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白石和彌が「主戦場」上映中止に映画人として抗議、緊急会見レポ

ナタリー

19/10/29(火) 21:19

白石和彌

第25回KAWASAKIしんゆり映画祭2019が慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー「主戦場」の上映を見送った件を受け、若松プロダクションが同映画祭で上映予定だった製作・配給作品「止められるか、俺たちを」「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の出品取り止めを発表。「止められるか、俺たちを」の監督である白石和彌、脚本を手がけた井上淳一が本日10月29日に東京・シナリオ会館で記者会見を開いた。

NPO法人のKAWASAKIアーツが主催し、事務局を運営するしんゆり映画祭は、ボランティアを含む市民スタッフが企画・運営の中心を担う市民映像祭。共催には予算1300万円のうちおよそ600万円を負担する川崎市のほか、川崎市アートセンター(川崎市文化財団グループ)、川崎市教育委員会、日本映画大学、一般財団法人の川崎新都心街づくり財団、昭和音楽大学が名を連ねており、2019年で25回目の開催を迎えた。「主戦場」を含む本年度の上映プログラムの選定は、発案者によるプレゼンテーションと映画祭スタッフ約70人全員による投票という手続きで選ばれている。

「主戦場」は日系アメリカ人の映像作家ミキ・デザキが監督を務めた作品だ。慰安婦問題における論争の中でさまざまな疑問を抱いた監督自身が、日本、韓国、アメリカで渦中の人物たちを訪ね回り、イデオロギー的に対立する主張の数々を検証、分析していくドキュメンタリーとなっている。4月20日より全国で順次公開されているが、5月30日時点で「映画『主戦場』に抗議する出演者グループ」が「その製作過程や内容に著しく法的、倫理的な問題がある」とし、上映中止を求める抗議声明を発表。6月19日には、出演者である藤岡信勝、ケント・ギルバート、トニー・マラーノ、藤木俊一、山本優美子の5人が上映差し止めと計1300万円の損害賠償を求め、デザキと配給会社の東風を東京地裁に提訴している。訴状によると、藤岡らはデザキから大学院の卒業制作を目的としてインタビューを依頼され撮影に応じたが、商業映画として一般公開されたと主張。内容も中立的でなく、撮影時の合意に違反するとしている。

映画祭における「主戦場」の上映見送りは、朝日新聞が10月24日夜に「慰安婦問題扱った映画、川崎市共催の映画祭で上映中止に」と報じたことで明らかになった。東風によれば、映画祭の事務局から6月時点で上映の打診があり、その後、8月5日午前に上映会申込書が提出されたという。しかし同日午後には、川崎市市民文化局の職員が「『主戦場』を上映することで映画祭や川崎市が、映画の出演者の一部から訴えられるのではないか。そのような作品を川崎市が関わる映画祭で上映するのは難しいのではないか」と懸念を抱いていることを事務局から伝えられ、東風と映画祭で話し合いの場も設けられたが、9月9日付で正式に申し込みを取り消す文書が届いた。東風は、この事態を容認できず映画祭と共催団体に対し「映画『主戦場』上映中止撤回へのご協力のお願い」と題した文書を9月14日付で提出。だが事態は変わらず、「主戦場」は9月19日の上映プログラム解禁時点でラインナップに含まれなかった。

「主戦場」を巡る一連の報道を受け、映画祭は「『主戦場』上映見送りについて」と題した声明を10月27日に発表。映画祭内部でも賛否両論があったこと、「表現の自由の萎縮」を加速させたことに触れつつ、経緯を「作品をとりまく提訴の状況も踏まえて、一旦は上映の申し込みを進めていくことを判断しましたが、共催者の一員である川崎市からの懸念を受けました。上映時に起こりうる事態を想定し、私たちができうる対策を何度も検討した結果、今回は上映を見送らざるを得ないと判断をさせていただきました」と説明している。ほぼすべての運営を学生や主婦、会社員などからなる市民ボランティアで行っていることから、主に「映画館での妨害・いやがらせなど迷惑行為への対応を市民ボランティアで行う事には限界があること」「市民ボランティア自体の安全の確保や、迷惑行為などへの対策費が準備されていないこと」「お客さま等との連絡がとれなくなること」といった運営面での課題を理由に「自信をもって安全に上映を行うことができない」と判断を下した。

翌28日に東風は、この声明に対する見解を公開。8月の話し合いの場では、川崎市が示した「懸念」が「明示的ではない言い回しで」「メールや文書などの証拠が残らないかたちで」「しかし、かなりの強さをもって」いたことから、映画祭も対応に苦慮していた事実を明らかにし、「運営面での課題」を理由に上映を見送ったという発表は「問題の本質をすり替えること」と指摘した。また「現に『主戦場』は全国50館以上の様々な劇場で上映されていますが、これまで大きな混乱は一切ありません」と映画を取り巻く状況を説明し、映画祭と共催団体に対し「当初の計画通り上映されるように、それぞれの責任において行動することを願ってやみません」と求めている。

同日に若松プロは白石と井上との連名により、「主戦場」へのしんゆり映画祭と川崎市の対応に抗議する形で「止められるか、俺たちを」「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の計4回の上映取り止めを発表。彼らは市の「懸念」から上映見送りに至った流れを「公権力による『検閲』『介入』」とし、映画祭の判断も「過剰な忖度により、『表現の自由』を殺す行為に他なりません」と捉えている。そして今回の騒動を国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」における「表現の不自由展・その後」の一時中止と文化庁が決定した補助金不交付、文化庁所管の独立行政法人 日本芸術文化振興会が助成金支援を決めていた映画「宮本から君へ」への交付内定を出演者のピエール瀧が麻薬取締法違反で有罪判決を受けたことで取り消した問題と「延長線上にあることは疑いようがありません」と位置付けた。

彼らは声明の中で「このようなことが続けば、表現する側の自主規制やそれを審査や発表したりする側の事前検閲により、表現の自由がさらに奪われていくことになる」と現状を危惧。「観客から映画鑑賞の機会を奪う」ことへの苦慮もあったが、「今ここで抗議の声を上げ、何らかの行動に移さなければ、上映の機会さえ奪われる映画がさらに増え、観客から鑑賞の機会をさらに奪うことになりはしないでしょうか」「同じ映画の作り手として声を上げなければ、我々もまた『表現の自由』を殺す行為に加担したことになってしまうのです」と上映取り止めに至る経緯を報告している。

会見で白石は「映画制作者として、上映する機会をなくすのは本当につらい」と現在の心境を述べつつ、「あいちトリエンナーレ2019」の事例に触れる。「国や関係する自治体からの“懸念”により、表現の場が失われている流れが大きくある中で、今回の『主戦場』の問題を知りました。この流れに異議申し立てをして問題提起の1つとして上映取り止めもあるのではないか。表現の萎縮の連鎖を表現者として止めなければいけない」と思い至り、井上、若松プロのスタッフと話し合いを重ねたことを明かす。映画祭側からは、最初の報道の前に「主戦場」上映見送りに関するニュースが出ることを伝えられていたという。

「川崎市が“懸念”を示した」という報道を目にしたときの率直な思いを、白石は「映画に関わる人間としてすごく悔しかった」とコメント。「日本における製作委員会のシステムになぞらえると、予算のおよそ半分を出しているところの言葉は非常に重みがある。それは映画祭も萎縮してしまうよな……と感じました」と述べる。井上も「懸念を示すハードルが随分下がってしまった。これは一気に加速する。今回は『主戦場』の上映が決まっていたから問題が表面化しましたが、今後は企画段階で『この作品はまずい』『ちょっと政治的な作品を避ける』となってしまう。映画祭だけでなく、文化庁に助成金を申請する映画もそうなっていく」と今後への不安を口にした。

井上は、川崎市が最初に示した「懸念」の日付が8月5日であることを指摘。「表現の不自由展・その後」の中止が8月3日で、その報道が盛り上がっていた時期であることから「市が慰安婦に関する映画に懸念を示したのではないか」と推測する。映画祭が理由に挙げた「運営面での課題」に関しても、「あいちトリエンナーレ2019」との類似を示し「一番遠いところにあるリスクを持ってきて中止にするお客さんファーストの考え。忖度や自粛、自主規制という名の無自覚な表現の自由の放棄が一番の問題。せめて自覚的である我々がこうして声を上げ、何かほかの人たちにも伝播していけば」と声明および会見の意図を語った。

もともと上記の2本は、プログラム「役者・井浦新の軌跡」の中で上映予定だった。白石は、井浦新本人とも声明をリリースする直前まで密に連絡を取り合っており、今回の決断は井浦の理解を得ていることを説明。また井浦自身も公式Twitterで出演作「赤い雪 Red Snow」「ワンダフルライフ」が映画祭で上映されることに触れながら、「多様な映画が集まるべき映画祭だからこそ講義(原文まま)や行動もそれぞれの形があって良いと思っています」「一部の人たちの忖度によって起きたこの結果に正直身を引き裂かれる思いです。だからこそ自分は参加することで問いたいと思います」とコメントを発表している。

白石は監督という映画人としての立場から、しんゆり映画祭への思いを「25回も川崎という街で映画祭を続けている。映画を愛してるに決まってるし、映画祭を運営している方たちも映画人なんです。映画人は映画を守るべき。だからこそプライドを持ってほしいし、それが見えないから僕たちは怒っている」と告白。映画祭という場の重要性を説きながら、「僕たちはどんなに貧しい予算でも、映画を愛して上映してくれるならどこまでも行く。どんな圧力を受けたにせよ、そこで映画のために闘ってくれる姿勢が1mmでも見えたとしたら、僕たちはどんなことがあっても闘うし、背中を押します。だからこそ映画を守ってほしい。映画を守るなら、僕らは映画祭を守るし、映画館を守る。一緒に闘います。その気持ちがあれば『主戦場』も上映できたと思います」と続けた。

会見の終盤には、東風の代表を務める木下繁貴も席上へ。現在も映画祭に上映を求めていることに関して「中止されたままだと、表現の自由の問題はもちろん、作品にとっても非常に悪い前例になってしまう。こういう問題が起こったとき、ちゃんと言葉にして伝えていかないと本当に自由がなくなる。私たちとしてもきちんと闘っていきたい」とコメントした。井上も「今後も第2、第3のしんゆり映画祭問題が起こるかもしれない。僕たちはこうして声を上げてボールを投げた。何か忸怩たる思い、もしくは怒りを抱えている人はいるはず」と述べる。最後に白石は、例え「主戦場」が同じ主題を扱いながら真逆の主張をしていたとしても行動を起こしたことを付言し「これは誰しも対岸の火事として見ていられる問題ではない。もはやみんなで考えてしゃべっているだけでは手遅れになる。SNSでツイートするだけでは、声を上げたことにならない。何か動き出すときがきていると思います」と語り、会見を締めくくった。

「表現の自由への萎縮」を加速させてしまう事態を招いたことを重く受け止めたしんゆり映画祭は、明日10月30日に入場無料のオープンマイクイベント「しんゆり映画祭で表現の自由を問う」の開催を緊急決定。「主戦場」は映画祭での上映見送りに伴い、11月4日に神奈川・日本映画大学 新百合ヶ丘キャンパスで「日本映画大学ドキュメンタリーコース公開講座 作品研究『主戦場』 シンポジウム『表現をめぐって──芸術と社会』」と題した上映付きイベントが行われる。こちらはすでに定員に達し、申込み受付は終了しているためご注意を。さらに若松プロも「止められるか、俺たちを」「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の無料上映とティーチインを、それぞれ11月1日と4日に神奈川・麻生文化センターの大会議室で実施する。

第25回KAWASAKIしんゆり映画祭2019は、神奈川・川崎市アートセンターで11月4日まで開催される。

第25回KAWASAKIしんゆり映画祭2019 オープンマイクイベント「しんゆり映画祭で表現の自由を問う」

2019年10月30日(水)神奈川県 川崎市アートセンター
開場 18:30 / 開始 19:00 / 終了 21:00(予定)
<登壇者>
中山周治(しんゆり映画祭代表) / 大澤一生(ノンデライコ代表) / 纐纈あや(映画監督) / 市民スタッフほか

日本映画大学ドキュメンタリーコース公開講座 作品研究「主戦場」シンポジウム「表現をめぐって──芸術と社会」

2019年11月4日(月・祝)神奈川県 日本映画大学 新百合ヶ丘キャンパス 大教室
開場 13:00 / 開演 13:30 / 終演 17:30
<パネリスト>
ミキ・デザキ / 綿井健陽(ジャーナリスト、映画監督) / 中山治美(映画ジャーナリスト) / 安岡卓治(映画プロデューサー、日本映画大学教授)
※定員に達しているため、申込み受付は終了

「止められるか、俺たちを」無料上映&ティーチイン

2019年11月1日(金) 神奈川県 麻生文化センター 大会議室
整理券配布 16:45 / 開場 17:45 / 開映 18:00
<登壇者>
白石和彌 / 井上淳一 / 辻智彦(撮影)

「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」無料上映&ティーチイン

2019年11月4日(月・祝) 神奈川県 麻生文化センター 大会議室
整理券配布 16:45 / 開場 17:45 / 開映 18:00
<登壇者>
白石和彌 / 辻智彦

※記事初出時、11月4日のイベント内容に誤りがありました。お詫びして訂正します。
※記事初出時より、11月1日、4日の登壇者が追加されました。

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