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深刻な社会問題を“サスペンス”の手法で描く。衝撃作『ジュリアン』監督が語る

ぴあ

19/1/25(金) 6:00

『ジュリアン』 (C)2016 - KG Productions - France 3 Cinema

第74回ヴェネチア映画祭で銀熊賞を受賞した映画『ジュリアン』が本日から公開になる。本作は家庭内暴力によって崩壊した元夫婦の間を行き来する息子ジュリアンを主人公に、息詰まる状況を描いたサスペンス映画だが、脚本と監督を務めたグザヴィエ・ルグランは「どの視点から物語を語るのかが最も大きなテーマでした」と振り返る。第三者の視点からDV問題を告発する映画でも、娯楽的なサスペンスでもない絶妙な視点と語りはどのようにして生まれたのだろうか?

グザヴィエ・ルグランはフランス国立高等演劇学校出身で、舞台俳優として活躍し、映像の世界にも進出。2012年に初めて監督として短編『すべてを失う前に』を完成させ、“フランスのアカデミー賞”と称されるセザール賞で短編映画賞を受賞している。この短編もDVの問題を扱っているが、ルグラン監督は事前に入念なリサーチを重ねて、初の長編映画でも同様の題材を選んだ。

本作の主人公ジュリアンは11歳の少年で、父アントワーヌと母ミリアムは裁判所で離婚調停を行なった。判事の前でミリアムはジュリアンが父のことを嫌っており、二度と会いたくない旨の陳述書を提出し、数年前にジュリアンの姉がアントワーヌに暴力をふるわれた診断書を提出するが、裁判所は共同親権を認めて、ジュリアンは週末には父と共に過ごすことになる。息子を愛しているが、すぐ感情的になるアントワーヌは家族から嫌われ、怒りが重なっていき、ジュリアンは恐怖を感じながらも父から母を守ろうと躍起になる。崩壊した家族の緊張は少しずつ高まっていき、ある日、想像を絶する事件が起こる。

「フランスでは3日に1人の割合で女性がDV被害で亡くなっている現実があります。何とかしてこのような惨事が起こる前に手立てがあればと思うのですが、実際には警察は何もしてくれないですし、女性や子どもはいつも危険と隣り合わせの状況にいるのです」と語るルグラン監督は、本作を“あえて”サスペンスの形式で描くことを選んだ。「このような手法で描くことで、作品のテーマから遠ざかってしまうリスクはありました。しかし、サスペンスというのは現実と特別な状況の境界線を描くものですから、この手法には意味があると思ったのです」

監督が語る通り、『ジュリアン』ではサスペンス的な演出が随所に見られ、映像だけでなく音響効果も駆使して緊張感が徐々に高まり、恐怖が積み重なって“すべてが爆発する瞬間”に向けて進んでいく構造になっている。その一方で本作では“恐怖の対象”である父親の造形に細心の注意が払われている。「そこは大事なポイントでした。この父親の振る舞いを正当化したいとはまったく思いませんが、彼を“モンスター”ではなく、ひとりの人間として良い面も悪い面もちゃんと描きたいと思いました」

そのため、本作ではアントワーヌが家族に執着し、怒りをうまく制御できない“父親”であるだけでなく、家族とどのように愛情を育んでいいのかわからないままに成長した“子ども”としても描かれる。「シナリオを執筆する段階からその点は決めていました。父親が暴力的な人間になってしまったプロセスこそが大事だと思ったからです。ですから、どんな幼少期を過ごし、どんな家庭環境にいたのかを描きましたし、怒りが積み重なっていくことで彼自身も苦しんでいることを描いています」

父である男も苦しみ、母である女も、両者の間に立たされた幼い子もまた苦しんでいる。しかし、状況は止められない。“DV被害は許せない”と声をあげるだけなら、“恐ろしい男が襲ってくる恐怖”を描くだけなら、この物語はもっと単純でシンプルなものになっただろう。しかし、ルグラン監督は「単なるホラー映画ではなく、家族の複雑さや困難を描きたかった」と語る。

「だからこそ、脚本執筆の段階から“どの視点から物語を語るのか?”が最も大きなテーマでした。家族を描いた物語ですから観客の方に感情移入して観てもらいたいのですが、同時に客観性も持ってもらいたい。そこで映画の冒頭に裁判所のシーンをつくり、まず第三者の眼で物語を見てもらい、家庭の外側に観客を据えて、物語が進むごとに視点が家庭の内部に移っていって、ジュリアンたち家族が体験することを観客も一緒になって体験してもらう構造にしました。そして結末では“ある仕掛け”をして再び視点が家族の内側から一歩外に出て、距離をもったところで終わるようにしたわけです」

観客は自分がジュリアンと同じ場所にいるような緊迫感を味わいながら、上映後には家族をめぐる問題、家庭内暴力をめぐる問題について考えをめぐらせることになるだろう。さらにルグラン監督は映画のいくつかの場面で“この家族に対して、観客のあなたは何ができるだろうか?”という問いを入れ込んでいる。これはどこか遠い世界の、自分には関係のない問題ではないのだ。

「もし隣人としてこのような状況に立ち会ったのならば、困った人を助けなければならないし、介入することを恐れてはいけないと私は思います。それが仮に“愛情の裏返し”であったとしても家庭の中での暴力は許されないことなのです。ですから、私は国や権力はこの問題に介入するべきだと思いますし、隣人は告発をするとか何らかの手立てを打つべきだと思います」

『ジュリアン』
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