。

ーー柄本明さんからは何かアドバイスも?

柄本:いや、特別なかったですね。「荒井さんのをやることになったよ」「おお! 荒井が撮るのか!」って父も驚いてました(笑)。

ーー瀧内さんが初主演を務めた映画『彼女の人生は間違いじゃない』の監督・廣木隆一さんも荒井さんとは度々タッグを組んでいます。瀧内さんは荒井作品への出演が決まったときどんな思いを抱きましたか。

瀧内公美(以下、瀧内):荒井さんが脚本を手掛けた『ヴァイブレータ』『やわらかい生活』は廣木監督の作品の中でももっとも好きな作品でした。なので、お話をいただいたときは何かご縁があるのかなと感じました。荒井さんの脚本を自分がセリフとして話すこともそうですし、本作は私と佑さんのほぼ2人芝居なので、大きな挑戦になると感じていました。

ーー賢治と直子は原作の設定がお2人よりも若干上の年齢だったこともあり、言葉遣いは大人びた印象を受けました。荒井脚本の難しさはどんなところにあったでしょうか。

柄本:長台詞というよりも、短いやり取りの中での語尾に難しさを感じました。例えば、賢治は「~していたぞ」と言うのですが、普段の僕は「~してたぞ」と「い」抜きでしゃべっています。こういった略し方が荒井さんの脚本にはないんです。不思議なもので台本を読んでいるときは気にもとめていなかったのですが、実際にやってみると「大人なセリフ」に感じましたし、普段とは明らかに違う難しさがありました。でも、言いやすいいように変えてもらおうとは絶対に思いませんでした。「このままで絶対にやってやる!」と。今の年齢でこの作品に挑戦できたことは本当にいい経験だったと思います。

瀧内:私も「~なのよ」という言葉は普段ほとんど使わないので、これまでの作品よりもかなり気を遣った部分はあります。でも、それが秋田で暮らす直子の生き方に重なればいいなと思いましたし、語尾から出てくるある種の可愛らしさみたいなものにつながればいいなと。

ーー瀧内さんは荒井さんと初めての仕事ですが、どんな印象を持たれましたか。

瀧内:ああみえて非常にシャイな方で……(笑)。

柄本:(笑)。

瀧内:佑さんのことは小さい頃から知ってるから、「君のことは知らないからね」と最初は距離を置かれたように感じました。演出も佑さんや助監督の竹田(正明)さんを通してだったんです。

柄本:そうなんですよ。ただ歩いてるシーンだったんですけど、テストが終わった後に監督から呼び出されて「瀧内、今歩き方変じゃなかったか?」と。「いや、ちょっとわかんないですね」って言ったら、「佑、言ってきてくれないか」って言われて。「いやそれは自分で言ってください!」と(笑)。しかもそれが撮影初日。それで、助監督の竹田さんも「いや、これは最初ですから言いましょう」って、「そうかあ」って言って。いざ瀧内さんを呼んで、普通に歩いてって言うだけで、もう顔が真っ赤になっていて。

瀧内:荒井さんが恥ずかしがって他の人を通そうとするので、途中からは「私から行けばいいんだ」と。すると徐々に直接演出をしてくれるようになりました。荒井さんは表現に対して絶対に否定はしない方なんです。こちらが提示したものを受け入れてくれた上で、また提案をしてくださいました。自分が伝えたいこと、役者がやりたいことを熟考して、いちばんいいものを選んでくださる方なので、非常にクリエイティブでやりがいのある現場でした。

●本能のままに生きることは“とっても気持ちいい”

ーー直子は、「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」というセリフが象徴的なように自ら仕掛けにいく女性です。結婚を前に昔の恋人を誘ってしまう直子に共感するところはありましたか。

瀧内:本能のままに生きることが作品のテーマでもあるので、「この人といたい」っていう気持ちを大事にすることはすごく素敵だなと思いました。そして直子に巻き込まれていきながらもそのまま寄り添ってくれる賢治も素敵だなと。口には出せない女性の「私の気持ちわかってよ!」を全部わかってくれた話でもあるのかなと感じます。

柄本:セックスして、ご飯食べて、たくさん寝る。欲求に馬鹿正直に生きている2人の映画なんです。なのに、フィクション度が異常に強い作品になっている。それは今の時代に本能に忠実な人なんてなかなかいないということでもあり、人間の三大欲求のままに生きることが難しいということの表れなのかなと思います。

ーー非常にハードな話ではありますが、どこか作品全体を通しての爽やかさと優しさを感じました。本能のままに生きる賢治と直子を、どのように捉えていますか。

柄本:勢いのまま結婚して、離婚して、どうにもならなくなって首を吊ろうとしたら失敗。そしたらうつ病にもなって、プー太郎になってしまう賢治。彼はとにかく自分を雑に扱ってきた人生だったんです。そんな彼が“世界が終わってしまう”こと自体に直面したとき、初めて自分の身体の言い分に正直に生きようとする。賢治は一見どうしようもなくて自分勝手な男なんですが、その選択にすごく優しい男だなと感じたんです。それが作品全体の爽やかさにも繋がっているのかもしれません。

瀧内:“身体の言い分”に賢治と直子は正直になっていくわけですが、下田逸郎さんによるエンディングテーマ「紅い花咲いた」の歌詞のとおり、本能のままに生きることは「とっても気持ちいい」ものなんだと思います。いろんなしがらみがある現代ですが、自分がどう生きるかは自由なんだと改めて感じましたし、そんなふうに生きる直子を純粋に羨ましいと思いました。(取材・文=石井達也)

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