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デビュー作が芥川賞候補に 新人作家・木崎みつ子が『コンジュジ』で描いた“輝き”

リアルサウンド

21/1/18(月) 12:00

 渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で書店員を務める山本亮が、今注目の新人作家の作品をおすすめする連載。2021年第1回目は、芥川賞候補になっている木崎みつ子『コンジュジ』を紹介する。(編集部)

 年末に候補作が発表された第164回芥川賞・直木賞には、個人的にも応援している作家さんが多くノミネートされ売場でも力を入れて陳列している。毎回各賞の候補になると、作品の帯が「直木賞候補作!」とかキャッチーなものに巻き直されるのだけど、その中でも、直木賞候補で香港のアンダーグラウンドを舞台にした小説、長浦京『アンダードッグス』の帯裏面のコメントに本を棚に出す手が止まり、思わずそのまま凝視してしまった。

「2020年手に汗握り小説大賞決定!もう面白すぎて鼻血出そう。」  

 「手に汗握り小説大賞」というアイデアの面白さもあるが、鼻血という言葉を使った思い切りの良さにドキッとした。例えば本を読んで「わくわくしました」「涙が止まりませんでした」は使いがちだが、「鼻血が出そう」と書くのは、なかなか出来ることではない。文字通り血が通っているコメントだ。だが実際に、この本に興奮して鼻血を出している書店員を見かけたら、それはそれで尊いので、そっとティッシュを手渡して欲しい。

 ちなみに筆者のコメントも同じ帯に掲載されている。「選ばれてしまった”負け犬“達の想いと行動が、とにかく熱い。今年一番のミステリーだと確信した」。平凡だ。今年は読者が思わず手にとってしまうような、もっと味わい深いコメントを書けるように精進したい。

 さて、今回紹介したい新人作家の作品は、今回の芥川賞候補で、また昨年すばる文学賞を受賞した1月20日に刊行される木崎みつ子『コンジュジ』だ。

 夭折したイギリスの伝説のロックスターと日本に住むある女性との物語。1993年大阪に住む少女・せれなは、頼りない父と奔放な母と暮らしていたが、突然母は家出して父と2人きりの生活になってしまう。小学校に馴染めずままならない日常を過ごすなか、父は行きつけのスナックに勤める一見不愛想な外国人女性と再婚して、新たに3人で暮らすことになる。

 極端な性格を含めて本当にどうしようもない父、不愛想だけど実はせれなを思ってくれているように感じられる継母の間で翻弄されるが、ある日追悼番組でバンド「カップス」の主要メンバー、リアン・ノートンと運命の出会いを迎える。

 ビデオテープを持って自室に戻り、布団に潜り込んだ。
 「リアン・ノートン」
 呪文を唱えるように呟くと、体が風船のように膨らみ、小鳥と一緒に青空を飛べそうなほどの幸福感に包まれた。同時に小鳥にくちばしで風船を割られ、真っ逆さまに墜落するような切なさも込み上げてきて、今にも気が狂いそうだった。愛は苦しいものだ。だが水を得た魚のように気分がいい。心臓も金色に輝き出しているはずだ。
 せれなは心底彼の恋人になりたいと思った。

 ビデオや雑誌、CDなどで彼の姿を調べるうちに、多幸感に包まれていくせれなの姿が印象的だ。物語は、今はもうこの世にいないミュージシャンの足跡を追いながら、せれなの妄想と現実とが交じり合っていく。リアンの自伝や、バンドメンバー、彼の恋人、妻などから語られる思い出が、彼女の心を紡いでいく。記録と過去を掘り起こし、生きていく残酷さを突き抜けた瞬間、せれなの無垢な姿が放たれる様は見事だ。

 年月を経て父との関係において決定的な出来事を迎え日常が破綻した時、せれなにとってリアンは神様となり伴侶となる。

 せれなはリアンの服の袖を摑んだ。涙ぐみながら「ありがとう。私うれしい」と、今の気持ちを素直に伝えた。
 リアンは照れて鼻を触り「どうぞごゆっくり、お姫様」とお辞儀をして去って行った。

 一方的な寄り添いから生まれる依存から段々と成長していくせれなのまぶしさと、登場人物たちの心のぶつかり合いに読みながら胸がずっと締めつけられていた。多くの人に、彼女から放たれる格好悪くも純粋な輝きを浴びて欲しい。

■山本亮
埼玉県出身。渋谷区大盛堂書店に勤務し、文芸書などを担当している。書店員歴は20年越え。1ヶ月に約20冊の書籍を読んでいる。会ってみたい人は、毒蝮三太夫とクリント・イーストウッド。

■書籍情報
『コンジュジ』
著者:木崎みつ子
出版社:集英社
価格:本体1,400円+税
出版社サイト

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