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みうらじゅんの映画チラシ放談

『甦る三大テノール 永遠の歌声』 『ジャスト6.5 闘いの証』

月2回連載

第52回

『甦る三大テノール 永遠の歌声』

── 今回の1枚目は、『甦る三大テノール 永遠の歌声』です。

みうら 僕、これのいわば前作と言っていいのかな? 三大テノールのひとり、パヴァロッティのドキュメンタリー(『パヴァロッティ 太陽のテノール』(19))をこの前観に行ったんですよ。『甦る三大テノール』といい、渋谷のBunkamuraは今、パヴァロッティに賭けておられるんですかね? それまで僕はパヴァロッティという人がお亡くなりになっていたことも知らないくらい無知だったんですけど。

── どうしてパヴァロッティに興味を持たれたんですか?

みうら Bunkamuraのホールには、ボブ・ディランのコンサートで何度か行ったことあるけど、映画館は行ったことがなかったんです。

ただ、こないだ友人の親の葬式がありましてね。基本葬式って突然ですから、喪服がどこに行ったのか分からなくて、慌てて探してみたんですけど、なかなか見つからなかったんです。訃報を聞いてから2日後に葬式だったので、これはヤバいと思って、家と事務所の衣装棚をひっくり返して、ギリギリ喪服に見えるだろうっていう黒い服を探し出したんです。

ジャケットは黒いものがありました。ズボンは1本だけ、すごく光沢があるけど黒いのしかなくて、仕方がないのでそれで上下を揃えたんです。靴下は、革靴の箱に洗濯もせずに残ってたんですが、前回葬式に行ったときから入ってたんでしょうね。そこで1度寝ようとしたんですけど、白いシャツがあったかどうかが気になって、また起き出して探したんです。そうしたら喪服用のシャツなんてなくて、何だかすごく襟がデカかったんです。

コレはどうかなと思いながら、そのニワカの喪服を着て鏡の前に立ってみたんです。そうしたら、昨今の自分のシロナガス・ヒゲブームも手伝って、鏡に映った姿を見て、これは完璧に三大テノールじゃないかと。ステイホームで太ったパッツンパッツンの腹と、襟のデカいカッターシャツと、伸ばしたヒゲの組み合わせがね。

── 図らずもコスプレになっていたんですね。

みうら そうなんです。葬式は今はマスク着用なので、ヒゲは隠れるからパヴァロッティ感は出さずに済んだんですけど。そのとき、ふとBunkamuraでドキュメンタリーをやっていたのを思い出して翌日、早速観に行きました。そのときにようやく、僕が無意識に似せていたのはこのルチアーノ・パヴァロッティさんだったと分かったんです!

人生で一度もオペラに興味を持ったことがなかったから“喪服テノールの人”という一点で観ていたんですが、そのドキュメントを観て驚きましたね。この方、オペラだけじゃなく、クイーンのブライアン・メイとかU2のボノとか、ロックの人とかとも融合してコンサートをしていたんですね。

あと、この人ってバツイチなんですけど、映画の初っ端から最初の妻が元夫のことを語り出すんです。もうパヴァロッティはお亡くなりになってますけど、以前にザ・バンドの映画のときにも言ったように、別れたのに笑顔で元夫のことを語っていらっしゃる。ああ、これはロックだな、ロックなテイストの人なんだと思ったんですね。

そのドキュメンタリーの副題にあった“太陽のテノール”という表現もそのとおりで、すごく明るく、人柄が良かったみたいですね。笑顔もすごくいいんです。その映画を観て、僕は初めてグッと来てしまいましてね。たまたま喪服姿がパヴァロッティさんに似てしまっただけだけど「今後からはもう、寄せていこう!」と思ったんです。

── 突然、人生の目標ができたみたいですね(笑)。

みうら はい。そのためには当然『甦る三大テノール』も観なくちゃいけないでしょ。

もちろんパヴァロッティさんの単独ドキュメンタリーにも、三大テノールのことは出てきてました。この真ん中の人(ホセ・カレーラス)が病気になって入院しているときに、パヴァロッティさんが訪ねてきて、「お前がいないとライバルがいなくなって困るぜ」みたいな粋な台詞を吐いて復活させて、そこから三大テノールが始まったっていうんですよ。だからこれは、友情の話だと思います。このお三方の中でどのテノールになりたいか? 観る方は一度考えてみるのはどうでしょうか。

── “心に響く音楽”と書いてありますけど、パヴァロッティの歌はどうでしたか?

みうら 映画を観終わって家に戻ってからまた鏡の前に立って、一応、般若心経をテノール気味に唱えてみたんです。声はデカい方なんですが、到底敵いませんでしたね。今後また葬式があったら、もうちょっと練習をして、読経するお坊さんに合わせて般若心経をテノール気味に歌ってもいいかなとは思ってるんですけどね。

『ジャスト6.5 闘いの証』

── 次の作品はイラン映画の『ジャスト6.5 闘いの証』ですね。

みうら 最近“老いるショック”でもの忘れが多いんですよね。あの、“マッドドッグ”とかいう人が出てくる映画って何でしたっけ?

── 『ザ・レイド』じゃないですか? インドネシアのアクション映画ですよね。

みうら それです! あれもチラシを観て、渋谷パルコの横にあった映画館に観に行ったんですけど、情報もほとんどなくもう何者かさっぱり分からない状態だったじゃないですか。まずインドネシアの映画を観たこともなかったし、どんなストーリーかも予想がつかない。逆に言うとそれが魅力的で観に行ったんですけどね。

中学1年のときにね、初めてブルース・リーの『燃えよドラゴン』を観に行ったときと同じ気持ちでした。その頃は香港映画自体、まだ日本の映画館ではかかってなかった時代だったし、自分も当然観たことなかったですし、ブルース・リーっていう人が何者かも知らずに初日を迎えたんですよね。初日なのに客もまばらで、最初の「アチョー!」が出たところで、少ない客席から笑いが起こったくらいです。

トーナメントのシーンで、ブルース・リーが飛び上がって眉間をハの字にしてスローモーションで顔がアップになるところ。今ではグッとくるシーンですがね、どう対処していいか分からずで。でも、映画が進むにつれ「これはかなりカッコいいのかも」って思い始めて、最終的にはすごい衝撃を受けたんですよね。

結局、その日、同じ映画館に最終上映までずっといたんですよ。新しい価値感にシビれてしまって。

── 当時の映画館は、同じ映画を繰り返しやっていて、ずっと観てられましたよね。

みうら そうなんです。『燃えよドラゴン』の新しい価値感は当然その後話題になって、大ヒットしたんですけど。でも何も知らないときの“初見ロール”のパワーってすごいですよね。

この『ジャスト6.5』がどんな映画かは分かりませんし、この“イラン映画史上最大のヒット作”っていう文句もどれだけすごいのか分かりません。他のイラン映画をそもそも僕は知らないですからね。だからこそ、ものすごい衝撃を受ける可能性があると思ったんで、選ばせていただきました。

── なるほど。

みうら チラシの裏の写真を見ると脱獄映画っぽくもありますけど、どうなんですかね?

── チラシの裏には、太ったオジサンたちがいる部屋の写真がありますね。

みうら しかも裸で。喋り合ってますね。なぜこの3人だけが裸にならないといけないかもさっぱり分かりません。一応あらすじは載ってますけど、知らない以上の衝撃はないわけですから、これはあえて読まずにいたいと思います。

『ザ・レイド』も、出だしから不気味でしたもん。初めてのものってやはり、こっち側に不信感があるんですかね。知らないものに対しては、どうしても疑ってかかる防衛本能みたいなものが人間にはあるんでしょう。でもそれがヘシ折られるような作品に出会えるかもしれないんで。

── 今、要注意な記述を見つけてしまいました。チラシの裏面の“イラン映画史上最大のヒット作!”の下に小さく“(コメディ映画を除く)”って書いてありますよ。

みうら ええっ!? つまり『ジャスト6.5』は、コメディじゃない映画限定での最大のヒットってことになりますね。チラシのオモテには“イラン映画史上最大のヒット作!”としか書いていませんから、これはちょっとした引っかけですね。

いや、そもそもイランのコメディ映画って何のイメージも湧かないですけどね。チラシにコメントを寄せてらっしゃる東京国際映画祭の谷田部さんという方の言葉を信用するしかありませんね。

それに“『ウォーデン 消えた死刑囚』も同時公開”って書いてありますが、どういうことでしょう? つまり『ジャスト6.5』と合わせて犯罪映画の2大傑作なんですよね。これも谷田部さんを信用するしかないってことですか? で、谷田部さんって誰なんです?

── 谷田部さんは東京国際映画祭のラインナップとかを決める重要な役割の方です。

みうら なるほど。つまりこのチラシを信じるかどうかは、谷田部さんを信じるかどうかと同じってことですね。

東京国際映画祭で賞も獲っているようですから、アンテナ張ってる人たちはきっととっくにチェックしてるんでしょう。「『鬼滅』とか言ってる場合じゃねえよ、『ジャスト6.5』だよ」って思ってるかもしれない。

“冒頭からエンディングまで、横綱級”っていう文言もちょっと意味が分からないですね。ただ“横綱”とこの写真の太った人たちは関連しているのでは? 

分かりました。これはイランの相撲の映画とみましたね! 監主からこの3人に「今度、相撲の大会を企画したんだが、もし優勝したら釈放してやるぞ」みたいなことを言われるんじゃないですかね。 「お前なら横綱級でいけるぞ!」と。

── それなら確かに“こんなイラン映画見たことない!”って書いてあることにも納得できますね。

みうら 当然、3人の中のひとりは四股名が“イラン山”ですね。“横綱級”のひと言でようやくピンときました。“すべて桁違いのパワーで圧倒する”っていう文句も相撲と重ねたダブルミーニングで間違いないと思います。これはイラン初の相撲の映画とみて間違いないでしょう。

取材・文:村山章

(C)Major Entertainment2020
(C)Iranian Independents

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。

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