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映画の制作現場からハラスメントについて考える | 大九明子×深田晃司 対談

ナタリー

21/4/16(金) 12:15

大九明子(上段)、深田晃司(下段)。

2017年、大物映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインがThe New York Timesの記事によってセクハラを告発された。その後広がった#MeToo運動によって、なかったことにされていた被害が公になり、口を閉ざすことを強いられていた人々が沈黙を破り始めたのは前進と言えるだろう。しかし、ハラスメントは今もあらゆる場所に存在し、日本の映画業界もその例外ではない。

映画の制作現場ではどのようなハラスメントが発生し、そしてその状況は改善されつつあるのか? 映画ナタリーでは「私をくいとめて」の監督・大九明子と「本気のしるし 劇場版」の監督・深田晃司の対談を実施した。大九は第33回東京国際映画祭でハラスメントや暴力に言及。深田もTwitterアカウントでハラスメントに関するステートメントを発表するなど、2人は映画業界の現状から目を背けていない。

“人間”にとって働きづらいと深田が語る日本映画の制作現場。その実態に迫る。

取材 / 小澤康平、金須晶子 文 / 小澤康平

女性は履きたいものを履くし、しゃべりたいことをしゃべる

──本題に入る前に、まずお二方の関係性を伺いたいと思います。映画美学校の先輩・後輩になりますよね。

大九明子 そうです。私が1期生で、深田くんが3期生。在学中は一度も交流はなかったと思いますが。

深田晃司 当時は縦の関係がまったくない学校でしたよね。話す機会が増えたのは、(東京の)高円寺でやっていた映画祭の審査員を一緒にやらせてもらったときだと思います。この間も東京学生映画祭で一緒に審査員をやりました。審査員って同じ映画を10本くらい観てお互いの価値観をさらけ出して話し合うので、僕の勝手な思いかもしれないんですが、戦友感があると言いますか。

大九 すごくあります! 意見が割れることもなかったですし、戦友という言葉はしっくりきます。1日審査員をやるとへとへとになるんですが、映画をたっぷり浴びるのは楽しい経験でもあるので、深田くんとはいい思い出ばかりです。

深田 よかったです。在学中は、参考作品として大九さんの映画(「意外と死なない」)を観る授業もありました。

大九 それあとから聞いて「え、なんでだよ」と思いました(笑)。映画美学校が1期生の作品を生徒に見せていたみたいですね。

深田 はい、19歳のときに観ました。それから20年以上経った今、2人とも映画を作り続けているのは、それだけでうれしい気持ちになります。

──2018年にTwitterでお互いの監督作である「勝手にふるえてろ」「海を駆ける」に賛辞を贈り合っていて、きっといい関係性なんだろうなと思っていました。

深田 そんなやり取りが。

大九 あったかもしれない。なんか恥ずかしい(笑)。

──それでは、大九さんの監督作「私をくいとめて」の話から本題に入っていきたいと思います。本作には、日帰り温泉旅行の強烈なシーンが含まれてますよね。本人役で出演した芸人の吉住さんがネタを披露したあと知らない男たちにセクハラされ、のんさん演じるみつ子は叫んで止めたいのだけれど声を出せない。止められなかった悔しさがあふれ、過去に受けたセクハラのことも思い出したみつ子は、外で号泣します。綿矢りささんの原作からアレンジが加えられていますが、このシーンはどのような思いで入れたのでしょうか?

大九 原作では中学生の女の子の指をおじさんが舐めるという、ページを閉じたくなるようなおぞましい表現だったんです。感情を揺さぶられる読書体験ではあったんですが、映画のプロデューサーが「これを映像にするのは厳しい」と。中学生とおじさんという画は避けたいという相談を受けて、私としても原作のまま描かなくてもいいと思い、自分の経験をもとにみつ子が嫌な気持ちになる状況を考えました。

──映画監督になる前に芸人として活動されていた、ご自身の経験をベースにしたと。

大九 笑わせるのが仕事である芸人が「お姉さんお姉さん!」と呼ばれて抱きつかれたり、一緒に写真を撮ってにっこりするのを強要させられたりすることに、昔から嫌悪感と怒りを持っていたので。ただ、映画を作るときに必ずそういうシーンを盛り込もうとしているわけではないです。チャンスがあれば私なりのフィルターで語っていこうと思っていますし、避けるべきではない題材だと考えていますが、それ自体を映画のテーマにしているわけではないですね。例えば、「私をくいとめて」には片桐はいりさん演じる澤田がハイヒールを履いて会社から出かけていく場面があります。このときに傘を忘れそうになるんですが、「ハイヒールを履くのは忘れないけど傘は忘れる」という女性の生きづらさを描きたかったわけではなく、彼女はただハイヒールが好きだから履く、足が痛くても履いたほうが気分が上がるから履いているだけであって。女性が特徴的なことをしたときに、それが必ず社会的な何かを訴えているわけではない。女性は履きたいものを履くし、しゃべりたいことをしゃべるということですね。

──なるほど。温泉旅行のシーンは大きな反響があったと思いますが、どう受け止めていますか?

大九 撮ってよかったなと思います。映画はいろんな受け取り方ができるもので、「あの服まねしたい」とファッションを楽しんだり、私と同じ苦しみを持っている人やジェンダーに関心のある人が温泉旅行のシーンに反応してくれたりもする。ジェンダーについて考えたことがなかった夫婦が映画を観に行って、意見が一緒だったとか違ったとかいう感想も聞いているので、会話の糸口になったことがすごくうれしいです。

──社会的な性差は、深田さんの「本気のしるし」でもテーマになっています。土村芳さん演じる浮世は男性が期待しているようなことをぽろっと言ってしまうキャラクターで、どんどん不利な状況に追い込まれていきますよね。

深田 浮世は、見方によっては悪女やファムファタールと呼ばれてしまうようなキャラクターです。原作は約20年前にビッグコミックスペリオールで連載されていた星里もちる先生のマンガなんですが、当時読んでいて面白いと同時に驚いたことの1つが、浮世の描き方でした。男性に恋愛的にも性的にも期待させるようなことをぽろっと言う女性キャラクターって、青年誌ではありがちなんです。読者は男性が多いですし、男性キャラクターとの距離感で女性を描いていることが、良質な作品に残念ながらもあると思っていて。でも、マンガ「本気のしるし」では浮世を悪女やファムファタールという枠の中に収めず、彼女はなぜ男性にそんなことを言ってしまうのか、何が彼女にそうさせているのかという部分が描かれます。そして、浮世のような女性が現実に存在した場合、どれだけ傷付きながら生きているのかにも言及されている。それをどこまで星里先生が意識していたかはわかりませんが、#MeTooを経た2019年に映像化するとしたら、そこにフォーカスしていくことになると思ったんです。

──浮世は頭では「こうしたほうがいい」と思っていてもその通りに行動できず、はっきりNOと言えない人物ですよね。

深田 いつでも合理的に行動できる人もいるとは思います。でも人間はあいまいな存在です。誰かが話している内容が本音なのかはわからないし、しゃべっている本人ですらわからない。「こうしたい」「こうしたほうがいい」とわかっていてもノイズが混じって思い通りに動けないことはあるし、そのノイズこそ人間らしさだと考えています。映画を観ていて、キャラクターがキャラクター設定通りのことしかしゃべらなかったら奥行きを感じないと思うんです。映画によっては俳優がキャラクターのことをきちんとコントロールできている芝居があって、こういう性格で、こういう場面で、こういう感情だからこう演じよう、という芝居からは感情やキャラがわかりやすく伝わってくるし、すごく見やすい。そういう演技が向いてるタイプの作品もあると思うんですが、普段私たちは自分はこういう性格だからこうしゃべろうなんて考えてないですよね。それを現実でやっている人がいたら、ナルシストや自意識過剰だと感じると思います。人間と向き合おうとすればノイズを描くことになりますし、そうしたほうが俳優さんもよい感じに演じてくれたりする。大九さんの映画もキャラクターを断定的には描いてないですよね?

大九 そうですね。人間が一番怖いし、いまだによくわかってないので。「このカップルこのあとどうなりますか?」と映画後の展開を聞かれることがよくあるんですが、「別れます」と必ず言うんです(笑)。ハッピーエンドで終わったとしても、それがいつまでも続くとは思ってないんです。

ありがとう派の大九明子、すみません派の深田晃司?

──深田さんは2019年11月14日、映画作りにおけるハラスメント等についてのステートメントを発表しました。大九さんはこちらをご存知ですか?

大九 もちろんです。出てすぐに読みましたし、さすがだと思いました。私はSNSで言いたいことだけ言ってバッと消えるみたいなことを繰り返してるんですけど、深田くんはTwitterのリプライに真面目に答えたりしていて。監督としても一個人としてもTwitterを意志表明のフィールドとして使いこなしていることに感心させられます。

深田 ありがとうございます。このステートメントを出す少し前ではあるんですが、「本気のしるし」の撮影は今まででもっともノンストレスな現場でした。単純なことですが誰も怒鳴らないというだけで、現場ってこんなにストレスがないものなんだなと。自分と仕事をしようと思ってくださる人は、そもそもこういうステートメントに賛同してくれる方が多いんですが、それでもワッと怒鳴っちゃうスタッフの方も過去にいなかったわけではないので。

──大九さんは2007年公開の商業デビュー作の撮影後、「しばらく映画はいいかな」と考えたことがあったそうですね。現場で何か嫌な経験をしたんでしょうか?

大九 いえ、そういうわけではないです。自主映画しか撮ったことがなく助監督の経験もない自分が、やったことがないことをやったことがあるかのような顔をしながらこなしていくのがストレスで。周りにはベテランのスタッフがいるし、俳優たちにテストで芝居をしてもらってから本番という段取りも自主映画ではやったことがなかったので、ふわふわした日々でした。仕上がるまで本当につらかったので、終わってから「あと2年ぐらいは(映画作りは)いいや」と思ってたんですけど、舌の根の乾かぬうちに作りたくて仕方がなくなって。現場は今と比べて相当荒かったですが、当時そこで起こっていたことをハラスメントと考えてはなかったと言いますか、気付いてなかったです。怒鳴るみたいなことは、その当時映画業界では当たり前に行われていたことだったと思うので。

──今振り返るとハラスメントだと思いますか?

大九 そうですね。映画の現場では撮影部、照明部、録音部、演出部、衣装部、美術部などいろいろな部署に分かれているんですが、チームの誰かが何かをやらかしたときに上司が怒鳴るというのは、いい画を撮るために仕方のないことという風潮が当時はありました。演出家が物を投げることがかっこいい武勇伝のように語られるなど、演出に対する厳しい目線とは関係のない暴力的で未熟な面が美徳として捉えられがちな業界だったと思うんです。実際には厳しさと暴力性をイコールで語るべきではないですよね。でも一般人として暮らしてきてポンッと映画という表現の世界に入った私は、怒鳴っている場面に遭遇しても「あ、こういうことなんだろうな」と思ってしまった。殴ったりしているところを見たら「ちょっと!」って思ったかもしれませんが、幸いにもそれは見たことがなくて。自分も怒鳴られたことはありますし、台本で頭をたたかれたこともあります。

深田 それはハラスメントというより暴力ですね。自分は映画美学校を出たあとに照明部のボランティアをしたことがあって。超低予算で1週間で撮らなければいけない作品だったんですが、ほぼ寝れないんです。最後の撮影は朝から30時間くらい続いて。それでもその現場では楽しいこともあったんですが、そのあとに美術の装飾助手をやったときは殴られる、蹴られる、罵倒され自尊心をボロボロにされる日々でした。自分はまだ20歳くらいで経験もなく、向こうからしても「使えないやつが来た」と思ったんでしょうけど。人生であれほどつらかった1カ月半はないというくらいつらかったんですが、それでもあのときはそれが当たり前だと思っていました。仕事ができない自分が悪いんだろうと。自分は監督になりたくて映画美学校に入りましたし、そのときにもらったギャラで自主映画を作るという道に進めましたが、もし美術などのスタッフとして映画業界でがんばっていきたいと考えていたら間違いなく辞めていました。

──現場でのそういった行為を異常と考えるようになったのはいつ頃からでしょうか?

深田 自主映画を作るようになったあと、劇団・青年団に所属して。青年団はセクハラ・パワハラに関する厳しい規約を文章化して共有していたんです。自分がいた映画の世界とはあまりにも違っていて、そこで「自分が受けていたのはパワハラだったのか」と知りました。演劇界でもセクハラ・パワハラが横行している中、青年団の厳しいルールを見て気付くことができて。本来当たり前のルールではあるのですが。あと、当時自分は4人でシェアハウスをして一軒家に住んでいたんです。今も自主映画を撮りながら美術の仕事をしている友人がいて、深夜にへとへとになりながら帰ってくる彼の愚痴を聞くのが日常だったのですが、その内容が本当にひどかった。まったく寝られないのでふらふらになりながら運転をしたら物損事故を起こしてしまい、それが原因で映画の撮影に遅れたらめちゃめちゃ怒られて、給料も12万くらいしかもらってなかったと思うんですが、そこからさらに車の修理代を引かれたとかそんな話で。そういう中でフランスなど海外の現場の話を聞くと、日本がいかにひどい環境にあるかを実感しました。

──なるほど……。大九さんはいかがですか?

大九 私はプロデューサーから「こういう作品をやりませんか?」とお話を持ち掛けられるたびに、どうやって面白い映画にしようかと毎回夢中になって考えています。その過程で、この俳優を出さないといけないからこういうシーンを書いてくれとか、いろいろなご都合を押し付けられるのがすごく嫌だったんです。それはパワハラではないかもしれませんが、「あなたに撮らせてあげるからこれはやってください」という圧力に感じることがありました。「私が面白いと思うものを作ります」「それは面白さの邪魔になるので嫌です」と毎回言い続けていて、そのうち現場での怒鳴り声は面白い映画を作るうえで邪魔ということがわかってきた。怒鳴り声の聞こえない現場のほうが私は機嫌よくいられて、伸び伸びと100%以上の力を発揮することができると。それに加えて深田くんのように声を上げている同業者を見て、今まで無意識的に排除しようとしてきたものに関してもはっきりと「嫌です!」と言っていい、むしろ言うべきなんだと気付かせてもらいました。

──お二方ともに制作現場では監督という非常に権力のあるポジションに立つことになりますが、ご自身がパワハラや差別をしないよう気を付けていることはありますか?

深田 できることはたくさんあると思うんですが、まだ大したことはできていないと考えています。監督に権力があるかと聞かれたら、間違いなくあります。日本は映画作りに本当に一生懸命なスタッフが多く、監督がダメでも周りが優秀であれば映画はできるとよく言いますが、いいスタッフほど監督が何をやりたいのかを丁寧に汲み取ってくれたりします。だから監督の一言はスタッフに大きな影響を与えるし、監督がやめない限り撮影は延々と続きます。どんなに低姿勢でいたとしても監督である時点でもう権力があるという前提で俳優やスタッフとコミュニケーションを取らなくてはいけない。具体的には、撮影前にパワハラ・セクハラの注意喚起をしたり。書面で行うこともあれば口頭で伝えるときもありました。次の現場では韓国での取り組みを参考に、撮影前にハラスメントの講習をやろうと思っています。この間、白石和彌さんの現場でも実施されていたみたいですね。

──「孤狼の血 LEVEL2」の撮影前に行われていました(参照:「孤狼の血II」現場でハラスメント講習導入、白石和彌「今日で負の連鎖を断ち切る」)。

深田 プロデューサーに計算してもらったら意外とお金が掛かるということがわかったんですが、これは必要経費と捉えるしかないですね。あとは当たり前なんですが、性的・暴力的なシーンは現場での思い付きではやらない。俳優が十分に考え断りやすい状況で提案するようにしています。自分の性格で言えば、とにかく下からお願いするタイプなので、1日何回すみませんって言うんだろうと自分で思うくらい謝っています。でも、どんなにへりくだっても監督に権力があることは変わりません。だからへりくだりすぎることはないと思っています。

大九 深田くんがすみません派なら、私はありがとう派です。1日何回ありがとうって言うんだとスタッフによくいじられるので(笑)。カットって言うのとセットになっていて、「カット~ありがとう」みたいな。何か言わなきゃと思ってるというよりは、本当にいつもありがたいなと思いながら現場にいますね。

日本の映画業界はそもそも人間にとって働きづらい

大九 深田くんの話を聞いていて、ハラスメントの講習は自分の組でもやっていきたいなと思いました。どれくらいお金が掛かるんですか?

深田 専門家の方を呼ぶ人件費と、場合によっては会場を借りなくてはいけないのでその費用です。韓国では韓国映画振興委員会(KOFIC)がその経費を出していて。法律で義務化されているわけではないんですが、ハラスメントが起きたときの社会の目が日本よりも厳しく、映画が撮れなくなったり公開できなくなったりする可能性があるので、韓国の現場の大半で行われているそうです。あとはパワハラ、セクハラ、異常な長時間労働に関する匿名の通報制度があって、情報が入ると現場に視察が入り撮影が止まってしまうリスクがある。韓国は日本よりも進んでいます。

大九 なるほどー。私は2019年10月に「甘いお酒でうがい」で台湾の高雄映画祭にお招きいただいたとき、企画内容と合わせて予算を伝えたら、「何日で撮ったんですか?」とびっくりした顔で聞かれて。撮休日入れて10日間と言ったら「それは違法ではないんですか?」と。短い日数で撮ったことを嬉々として話している自分がめちゃめちゃ恥ずかしくなってきて……台湾を見習って労働面の問題を改善できるようがんばっていきたいと答えました。監督は横のつながりが少なく自分の組のことしかわかってないことが多いので、国境を越えて映画の制作者と話し、そこで学んだことを現場に持ち帰るのは効果的だと思います。

深田 僕が台湾に行ったときは、日本映画やアニメが好きで日本語を話せる台湾の学生にアテンドしていただいて。台湾の映画業界についてここぞとばかりに質問したんですが、最低でも6週間くらい撮影期間を取るなど、全部日本よりちゃんとしているんです。セクハラは台湾でも多いらしいんですがそれは問題になっていて、一方で現場で殴ったり怒鳴ったりは見たことがないと。日本の現状をそのまま話したら、どんどん失望していくのがわかるんですよ。すごいなと思ったのは、例えば「助成金ってどうなってるの?」と質問したら、彼女はきちんと答えられるんです。国から製作費の何%まではもらえて、残りはこういった機関から集めて、撮影はこのくらいの日数でやるのが基本で、当然撮影保険にも入りますみたいな。それを全部映画学校で教わっているんです。でも日本の学生に助成金の質問をしても答えられない方は多いと思います。自分も学生時代そうでした。個々の意識を変えていくためには自助努力では限界があるので、ちゃんと制度を整えたうえでそれを映画学校で教えていくべきですよね、本来は。映画制作にあたっての抽象的な美学だけではなく、お金を集める方法や撮影保険の入り方など、実用的なことを教える環境を整えていかなければいけない。

──第72回カンヌ映画祭でパルムドールを受賞し、第92回アカデミー賞で作品賞を含む4冠に輝いたポン・ジュノの監督作「パラサイト 半地下の家族」では、週最大52時間の労働時間や最低賃金を保障する契約がスタッフと結ばれていたそうです。長時間労働と作品のクオリティの関係についてはどうお考えですか?

深田 自分がよく意識するのは、ハラスメントを含めた現場の労働問題と作品のクオリティの問題は切り離すということです。みんながちゃんと寝ていたほうが頭も冴えるし事故も起きにくいのは間違いないと思いますが、映画の神様は気まぐれなので、超劣悪な現場から世界的な傑作が生まれちゃったりもするんですよね。だからまっとうな労働環境のご褒美にクオリティがあるとしてしまうと、映画の面白さを劣悪な環境の免罪符にしてしまうことになります。あるベテランの映画監督が「3日くらい寝ないと見えてくる世界がある」みたいなことをインタビューで語っているのを読んだことがあって、「うわ……すごいな」と。

大九 すごいですねそれ。すごいというのはもちろんバカにして言ってるわけですけど(笑)。巻き込まれるスタッフがお気の毒だし、そんなの1人で寝ないでやればいいのにと思います。

深田 仮に朝まで撮影すれば撮りたいカットが十分に撮れて俳優の演技もよくなるかもしれないという状況だったとして、そこで徹夜をして得られる成果はドーピングだと思うようにしてます。クオリティは上がったとしても、それは本来得てはいけない不正な結果と言うか。そうは言ってもフランスや韓国と比べると自分も全然長い時間撮影をしてしまっているのですみませんという思いなんですが、遅くとも夜10時までには撮影を終わらせることをルールにしています。片付けや次の日の準備を考えると、夜10時を過ぎてしまうと帰れなくなるスタッフも出てくるので。これでもギリギリの遅さです。

大九 私もなるべく早く終わらせることは意識していますが、予算の都合もあって、「この日は帰れない」という無茶なスケジュールが組まれていたことはあります。朝日が昇るシーンを撮ったあと解散して、13時にまた集合みたいな。私が撮りたいカットと予算が合致していないということだと思うんですが、そこは合致させて撮影しなければいけないなと。睡眠時間を確保して労働することは、映画人である前に人間としての基本的人権ですし、守っていかなければならないなと思います。

深田 基本的人権という意識は本当に大事で、今の日本の映画業界って女性が働きづらいだけでなく、そもそも人間にとって働きづらい環境なんです。2日間徹夜なんて誰にとっても不幸ですよね。そして男性よりも体力的に不利な場合の多い女性のほうが辞めていってしまうという。まずは人間が働きやすい環境を整えたうえで、それに加えてさらにジェンダー差別下にある女性の働きやすさを改善していかなければいけなくて、つまり日本の映画業界はスタートラインにさえ立てていないんです。あと若い監督さんに気を付けてほしいと思うのは、監督として現場に入ると撮影に必死になるので、疲れなくなるし、眠くなくなるし、おなかも空かなくなるということ。自分はこれを「ディレクターズハイ」と呼んでますが、周りのスタッフは疲弊しきっている可能性が高い。スタッフは、監督のやりたいことをやらせてあげたいと思っていることが多いので、監督がOKと言わない限り深夜まで撮影は続きます。なので、監督は周りのスタッフがどういう状態にあるのかに目を向けてください。もちろん監督の努力だけで解決する問題ではなく、助成金含めて支援の仕組みが必要です。そうしないと結局は資本力のある映画会社しか映画を作れなくなってしまうので。

被害者がいかに不利益を被らないかを考えなければいけない

──大九監督に伺いたいのですが、女性の映画監督ということを理由にオファーが来た経験はありますか? 「女性ならではの繊細な表現」といった映画の感想を目にすることもあると思いますが、どうお考えでしょうか?

大九 昔はよく「女性監督にお願いしたかった」と言われて、「この人は女というだけで個性だと思ってるんだ。ラッキー」くらいに思っていたんですが、本数を重ねてくると何言ってるんだろうという気持ちになってきました。最近はそんなことをおっしゃるプロデューサーはいませんが。「女性ならではの視点で描かれている」という感想については、憤りや怒りはないです。女であることを意識して映画を作っているわけではありませんが、私自身は女としての人生しか歩んでいないので、観た人がそう感じることもあるのだろうなと。映画を観て論ずることを仕事としている方がそういう感想を書いていたら、「まだそんなこと言ってるんだ」と思うかもしれませんが(笑)。例えば海外の映画祭で日本の映画が上映されたときに「日本人的な感覚」「東京を感じます」といった表現が使われることもあるわけで。それと同じような感想として捉えています。

深田 批評も感想も自由なので、観た方がそう感じたのであれば僕もそれでいいと思っています。ただ、女性と男性の監督の数が同じだったらそういう批評って減るだろうなと。「男性ならではの」という感想があまり出ないのは、監督が男性であることが当たり前になってしまっていて感想として成り立たないからですよね。海外だと日本映画はマイノリティだから個性に見えてくる。これはあらゆることに通じていて、同性愛のキャラクターを出すと「なぜこの人物は同性愛者なんですか?」という質問が出てくるんです。でも「なぜこの男性と女性は恋愛をしてるんですか?」という質問は出ません。今後、同性愛が社会にとってもっと当たり前な存在になればそういう質問は減っていくし、映画監督としてはコツコツ表現を重ねてそんな社会を目指していきたいと思っています。

大九 深田くんのように、こういった話を積極的に発信している監督のことは本当に尊敬しています。私はSNSで意思表示をすることが得意ではありませんが、映画のイベントでスピーチのタイミングがあるときは映画人の端くれとして意見を言うようにしていて。ミニシアターでのハラスメント事件などが発生している中、映画監督が何も知らないかのような顔でいるのはすごく違和感があるので、第33回東京国際映画祭では思っていることをお伝えしました(参照:のん「私をくいとめて」で演じる楽しさ再確認、女優業は「自分の生きる術」)。しゃべるのが下手であるとか、芸術家として物を作ることが仕事だと考えているとか、それぞれ事情はあると思いますが、オフィシャルな場で問題から目を背けたことしか言わないのは監督として何かが足りてないと感じます。業界にたくさん先輩がいる中ですごいことを言っちゃってるかもしれませんが……足りてない気がします! 監督という職業を背負っている限りは、苦手だとしてもがんばって言っていこうと思っています。

深田 (拍手)。人や仕事との関係性もあるので何を言って何を言わないのかは難しいですが、しつこく発言していかないと環境は思っている以上に変わっていかない。フランスの映画祭で賞をいただいたとき、ここぞとばかりに日本とフランスが合作協定を結べていないことについて話したことがあります。早口すぎて通訳が間に合わず、みんなポカーンとしていましたが(笑)。東京国際映画祭での大九さんは本当にかっこよかったです。

大九 うれしい。ありがとうございます。

深田 ハラスメントのいろいろな問題と向き合ってきて思うのは、被害者がいかにその後不利益を被らないかを考えなければいけないということ。加害者の人権は大切ですし、ネットリンチは絶対ダメですが、しかし加害者に知名度や社会的地位があると、世間の批判は可視化されやすくて、被害者が失ったものよりも加害者が失ったもののほうがより大きく見えやすくなる。だからこそ被害者の保護を考えなければいけないんです。ハラスメントを受け業界に失望して辞めていった人がたくさんいる中で、その方たちが戻りたいと思える環境に今もまだなっていないことはすごく残念だなと感じます。

──今日お話を聞いていて、お二方とも監督という権力のあるポジションにすごく自覚的なんだなと思いました。「私をくいとめて」ではお茶出しをするみつ子に多田と澤田がお礼を言う寄りのカットが使われていて、「本気のしるし」では浮世がとにかく周囲の人に謝っていますが、大九さんは「ありがとう」、深田さんは「すみません」が口癖であることとつながっているのかなと想像してしまいました。

大九 あははは。どうなんだろう?(笑)

深田 浮世にイライラするという感想を見て、自分もそう思われているのかなと思ったりはしました(笑)。自己弁護のために言うと、「ありがとう」も言いますからね。「すみません」は多いですけど。

大九明子(オオクアキコ)

1968年10月8日生まれ、神奈川県出身。1997年に映画美学校第1期生に。1999年、「意外と死なない」で映画監督デビューした。以降「恋するマドリ」「ただいま、ジャクリーン」「でーれーガールズ」「美人が婚活してみたら」「甘いお酒でうがい」などを手がける。2017年公開作「勝手にふるえてろ」で東京国際映画祭の観客賞を獲得。2020年公開作「私をくいとめて」で東京国際映画祭初2度目の観客賞と、第30回日本映画批評家大賞の監督賞を受賞した。

深田晃司(フカダコウジ)

1980年1月5日生まれ、東京都出身。1999年に映画美学校に第3期生として入学。2005年に劇団・青年団に演出部として入団し、その後「ざくろ屋敷 バルザック『人間喜劇』より」「東京人間喜劇」「歓待」「ほとりの朔子」などの作品を発表する。2016年公開の「淵に立つ」では、第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員賞を受賞。新作の「本気のしるし 劇場版」は第73回カンヌ国際映画祭の「Official Selection 2020」に選出された。

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