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佐々木俊尚 テクノロジー時代のエンタテインメント

アルバムからプレイリストへ。音楽のマイクロコンテンツ化がもたらす問題点

毎月連載

第28回

“マイクロコンテンツ”という言葉はもう20年も前からインターネットで語られている。新聞や雑誌などの古いメディアでは記事がパッケージにされてひとまとまりで販売されているが、ネットでは記事が単体で読まれ、パッケージの概念は希薄になる。朝日新聞や東洋経済オンラインなどの記事はそれらのトップページから読まれることは少なく、SNSなどでシェアされて直リンクによって読まれる。これがマイクロコンテンツ化だ。

この波が最近は音楽の世界にまで及んできている。音楽はCDというパッケージからネット配信に移り、iTunesなどで一曲一曲が150円ほどで単体販売されるようになって、マイクロ化した。それでもiTunesの時代には、アルバムに収められた曲はあいかわらずアルバムの一曲として表示されていた。単体で購入することは可能だが、それはあくまでも「アルバムからリスナーが自分自身で切り出してきている」という認識をもたらしていたのである。

しかしスポティファイやアップルミュージックなどのストリーミングの時代になり、アルバムという概念そのものが根底から揺らぎつつある。理由はほかでもない、プレイリストの台頭だ。日本ではまだプレイリスト主導の視聴という流れに移っていないが、米国などでは大半の曲はプレイリストによって聞かれ、人気のプレイリストには多くの人が集まる。そこには多額の金が動き、プレイリストマーケティングという手法も定着してきている。

プレイリストから楽曲を聴くリスナーは、アルバムの存在をこれっぽっちも意識しない。

加えて、プレイリストにはもうひとつの大きなポイントがある。プレイリストで聴くことによってリスナーは“目移り”しやすくなり、新しい曲に耳を傾けがちになるということだ。プレイリストを作成する側も、一枚の同じアルバムから何度も何度も曲をピックアップするよりも、新しいアルバムやシングル、EPなどに惹かれがちになる。

この結果、最近は面白い傾向ができてきている。アーティストの側がアルバムをまとめて発表するのではなく、シングルを1か月ごとに断続的にリリースしたり、数曲ごとにEPにまとめて分割リリースするようなケースが増えているのだ。私は毎日のようにSpotifyでニューリリースの曲を横断的に聴いているが、「あれ?このアーティスト先月も新曲出してたよな」「そういえば先々月も出してたし、その前の月も出してた気がする」と感じることが多い。

つまりは“月刊ニューシングル”の時代なのである。

これはストリーミング時代に適合した手法だとは思うが、いっぽうでひとつの問題も浮上してくる。かつてアーティストはアルバムという大きな表現によって、ひとつの世界観をリスナーに向けて送り出していた。それがマイクロ化され分断されてしまうと、アーティストの全体像をリスナーに届けるのは難しくなってしまう。

アーティストの全体像をどのように届けるか? 出版業界と音楽業界が抱えるテーマ

これは実は、私が主な活動領域にしている出版の世界でも困難なテーマになってきている話だ。ウェブメディアなどで面白い記事を書けば、運が良ければそれなりに読まれることはできる。ときには数十万ぐらいのページビューに達することもある。ウェブメディアの世界には新しい書き手が次々現れ、日本でも活況を呈している。

しかしウェブに掲載する1000〜3000文字程度の記事は、言ってみれば思考の“断片”にすぎない。書き手としてはそのような断片ではなく、もっと大きな全体像を読者に理解してほしいと考える。

そこに“書籍”というパッケージ化されたコンテンツの意味がある。10〜15万文字ものボリュームがある書籍によって、書き手は自分自身の大きな世界観をまるごと読者に届けることができる。

しかし残念なことに、2010年ごろの出版不況を境にして書籍は年々読まれなくなってきている。かつては日本でベストセラーといえば発行部数5万部以上の本を指したが、最近は2万部に達すればもはやベストセラーの域だ。それでも、そこに達することのできる本は一握りでしかない。初版部数も年々減って、小説などでは売れっ子でなければ3000部ぐらいが標準的だと言われるようになった。

この同じ流れが音楽の世界にもやってきているのだろう。アルバムという概念が不在になっていく世界で、アーティストはどのように自分の世界観をリスナーに届けていくことができるのか。これは音楽文化の大きな岐路なのかもしれない。

プロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社入社。その後、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。ITから政治・経済・社会・文化・食まで、幅広いジャンルで執筆活動を続けている。近著は『時間とテクノロジー』(光文社)。

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