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水谷豊×中山麻聖×石田法嗣『轢き逃げ』鼎談 水谷「今だからこういう作品を作ることができた」

リアルサウンド

19/5/14(火) 16:00

 水谷豊の監督第2作『轢き逃げ -最高の最悪な日-』が5月10日より公開中だ。“タップダンス”を題材にした2017年の監督デビュー作『TAP -THE LAST SHOW-』とは一転、水谷自ら脚本も手がけた本作の題材は“轢き逃げ”。ある地方都市で発生した轢き逃げ事件によって、車を運転していた青年、助手席に乗っていたその親友、悲しみにくれる被害者両親らの平穏な日常が変化し、それぞれの人生が複雑に絡み合っていく。

参考:配役と演出の妙が生み出す物語の奥行き 『轢き逃げ 最高の最悪な日』は水谷豊監督“渾身の一本”に

 今回リアルサウンド映画部では、轢き逃げ事件で亡くなった被害者女性の父・時山光央役で出演も果たした水谷監督と、車を運転していた青年・宗方秀一役の中山麻聖、助手席に乗っていた秀一の親友・森田輝役の石田法嗣による鼎談を行った。「水谷組」の現場でのエピソードから、役者/監督としてのこれからまで、大いに語り合ってもらった。聞き手は、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正。

ーー中山さんも石田さんもこれまで多くの現場を経験してきたわけですが、他の現場と水谷監督、いわば「水谷組」の現場の最も大きな違いはどこにありましたか?

中山麻聖(以下、中山):チームワークですね。

石田法嗣(以下、石田):間違いないです。

中山:本当にチームワークがすごいんですよ。準備も万全でしたし、監督が一つ指示をするとスタッフが完璧にそれを理解していて、何もかもが早く進んでいく。撮影初日から圧倒されました。

ーー予定よりも撮影が早く終わることもある?

中山:ありましたね。

ーークリント・イーストウッドしかり、スティーヴン・スピルバーグしかり、早撮りというのは多くの名監督に共通する特徴でもあるわけですが。

水谷豊(以下、水谷):(苦笑)。まだ僕は喋っちゃいけない感じですか?

ーー(笑)。石田さんはいかがでした?

石田:初日が遊園地の観覧車のシーンだったんですけど、僕と(中山)麻聖くんと(撮影監督の)会田さんが乗ったら、監督の乗るスペースがなくなってしまって。結局、監督は会田さんとは無線でやりとりすることになったんですけど、「会(田)ちゃんどう?」って無線で訊かれた会田さんが「映像はOKです」って言ったら、監督から「映像がOKならOKだよ」って返事があり、そこから撮影が始まって。このチームはすごい信頼感で結ばれているんだなと。

ーーチームワークとスピーディーさと信頼感。水谷さん、いかがですか?

水谷:まず今の話ですけど、全然覚えてないです。よく覚えてるね?

石田:(笑)。

水谷:撮影が終わると、大体のことは忘れちゃうんです。出来上がった作品を見て、「ここどうやってやったんだろう?」って(笑)。

ーーそれだけ現場で集中されているということだと思うのですが、やっぱり役者として作品に関わっている時の集中力と、監督をやっている時の集中力では、まったく種類が違うものですか?

水谷:それは違うところがありますね。役者の場合はまずストーリーがあって、自分の演じるキャラクターがあって、そのキャラクターには人生があるわけです。なので、役を演じる時、自分はその人生をどう生きようかっていうことを考えるというか、それ以外のことはあまり考えないようにしている。でも、監督になるとカメラの向こうから作品に登場する全部のキャラクターの人生を見なくてはいけない。そこでは、バランスをとることも必要になってくる。役者の仕事が「一人の人生を生きる」ことだとしたら、監督の仕事は「たくさんの人生を見る」こと。そこに集中することになりますね。

ーー撮影中は、生活のリズムにも変化があったりするんですか?

水谷:役者の仕事では、夜ベッドに入っている時に翌日の仕事について「明日はこんな感じでいこうかな」と思い浮かんでもそのまま眠りにつくことができますけど、監督の仕事の場合はそうはいきませんね。ベッドに入っていても何か思いついたらバッと起きて、机に座って何かを書き留めたりする。仕事でそういう現象が起こるようになったのは、監督をやるようになってからですね。

ーー2年前に公開された『TAP -THE LAST SHOW-』の撮影現場にお邪魔した時は、とても初監督とは思えないような迷いのなさで現場をグイグイと引っ張っている姿が印象的で。「これからもきっと水谷さんは監督業を続けていくんだろうな」とは思ったんですけど、役者としての仕事も忙しい中、こんなに早いタイミングで第2作目が届けられるとは想像していませんでした。

水谷:『TAP -THE LAST SHOW-』の撮影の撮影終わりに、岸部一徳さんに「監督の方が向いてるんじゃない?」って言われたんですよ。その時は「僕、そんなに俳優としてはダメですか?」って冗談で返したんですけど(笑)、今回こうして2作目を撮り終わってみると、「あれ? 一徳さんの言っていたことは間違ってなかったんじゃないか」なんて思ったりもーーいや、それも冗談ですけど(笑)ーーやはり、監督業という新しい世界と出会うことができてよかったなと思いますね。

ーー日本ではそこまで多くないですけど、海外だと役者出身の監督であったり、脚本家出身の監督であったりと、それまで別のかたちで映画に関わっていた人が監督業に進出することは珍しいことじゃないですよね。「こんなに面白い世界だったら、もっと早くから足を踏み入れておけばよかった」とかって思いはあったりしませんか?

水谷:いや、やっぱり今だからこういう仕事ができているんでしょうし、今だからこういう作品を作ることができたんだと思ってます。僕は性格的にあまり過去を振り返らないタイプなので、「もっと早くやっておけば」という気持ちはないですね。これは役者の仕事もそうですが、やっぱり人間にはその年代じゃないとできないこと、できない役っていうのがあるんですよ。結果的に監督としては遅いデビューになりましたけど、これからも自分のその時の年代にしかできないような作品を撮っていければと思ってます。

ーーあまり詳細な話をするとネタバレになってしまうのですが、今回の『轢き逃げ』の主題の一つは「嫉妬」という感情なのではないかと思いました。皆さんは「嫉妬」の感情をどのような時に抱きますか?

石田:実は、僕はあまり友達がいなくて。嫉妬しようにも、嫉妬する相手がいないという、まずそこからなんですよね(笑)。

水谷:そっか(笑)。

石田:だから、今作の脚本をいただいた時も、それをどう表現すればいいのか悩んで、脚本をかなり読み込んで自分なりに一生懸命解釈してキャラクターを作り上げていったんですよ。ところが、最初の本読みの時にそれを披露したら、どうやら監督が考えていたのとは全然違ったみたいで。僕がアプローチの仕方を間違えていたようなんですよ(笑)。

水谷:よく覚えてるね。

石田:それは覚えてますよ! その後しばらく、ご飯も食べれなくなるほど悩んだんですから(笑)。

中山:自分には少なからず「嫉妬」の感情はありますね。友達に対しても、兄弟に対しても、同業の役者さんたちに対しても。ただ、その感情をマイナスに働かせるのではなく、自分の問題として考えるようにしています。マイナスの方に引きずられると、劇中のセリフにもありましたけど、「地獄に堕ちていく」みたいなことにもなりかねないので。ただ、僕も今作の現場では精神的な余裕がなかったので、今そのシーンで起きていること、そのシーンにいたるまでの背景について考えを巡らせるので精一杯で、嫉妬をするとかされるとか、そういう登場人物の感情を掘り下げるところまではいけなかったかもしれませんね。

水谷:この作品では「轢き逃げ」という、普通に人生を送っていてなかなか遭遇することがないこと。轢き逃げをされる側だけじゃなく、轢き逃げをする側もそうですが、そんなこと自分の人生に起きるとは誰も思わない、思いたくないようなことを描いた作品で、そこでは「嫉妬」に限らず、様々な感情が出てくるわけですが。若い二人に比べて自分は、多少は人生経験も多いので、ちゃんとしかるべき感情の場所へと引っぱっていかないといけないなという思いはありました。そういう意味では、二人にとってはかなり難しい作品だったと思いますよ。

ーーご自身が20代、30代だった頃のことを思い返した時、水谷さんは誰かに嫉妬するようなことはありましたか?

水谷:いい作品を観ると嫉妬しましたね。でも、それは嬉しい嫉妬です。特に、仲のいい役者がいい作品でいい芝居をしていると、嫉妬するのと同時にとても嬉しかった。というのも、役者というのはみんなそれぞれの個性があって、その人の芝居というのはどのみち自分にはできないことなんですよ。例えば、若い頃は松田優作さんとはお互いの作品や芝居についてよく話しましたけど、優作さんの芝居は自分にはできないわけで。役者にはそれぞれ個性というものがあって、お互い他の人にはできないことをやっている。だからこそ、お互いの作品に嬉しく嫉妬し合うことができたんですよね。

ーー当時は、特に水谷さんの周囲には個性的な役者さん、破天荒な役者さんが多かったですよね。そんな役者さんたちに囲まれて、水谷さんは時代ごとに大きくイメージを変化させてきたように思うのですが。

水谷:でも、不良の役をやって、その次に先生の役をやったりすると、がっかりする人もいたりしたんですよ。ただ、僕自身としては、演じる人間の生い立ちや職業が変わっただけで、演じる上で何かを変えてきたという意識があんまりないんですよ。それは今もそうです。

ーー中山さんと石田さんにとって、今回『轢き逃げ』に出演することが決まる前までの水谷さんのイメージはどういうものでしたか?

水谷:本人を目の前にして、それは言いにくいわ(笑)。

中山:(笑)。世代的に、僕はやっぱり『相棒』の水谷さんを一番よく見てきていたので、(杉下)右京さんのイメージもあって、目に見えないところですごく厳格な人なんじゃないかと思っていたんですよ。だから、最初にお会いする時はすごく緊張していたんですけど、初めて会った瞬間に満面の笑みで「よろしくね!」って握手を求められた時に、「ああ、なんて優しいオーラに包まれた人なんだ」って。こんな温かい人なんだって驚いて。

ーーその印象はクランクアップまで変わらず?

中山:変わらないですね。撮影現場でも、毎回必ず僕の隣に来てくれて、何も言わず肩の上にポンと手を置いて、囁くように指示をしてくれるんですよ。そのシーンの空気を壊さず、芝居の空気そのままの流れで演出されるのが特徴で。だから、自分はいっぱいいっぱいではあったんですけど、本番前にスッと落ち着かせてくれるんです。

石田:実は僕、『相棒』の映画版(2017年公開『相棒 -劇場版IV-』。国際犯罪組織のメンバー、ジェイ役) に出させていただいたんですけど、その時も現場で初めてお会いした時に、ニコって笑って「ヨー、ジェイ!」って声をかけていただいて、その時に「あ、この人、絶対いい人だ!」って(笑)。

水谷:(笑)。

石田:それから2年後、今回オーディションに受かってこの役をいただいて、『相棒』の時は共演させていただく機会はなかったので、「やっとあの水谷さんに近づける!」って。でも、役者の水谷さんにはお会いしたことはあっても、監督の水谷さんは初めてだったので、撮影に入る前に水谷さんに訊いたんですよ。今思えば緊張していて、何を言ったらいいのかわかなくて咄嗟に出てきた質問だったんですけど。「水谷さんは監督する時、役者を怒るタイプですか? 優しく促すタイプですか?」って。そうしたら「(石田)法嗣くん、その2択じゃなくて、3つめは考えてないの?」って言われて(笑)。

水谷:珍しいですよね、そんな質問(笑)。

ーーでも、これは役者出身の監督ならではだと思うんですけど、現場での役者に対する演出の説得力が違ってきますよね。

中山:違いますね(笑)。

石田:はい(笑)。

ーー先ほどの現場のスピーディーさというのも、そこと繋がっているのかもしれませんね。

水谷:そういうことかもしれません。ワンシーン、ワンシーン、自分にはたどり着きたい世界というのがあって、それは役者の時もそうなんですけど、監督になるとそれがアングル、カット割り、照明といったあらゆる要素が絡む作業になってくる。で、役者のアプローチというのは人それぞれですが、とにかくそのたどり着きたい世界のイメージを共有することが大切なんですね。演出の際に役者の前で自分でやってみせたりすることもありますが、それもアプローチの一つの仕方を見せているだけで、大切なのはそのたどり着く場所なんですよ。

ーー「次の世代の役者を育てたい」という思いも強いんじゃないですか?

水谷:やっぱりそれもあります。これだけ長くやってきてーー自分が大変だったとはあまり思わないんですけど(苦笑)ーー客観的に見て役者の仕事というのは大変な仕事だと思うんですよ。いろんなところにチャンスが転がっているようでなかなか転がってなかったりしますし、だからこそチャンスを手にしたら、ものにしてほしいと思いますし。それは同じ現場を経験した役者の皆さんに対して全員に思うことですけど、特にこの2人に関しては今回こうして深く付き合うことができたので、なおさら強く思いますね。

ーーこれはいつの時代にもあることだと思いますが、「昔の日本映画界は良かった」みたいな物言いがありますよね。特に役者の場合はーーまさに水谷さんもその一人ですがーー個性的な役者さんがたくさんいて、最近は小粒になったみたいなこともよく言われたりするわけですが。

水谷:日本映画にはここまでいろんな時代があって、その時代を作ってきた日本の社会があったわけですけど、それは人間が作ってきた時代であって、人間が作ってきた社会だったわけです。そう考えると、すべては人間が作ってきたものであって。確かに、昔に比べて今はつまらない時代になったっていう側面もあるのかもしれませんが、その一方で必ず今にしかないもの、今だからできることっていうのがあるんです。だから、今を生きている人間は、その「今しかないもの」「今だからできること」を目指せばいいと思うんですよ。だから、あまり昔を懐かしがることに意識を向けても仕方がないと思うんですね。

ーー中山さんと石田さんにとって、今回の『轢き逃げ』での経験は、今後の役者人生にどのような影響を与えていくことになりそうですか?

中山:生きていく上で、根本として必要なことを教えてもらった気がしています。最初に水谷さんから「自分の価値観に固執しないで、常にフラットな状態でいてほしい」と言われたんですけど、それは役者としてだけでなくて、人間としても一番必要なことだと気づかせていただきました。今後の自分にとって支えになる、糧となる言葉だなって。

石田:『轢き逃げ』では、今まで自分がやってきたことが通用しない現場があるんだなってことを痛感したんですね。役について考えて持ってきたことを、最初に水谷さんから「まず壊していこう」と言われたことで、現場で役を作り上げることの大切さを教えてもらって。『轢き逃げ』の後、撮影の直前まではフラットでいて、カメラの前に立った時に役を作り上げていくってことをやるようになったら、すごく気持ちが楽になったんです。この作品では、そんなふうに役を演じるということについての自分の考え方が変わるようなきっかけがたくさんありましたね。

ーーちょっと気が早いですけど、これからも監督としてコンスタントに作品を撮り続けてくれることを水谷さんに期待していてもいいですか?

水谷:はい。周りが許してくれればですけどね(笑)。

ーー1作目と2作目でまったく違うジャンルの作品を撮られたわけで、次もどんなジャンルの作品を撮るのかまったく予測がつかないのですが。

水谷:嫌いなジャンルというのがないんですよ。だから、もし次もあるとしたら、まずは「どんなジャンルの作品を撮ろうか?」ってところから始まるんです。そういうことを自由に考えるのが、本当に楽しいですね。今回、現場でこの2人にも言ったみたいですけど、自分自身、自分の狭い価値観に縛られないで次のことを考えていきたいと思ってます。

ーー『轢き逃げ』のスリラー的な描写を観てふと思ったのは、いつか水谷さんの撮るホラー映画を観てみたいなって(笑)。

水谷:ハハハッ! ホラーも嫌いではないですよ。人間のやっていることに嫌いなことはないので(笑)。(取材・文=宇野維正)

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