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『のぼる小寺さん』主演・工藤遥の存在が語るもの 伊藤健太郎らと化学反応を起こす

リアルサウンド

20/7/16(木) 8:00

 私たち誰しもに、周囲の物事が頭に入らないほど夢中になってしまう何かがある。その「何か」とは、とうぜん人それぞれだ。『のぼる小寺さん』の世界観に佇む工藤遥の存在は、そんな「何か」に夢中になる私たちを肯定してくれるように思う。

 主演の工藤が演じる“小寺さん”が夢中になる何かとは、ボルダリングである。彼女はクライミング部という少々珍しい部活動に熱中し、上へ上へと“登ること”に無我夢中なのだ。こんな一風変わった役どころで映画初主演を務めることになった工藤。舞台経験は豊富で、『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』(テレビ朝日系)などでの活躍はあったが、映像作品における本格的な演技は、今作『のぼる小寺さん』がほとんど初めてだといってもいいのではないだろうか。

【写真】寄り添う工藤遥と伊藤健太郎

 本作では、工藤のこれまでの活動が非常に有機的にはたらいていると感じる。工藤といえば、OGである“モーニング娘。”として、多くのステージに立ってきた。そこで養われてきた身体能力と精神力から成るパフォーマンス力の高さは、本作で挑むこととなったボルダリングに活きているのだろう。ボルダリングとはまさしく、上等な身体と精神が求められるスポーツだ。これに工藤は、3カ月強におよぶ猛特訓を積み重ね、華麗かつ軽快なクライミング姿を披露しているのである。

 ここまでに述べてきたことだけだと、小寺さんとはさぞ活発な女子高生なのだと思われそうだ。しかしそうではない。壁に立ち向かう彼女の姿は真剣そのものだが、普段の生活ではどこか浮世離れしている存在なのである。おっとりとした言動は“天然キャラ”な印象だけれど、それでいて“プロのクライマーになる”という夢に一直線な彼女の笑顔からは、クラスメートたちだけでなく、観客である私たちも目が離せないと思う。“モー娘。”時代のステージ上でのハツラツとした彼女と、今作で見せる素朴な佇まいにはギャップが感じられるはずだ。しかし、一つのことに夢中になる姿は重なって見えるのである。

 そんな工藤が演じる小寺さんを取り囲むのは、伊藤健太郎、吉川愛、鈴木仁、小野花梨といった、同世代でありながら、映画作品においては先輩である頼もしい俳優陣。伊藤はストーリテラーとして、小寺さんを中心とした青春群像劇を率い、吉川、鈴木、小野らが演じる人物たちもそれぞれに、小寺さんと青春の化学反応を起こす。つまり、タイプが異なり、これまで交わることの無かった彼らの青春の時間が、小寺さんの一生懸命な姿勢を目の当たりにすることで交差していくのだ。誰もが彼女に感化されるのである。

 かといって、小寺さんが周囲の者たちに対して何かアクションを起こすわけではない。彼女がアクションを起こすのは、つねに自分自身に対してだけである。それを受け取った者たちが自然とリアクション(反応)を起こすわけであり、彼女は何も変わらない。この関係性について考えをめぐらせてみると、周囲の俳優陣に工藤が支えられている構図となっていることが分かる。経験値からいってもとうぜんのことだ。だが、それでいて小寺さんにはカリスマ性のような、何か惹きつけられるものを感じる。懸命な姿はもちろんだが、それだけではない。工藤遥という存在そのものが、“小寺さん”というキャラクターにそんな「何か」をもたらしているのだ。彼女がそこに立っているだけで、何かを語ってしまい、何かを放ってしまうのである。これはやはり、工藤がアイドル時代にステージに立ち続けたことで培われてきたものなのだろう。彼女の涼やかな声はすっと耳に沁み入り、これもまた役の説得力として一役買っているように思える。

 小寺さんの存在は、そして本作に必死に取り組んでいる工藤の存在は、誰もが好きなものに夢中になることを肯定してくれる。本作をきっかけに、工藤遥は本格的に役者の道に夢中となるのか。その高みから見える景色は、いまとはまた違うのだろう。

(折田侑駿)

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