Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

ベストセラー作家、三島由紀夫とトルーマン・カポーティの映画との関係

毎月連載

第29回

20/11/12(木)

(C)2020映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会/(C)SHINCHOSHA

11月25日は、三島由紀夫の命日。今年は没後50年となる。

三島由紀夫はベストセラー作家で、ノーベル文学賞候補でもあったが、映画に出演したり、ヌードモデルになったり、そうかと思えば私財を投じて「楯の会」という私設軍隊のようなものを結成し、さまざまな話題をふりまいていた。

そんな著名人が45歳で亡くなったのだから、それだけでも衝撃だが、普通の死に方ではなかったので、その衝撃はすさまじいものだった。

切腹し、同志が介錯して首をはねるという猟奇的な死であり、その場所は自衛隊の市ヶ谷駐屯地で、クーデターを呼びかけた後の死という政治的な死でもあった。

その一方で、文学的、芸術的な死だとする人もいる。

そんな著名作家の、衝撃的な死は、いまもその死の解釈をめぐり、さまざまな論考がなされている。

拙著『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)は、人々が、三島自決のニュースを、いつ、どこで知り、どう感じ、何をしたかを描いたもので、120人前後の著名人たちの「あの日」が載っている。

50年前の日本がどんなだったか、その雰囲気も伝わると思うので、興味のある方は手にとっていただきたい。

中川右介著『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎刊)

今年の3月、その三島由紀夫のドキュメンタリー映画が公開された。

豊島圭介監督の『三島由紀夫vs東大全共闘―50年目の真実』で、コロナ禍で映画館がガラガラになり始めた頃だったが、初日は満員となり、いまも上映は続いている。

タイトルの通り、この映画は死の1年半前にあたる1969年5月に開かれた、東大全共闘との討論会の映像をもとにしたものだ。

(C)2020映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会/(C)SHINCHOSHA

そして、もう一作、アメリカのベストセラー作家の生涯を描いたドキュメンタリー映画が公開されている。

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』で、タイトルの通り、カポーティを描く映画だ。

カポーティはオードリー・ヘプバーン主演の『ティファニーで朝食を』と、実際に起きた殺人事件を克明に再現した『冷血』という、まったく異なる作風の2作が有名だ。

『冷血』はノンフィクション小説という新たなジャンルを確立したことでも評価されている、20世紀アメリカ文学の代表作のひとつである。

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』(C) 2019, Hatch House Media Ltd.

三島とカポーティは劇映画にもなっている

『冷血』の執筆過程を劇映画にしたのが、2005年(日本公開は2006年)の『カポーティ』(ベネット・ミラー監督)で、フィリップ・シーモア・ホフマンがカポーティを演じて、アカデミー主演男優賞を受賞した。

ノンフィクションである『冷血』を書くにあたり、カポーティは関係者に徹底取材をするわけだが、その過程もまたドラマチックなのだ。

『カポーティ』は「事実をベースにした小説を書く作家」を描く、「事実をベースにした劇映画」という二重、三重の構造の映画になっている。

カポーティに、数年間を劇映画にした『カポーティ』があるように、三島由紀夫もその生涯の一部が劇映画になっている。

題材となるのは、当然、「最後の日」、昭和45年11月25日だ。

1985年のポール・シュレーダー監督『Mishima: A Life in Four Chapters』では、緒形拳が三島を演じ、11月25日をドキュメンタリータッチで描き、さらに三島の作品の部分的映像化が随所に入るという凝った作りになっている。

残念ながら日本では公開されず、ソフト化もされていないが、海外ではDVDも出ている。

もう一作が、2012年の若松孝二監督『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』で、井浦新が三島を演じた。楯の会結成から、11月25日に至るまでを描いたものだ。

三島とカポーティのドキュメンタリーは、劇映画であるかのような錯覚を抱かせる

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』は、ドキュメンタリーだ。

カポーティが生前に自分について語ったテープが発見され、それを再生し、関係する映像をつなげていくが、それだけではない。映画の作り手は、この映画のために何人もの関係者にインタビューしており、彼らが語る姿もおさめられている。

だが、どんな関係者よりも雄弁に語るのが、トルーマン・カポーティ自身だ。

作家には書斎にこもるタイプと、積極的に外に出て、取材にも応じ、メディアに出るのが好きなタイプがあるが、カポーティは後者で、テレビのトークショーにもよく出演していた。ベストセラー作家になるとニューヨークの社交界にデビューして、風雲児としてもてはやされ、彼の主催で盛大なパーティーも開かれ、セレブたちを集めていた。

映画『トルーマン・カポーティ…』は、そういうカポーティ本人の映像が大半を占める。まるで、カポーティ自作自演の劇映画のようだ。

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』(C) 2019, Hatch House Media Ltd.

『トルーマン・カポーティ…』では音声テープが発見され、関係者のインタビューと本人の映像で構成されているが、『三島由紀夫vs東大全共闘…』は、討論会の映画フィルムをもとにしている。

討論会の90分近いフィルムが残されており、それをほぼ時系列に編集し、さらに随所に、この討論会に出ていた学生や三島に詳しい人へのインタビューが入るという構成の映画だ。

『トルーマン・カポーティ…』は作家の生涯全般が描かれて、『三島由紀夫vs東大全共闘…』は作家のある一日が中心という違いはあるが、本人の映像がふんだんに使われている共通点がある。

そのため、2作とも、ノンフィクションのドキュメンタリー映画なのに、劇映画であるかのような、錯覚を抱かせる。

多分、2人の作家がともに、普段から、芝居がかっているからだろう。

映画俳優としての三島とカポーティ

三島由紀夫は戯曲も書き、自作の演出もしていた。『金閣寺』『潮騒』など存命中に映画化された作品も多い。

それだけではなく、俳優として3本の映画に出演している(そのほか、何作かに特別出演もしている)。

最初の主演映画は、1960年の大映の『からっ風野郎』で、東大で同級生だった増村保造が監督、大映専属のスター女優のなかから三島が選んだ若尾文子が共演した。

この映画に出演するため、三島は大映と俳優としての専属契約まで結び、三島のために脚本が書かれた。三島は「インテリの役はごめんだ」と言って、ヤクザの二代目組長の役になる。

話題性もあり映画はヒットしたが、三島の演技は酷評され、大映の俳優としての仕事はこれだけだった。

しかし、三島は懲りず、1966年に自作『憂国』を自ら脚色し監督し、主演した。ATGとの提携でプロデューサーでもあり、「製作」「製作総指揮」ともクレジットされている。自分の作りたいように作った、自主映画でもあった。

これは2.26事件を背景にしたストーリーで、三島演じる将校は切腹する。

その次が、五社英雄監督の『人斬り』で、死の前年にあたる1969年に製作された。

勝新太郎が主演で幕末の土佐藩の暗殺者・岡田以蔵、仲代達矢が武市半平太、石原裕次郎が坂本龍馬を演じ、三島は土佐藩と対立する薩摩藩の暗殺者・田中新兵衛を演じた。

この『人斬り』でも、三島は劇中に切腹死する。

2作の映画で切腹死したことが、1970年11月25日の事件に直結したわけではないだろうが、遠因のひとつではあるだろう。

『人斬り』はVHS、LDでは発売されたが、DVDにはなってなく、シュレーダーの『Mishima…』とともに、発売が待たれる。

カポーティも、「映画に出演する作家」だった。

自作とは関係のない映画、1976年の『名探偵登場』(ロバート・ムーア監督)に、謎の大富豪の役で出演した。

77年にはウディ・アレンの『アニー・ホール』(1977年)にカメオ出演し、何作かの映画でナレーションもしている。

2人の作家が残した永遠の謎

カポーティは、1966年の『冷血』の後は、『叶えられた祈り』という長編を書いていたが、なかなか完成せず、その一部が1975年に雑誌に掲載された。

しかし、ニューヨークのセレブたちをモデルにしていたため、スキャンダルとなり、多くの友人・知人が離れてしまった。

カポーティは酒と薬に溺れるようになり、1984年に59歳で亡くなった。

『叶えられた祈り』は、存命中には発表されず、未完の状態で没後に刊行された。完成原稿があるとの説もあるが、いまだに発見されていない。

カポーティが遺した最大の謎が、この未完の『叶えられた祈り』である。

一方、三島由紀夫は大作『豊饒の海』四部作を完成させ、雑誌連載の最終回の原稿を編集者に渡す手配をしてから、市ヶ谷に向かっており、作家としての未完の作品はない。しかし、その死は永遠の謎となった。

残された映像や音声、関係者の証言をいくらつなげても、2人の作家の真実はわからない。しかし、この謎は多くの人を惹きつけ、今後も、多くの作品が作られるだろう。

データ

『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』

発売日:2010年9月28日
価格:880円(税別)
著者:中川右介
幻冬舎刊

『三島由紀夫vs東大全共闘―50年目の真実』(2020年・日本)

2020年3月20日公開
配給:ギャガ
監督:豊島圭介
出演:三島由紀夫/芥正彦/木村修/橋爪大三郎/篠原裕

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』(2019年・米=英)

2020年11月6日公開
配給:ミモザフィルムズ
巻頭:イーブス・バーノー
出演:トルーマン・カポーティ/ディック・キャヴェット/ケイト・ハリントン/ルイス・ラファム/アンドレ・レオン・タリー

『カポーティ』(2005年・米)

2006年9月30日公開
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
監督:ベネット・ミラー
出演:キャサリン・キーナー/クリス・クーパー/クリフトン・コリンズJr./ブルース・グリーンウッド/ボブ・バラバン

『Mishima: A Life in Four Chapters』(1985年・日本=米)

監督:ポール・シュレーダー
出演:緒形拳/沢田研二/坂東八十助/永島敏行

『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2011年・日本)

2012年6月2日公開
配給:若松プロダクション/スコーレ
監督:若松孝二
出演:井浦新/満島真之介/タモト清嵐/岩間天嗣/永岡佑

『からっ風野郎』(1960年・日本)

配給:大映/大映東京
監督:増村保造
出演:三島由紀夫/若尾文子/志村喬/船越英二/小野道子

『人斬り』(1969年・日本)

監督:五社英雄
出演:勝新太郎/仲代達矢/石原裕次郎/三島由紀夫/倍賞美津子

『名探偵登場』(1976年・米)

監督:ロバート・ムーア
出演:ピーター・フォーク/ピーター・セラーズ/デヴィッド・ニーヴン/アレック・ギネス/マギー・スミス

『アニー・ホール』(1977年・米)

監督・出演:ウディ・アレン
出演:ダイアン・キートン/トニー・ロバーツ/シェリー・デュヴァル/シガニー・ウィーバー/クリストファー・ウォーケン

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)、『アニメ大国 建国紀 1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(イースト・プレス)など。

『アニメ大国 建国紀 1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』
発売日:2020年8月19日
著者:中川右介
イースト・プレス刊

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む