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『ナイブズ・アウト』は新しい時代の名探偵シリーズに? クラシカルなスタイルを現在のものに更新

リアルサウンド

20/7/23(木) 12:00

 新しく映画化された『オリエント急行殺人事件』(2017年)や、『アガサ・クリスティー ねじれた家』(2019年)、『ナイル殺人事件』(2020年公開予定)と、近年アガサ・クリスティ原作のミステリー小説の映画化が続き話題となっている。

 エドガー・アラン・ポーや、コナン・ドイルらによって生み出された、名探偵が登場する小説をより現代的な感覚で引き継ぎ、大胆な展開や斬新なトリックが楽しめる数々のベストセラー作品によって、ミステリージャンルの普及や確立に貢献したアガサ・クリスティ。その著作、名探偵エルキュール・ポワロシリーズに代表される、個性的な容疑者たちの前で探偵が華麗に謎解きをしていく様式美や、親しみの持てるミス・マープルのような名探偵キャラクターは、日本でいまだに根強い人気を持ち、いわゆる“2時間ドラマ”や、漫画作品などでも、その様式が楽しまれている。

 新たにオリジナルストーリーで綴られる本作『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』は、いまとなっては完全にクラシカルになった、このようなスタイルを極力そのままに、登場する要素をさらに現在のものに更新することによって、いままでにない境地に到達した映画である。それはあたかも、現代の世にアガサ・クリスティが生き続けていて、世界の情勢を敏感に受けとり作品のなかに織り込んでいるような印象を与えられるのである。この試みは観客や批評家に支持され、続編製作が決定したニュースも報じられた。ここでは、そんな成功作となった、Blu-ray&DVDが発売中の『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』が真に達成したものを、ミステリーのネタバレを避けつつ考察していきたい。

 本作の監督はライアン・ジョンソン。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』の監督に抜擢されたことで話題を集め、反逆的ともいえる意外な展開を連続させることで、シリーズになかったテイストを盛り込んで批評家からは一定の評価を受けたものの、ファンの間で賛否の渦を巻き起こし、かなり辛辣な意見をも浴びた人物だ。

 しかし本作では、その挑戦的な作風がミステリー演出のなかで功を奏するとともに、何よりも自身一人で書いた脚本が、アガサ・クリスティ原作かと思うほどに、完成度の高い複雑かつ緻密なものに出来上がっているのに驚かされる。タイムトラベルを題材としたSF映画『LOOPER/ルーパー』の監督、脚本も担当しているように、彼の脚本能力の高さというのは、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』だけを鑑賞しただけでは分からないところがある。

 そして、ライアン・ジョンソンが創造した本作の名探偵こそが重要だ。演じたのは、『007』でジェームズ・ボンド役を長く務めている、ダニエル・クレイグ。いかにもフランス系だと思わせる、ブノワ・ブランという姓名で、話す言葉のイントネーションはアメリカの南部なまりであるという、特徴的なキャラクターだ。探偵らしく落ち着き払い、ダンディーで紳士的な雰囲気を振りまきながら、その瞳には熱い正義感を秘めている。

 アガサ・クリスティの映画化作品や、その様式を受け継ぐ映像作品では、豪華な俳優たちの共演が求められる。なぜなら、犯人となる重要な役には高い演技力や、観客の期待にも応えるスター性も必要とされるため、容疑者役の多くを実力と風格がある俳優で固めなければ、キャスティング自体が物語のネタバレとなってしまうからだ。本作でも、そのスタイルは踏襲され、豪華キャストが集結している。また、その結果起こる名優たちの演技合戦が、この種の映画の大きな魅力ともなっている。

 名優クリストファー・プラマー(『サウンド・オブ・ミュージック』)が演じるのが、今回の事件の犠牲者であるハーラン・スロンビー。彼は大豪邸に住んでいる富豪で、アガサ・クリスティのような世界的なミステリー作家である。彼は、85歳の誕生日の夜に謎の死を遂げ、その不審な状況が事件の捜査へと繋がっていく。85歳といえば、アガサ・クリスティが亡くなった歳でもある。

 容疑者として、事件現場でもある屋敷に集められたのは、パーティーに出席していた、一癖も二癖もありそうな人物たち。被害者の家族や専任の看護師、家政婦らである。刑事がひとりひとり尋問していく、その後ろで優雅に椅子に腰掛けて話を聞いているのが、名探偵ブノワ・ブランである。

 ブランは、なぜここにいるのか。じつは、彼は自分自身にすら知らされていない匿名の何者かによって急遽捜査を依頼され、現場に乗り込んでいるのだという。その状況が、すでに不可解。事件の裏に潜んだ闇の深さを物語っているといえよう。

 容疑者として被害者の一族としてキャスティングされているのは、クリス・エヴァンス(『アベンジャーズ』シリーズ)、ジェイミー・リー・カーティス(『ハロウィン』)、マイケル・シャノン(『シェイプ・オブ・ウォーター』)、ドン・ジョンソン(ドラマ『特捜刑事マイアミ・バイス』)、トニ・コレット(『ヘレディタリー/継承』)、ジェイデン・マーテル(『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』)らだ。

 そして、同時に容疑者となっているのが、アナ・デ・アルマス(『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でダニエル・クレイグと共演予定)が演じる、被害者に最も近い存在となっていた、南米出身の看護師マルタをはじめとする、屋敷で働いている者たちである。

 他にも、『スター・ウォーズ』シリーズでヨーダの動きや声を担当していたフランク・オズ演じる被害者の弁護士や、『ゲット・アウト』などのキース・スタンフィールド演じる警部補など、一見容疑者とは思えない人物たちも、油断できないキャストで占められている。

 面白いのは、これら各キャラクターが、きわめて現代的な問題を内包しているという点である。スロンビー家の一族は全員が、被害者の名声や富に頼って生きてきた人物たちで、被害者が亡くなっても、莫大な遺産を目当てにまだまだ寄生を続ける気でいる。

 長い間アメコミヒーロー映画で活躍し、アベンジャーズをまとめ上げるキャプテン・アメリカ役として、人格者のイメージが強いクリス・エヴァンス。彼が演じる、被害者長女の息子は、奔放な性格から、そんな一族のなかですら鼻つまみ者として扱われているのが面白い。

 それと対照的に描かれているのは、アナ・デ・アルマス演じる、貧しい家に住む移民マルタである。彼女のような立場の市民がアメリカで稼ぐためには、身を粉にして働く必要があるし、様々な差別に遭うことも考えられる。実際に、被害者以外のスロンビー家の面々は、マルタのことを表面的には気遣う様子を見せ、「私たち家族は暖かく受け入れてやっている」という態度で接しながら、彼女の出身国すら誰も知らず、マスコットのような扱いを続けている。そんな一族の欺瞞は、マルタに起きるある出来事によって表面化していくことになる。

 経済格差問題は、人種差別とも繋がりがある。アメリカや日本を含め、世界の国々ではまだまだ外国人の人種によって就労における差別があったり、出世における見えない天井が設定されていたり、就ける職種が限られているなどの現状がある。一方で本作のスロンビー一族のように、既存の権力や金を持った家に生まれたり、コネがある人々というのは、豊かな教育環境やチャンスに恵まれているのである。また、スロンビー家では、ドナルド・トランプ大統領の不法移民排斥の強硬的な姿勢を評価したり、または逆に、比較的リベラルな意見で対抗しようとする人物が存在するが、どちらにせよ地位や金に執着し、利権を手放そうとしないという意味では、本作では同類として描かれている。

 アメリカでは、共和党と民主党という二大政党が代わる代わる政権を握る状況が続いている。だが、どちらが権勢を振るうにせよ、アメリカの富のほとんどを手にしているごく一部の白人たちが権力を手にしているという構造は変わらない。その状況が動かない限りは、人種差別による格差が根付く社会が変革されるのは、遠い話ではないのか。

 ブノワ・ブランは、なんと殺人事件だけではなく、このような法では裁けない深刻な社会問題にも、解決の糸口を見つけ出そうとする。そう、もし現代に最高の名探偵が存在するのなら、そこまで目を配ってこそなのではないのか。現代の社会問題を解決しようとする名探偵の新しいミステリー。それが本作の最も画期的な姿なのだ。

 このような描写のほかにも、被害者の次男が動画配信サービスのNetflixと提携して、父親の著作を映像化して稼ごうとしていたり、“インフルエンサー”、“ググる”などのネット用語、さらにはネットでの嫌がらせ問題など、現在の情勢を感じる要素が次々に顔を出していく。そんな変転の激しい時代を生きていくブランは、続編ではどんな問題を解決してくれるのだろうか。本作『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』は、『007』のように世界そのものを救う、新しい時代の名探偵シリーズの第1作となる、重要な存在になっていくのかもしれない。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■リリース情報
『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』
Blu-ray&DVD 発売中

【Blu-ray】本編ディスク1枚
価格:4,800円(税別)
収録時間:本編131分+特典映像
スペック:片面2層/カラー/1.英語DTS-HD MasterAudio 5.1ch サラウンド, 2.英語リニアPCM2.0ch ステレオ, 3.日本語リニアPCM 2.0ch ステレオ/16:9ビスタサイズ/日本語字幕、吹替字幕
※Blu-ray限定 三方背ケース付

【セルDVD】本編ディスク1枚
価格:3,800円(税別)
収録時間:本編131分+特典映像
スペック:片面2層/カラー/1.英語ドルビーデジタル5.1ch, 2.英語ドルビーデジタル2.0ch, 3.日本語ドルビーデジタル2.0ch/16:9ビスタサイズ/日本語字幕、吹替字幕

<特典映像>
★未公開シーン:「Bicycling Accident」「Don’t Do Anything Rash」
※監督によるオーディオコメンタリー付き
★メイキング・インタビュー集
◎フェイクCM集
※「★」はセルBlu-ray限定の特典映像

キャスト(声の出演):ダニエル・クレイグ(藤真秀)、クリス・エヴァンス(中村悠一)、アナ・デ・アルマス(小林沙苗)、ジェイミー・リー・カーティス(一城みゆ希)、マイケル・シャノン(内田直哉)、ドン・ジョンソン(大塚芳忠)、トニ・コレット(田中敦子)、クリストファー・プラマー(小林清志)
監督・脚本:ライアン・ジョンソン
2019年/アメリカ/原題:Knives Out/日本語字幕:高内朝子/吹替翻訳:藤原恵子
提供:バップ、ニューセレクト、ロングライド
発売・販売元:株式会社バップ
Knives Out (c) 2019 Lions Gate Films Inc. and MRC II Distribution Company LP.
Artwork & Supplementary Materials (c) 2020 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:https://longride.jp/knivesout-movie/
公式Twitter:@KnivesJp
商品詳細:http://www.vap.co.jp/category/1589781720918/

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