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毒々しくも優しい“歌舞伎町ファンタジー” 『初恋』は三池崇史が観客に送る人生への応援歌だ!

リアルサウンド

20/3/8(日) 10:00

 三池崇史は何でも撮ってしまう職人監督だが、一方で愛すべき優しい物語を作る。そういうときの三池崇史の映画は、ちょっと首が飛ぶことはあれど、誰かへの応援歌であり、熱くて優しい浪花節だ。『初恋』(2020年)も、ベッキーがブチキレてバールを振り回し、内野聖陽がドスで人を叩き斬り、染谷将太がシャブでラリってしまうが、三池崇史なりの優しさが詰まっている。

参考:映画『初恋』でヒロインに抜擢 小西桜子が明かす、2作連続共演となった窪田正孝から学んだこと

 天涯孤独で無気力な、しかし若さと可能性を秘めたボクサーの葛城レオ(窪田正孝)は、ある日、突然に脳腫瘍が見つかって余命宣告を受ける。目前に迫る死に、ただ茫然として歌舞伎町を歩くレオは、何者かに追われている少女・モニカ/桜井ユリ(小西桜子)と出会う。レオは咄嗟にモニカを追う男を殴り倒すが、モニカは覚醒剤の幻覚を見てパニックに陥っていただけだった。そしてユリの背後では、悪徳刑事、ヤクザ、チャイニーズ・マフィアの思惑が渦巻いていて……。

 新宿歌舞伎町、それは最後のフロンティア……1990年代から2000年代にかけて、そういう時代が確かにあった。東洋一の歓楽街と呼ばれ、青龍刀事件などの実際に起きた血なまぐさい出来事によって“幻想”が付与されたのだ。歌舞伎町は多くの作家を刺激し、『不夜城』『新宿鮫』『殺し屋1』『HEAT-灼熱-』『龍が如く』『歌舞伎町の女王』などなど、いわば“歌舞伎町ファンタジー”と呼ぶべき作品を生み出した。ここまでメディアミックス(?)された街は日本では他にないだろう。

 そして三池崇史という映画監督は、歌舞伎町ファンタジーの巨匠である。先に挙げた『殺し屋1』(2001年)も『龍が如く 劇場版』(2007年)も手がけているし、『黒社会』シリーズ(1995年~)や、伝説の映画『DEAD OR ALIVE 犯罪者』(1999年)も舞台は新宿歌舞伎町だ。しかし2020年、現実の歌舞伎町には、もはや“あの頃”のような幻想はない。三池崇史もそのことは重々承知なのだろう。本作では何度もヤクザや抗争といったものを「もうそんな時代じゃないんだよ」と登場人物の口を通じて語らせる。ところが台詞とは裏腹に、物語は黒社会、暴力、痴情のもつれ、金、狂気、そして夜の街を逃げる人生がドン詰まった男と女と、ノスタルジーを感じるほどに“あの頃”の歌舞伎町ファンタジーの王道を進む。もちろん三池崇史らしさも全開。アクション、人体損壊、こてこてのギャグ、アニメシーンの挿入、予算不足を補う工夫などなど……。特に代表作の一つ『オーディション』(1999年)のセルフパロディにも見える「布」を使ったおぞましいシーンから、それを極々自然にギャグに繋げ、遂には暖かいシーンにしてしまう離れ業は三池崇史にしかできないだろう。

 何より、本作は三池崇史が昔から持っている優しい視点と、青春映画的な側面が魅力的である。いつ死んでもおかしくないレオと、人生に絶望しているモニカ。この2人の若者に対して、三池崇史は厳しい戦いを課すのと同時に、その先にあるものをハッキリと明示する。『大阪最強伝説 喧嘩の花道』(1996年)や『クローズZERO』(2007年)でも、三池は何かと戦い続けるエネルギッシュな若者にエールを送ってきた。今回のラストカットでは、これらの映画より一歩踏み込んだ、より具体的なメッセージが描かれる。かつて哀川翔と竹内力の気合が暴走したせいで地球が消滅する映画を撮っていた人とは思えない、驚くほど静かで地に足の着いた、しかし希望に満ちたラストカットは必見だ。“あの頃”には戻れないが、“あの頃”があったから今がある――そんな三池崇史の円熟を感じさせる名シーンであり、『初恋』というタイトルに相応しい。

 たしかに本作は人が死ぬ。首が飛ぶ。腕がもげる。しかし、暴力に次ぐ暴力にも関わらず、映画全体の印象は驚くほど優しい。エネルギッシュでギラついていた “あの頃”はすでに終わっているし、決して戻ることができないという現実を描きながら、一方で“あの頃”のような熱気を持って、一歩だけ踏み出してみないかと優しく語りかけてくるようだ。もちろんその先には、ブチキレたベッキーをはじめとする過酷な試練が待っているわけだが、昨日は持てなかった希望を見出せるかもしれない。本作は毒々しくも優しい歌舞伎町ファンタジーであり、三池崇史が観客に送る人生への応援歌である。鬼才の集大成にして、新しい代表作の誕生だ。(加藤よしき)

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