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安倍晴明がバリスタや隣人に? “陰陽師”がフィクションの世界で人気者になったワケ

リアルサウンド

21/1/16(土) 8:00

 陰陽師を“おんみょうじ”と読めるくらい、今の世の中は陰陽師という存在が一般的なものになっている。神主や僧侶ほどリアルな存在ではないのに、そうなってしまった理由は、キャラクター小説など物語の世界で陰陽師たちが大活躍しているからだ。

 書店に並んでいた文庫本『バリスタ晴明 心霊相談お受けします』(スカイハイ文庫)というタイトルに驚いた。希代の陰陽師として知られる安倍晴明と、カフェで美味しいコーヒーを淹れるバリスタとが、すぐには結びつかなかったからだが、遠藤遼によるこの物語を読んでみて、晴明がバリスタである理由に納得した。

 カフェ玉兎でバリスタとして働いている高倉智成は、よく当たる恋愛相談が好評で、就活で祈祷してもらえば百発百中という評判もあって、安倍晴明の生まれ変わりと言われていた。実際、陰陽師をしていた母親の胎内にいた時に、夢で晴明の転生だと告げられた智成には、強い退魔の力があった。

 大学で暴れていた男子学生の、自殺した霊を地獄に送り、婚約している男女の間で起こった、霊が絡んでの暴力沙汰も解決。そんな退魔の腕前を持ちながらも智成は、ある事情から晴明の生まれ変わりと呼ばれることを嫌っていた。イケメンでバリスタで過去に秘密を持ったキャラクター。それが、クライマックスで過去と向き合い、真の力に目覚める場面がカッコいい。これからさらにどんな本気の活躍を見せてくれるのかと期待したくなる。

 転生ではなく、千年前からずっと存在し続けている晴明が登場する作品もある。仲町六絵の「おとなりの晴明さん」シリーズ(メディアワーク文庫)だ。京都に引っ越してきた女子高生の桃花が隣家で出会ったのが、誰あろう安倍晴明。閻魔大王の下で働きながら、京の街で起こる神様や妖怪たちが絡む騒動を解決していた。

 最新刊の『おとなりの晴明さん第七集 ~陰陽師は水の神と歌う~』では、地下水脈の乱れをただすために貴船神社へと行き、京の街に呪いをかけようとしていた和泉式部を鎮め、妙音弁財天のお稲荷さんに潜んでいた野狐の、室町幕府第六代将軍に対する恨みを解きほぐす。晴明本人だけあって、頼りにされ慕われる立場にしっかりと応える活躍ぶり。甘い物好きという特徴が妙な可愛らしさを醸し出す。

 そんな安倍晴明も含めて、日常に起こる怪異を解決してくれる能力を持った陰陽師というキャラクターが、どうしてこれほどまでに流行るようになったのか? 『バリスタ晴明』の晴明も、「おとなりの晴明さん」シリーズの晴明も、すらりとして整った顔立ちを持った優男として描かれていて、女子の恋情や男子の嫉妬だけでなく、強いヒーローとしての憧憬も誘う。人気が出るのも当然だ。

 だったら、心を読んだり未来を予知して人を助ける超能力者と、晴明や陰陽師とは何がどう違うのか? それは、神社仏閣にお参りをし、妖怪変化の物語を聞いて育った日本人ならではの経験が、自然と抱くようにさせた怪異への畏怖を、打ち払ってくれる存在という部分だろう。「エロエムエッサイム」と唱える悪魔払いも、剣を振るうバンパイアハンターも悪くはないが、「急急如律令」と口にして印を結び、魔を退ける陰陽師にはどこか神秘性を覚えてしまうのだ。

 陰陽師が、エクソシストや霊能力者といった従来からの退魔のヒーローたちを、ここまで人気や知名度でも上回った背景には、やはり夢枕獏の「陰陽師」シリーズ(文藝春秋)の影響が大きくある。「キマイラ・吼」シリーズ(ソノラマ文庫)で知られていた作者が、1986年から始めたシリーズで、安倍晴明が京の都に起こる奇妙な事件を解決していくストーリーを、粛然とした筆致で綴って陰陽師への関心を誘った。

 この「陰陽師」シリーズを、1993年に『ファンシィダンス』の岡野玲子が漫画化したことで、優男に見えてふてぶてしさも兼ね備えた晴明の圧巻の活躍ぶりが、より広く知れ渡って、陰陽師を退魔ヒーローの横綱へと押し上げた。

 陰陽師や晴明を主人公にする書き手も続々と現れた。1995年から加門七海が『晴明。 暁の星神』『鬼刻。 続・晴明』(ソノラマ文庫)を出して少年・晴明の苦闘を描いた。1999年には富樫倫太郎が「陰陽寮」シリーズ の幕開けとなる『陰陽寮 壱 安倍晴明篇』(トクマ・ノベルズ)を出して、伝奇ノベルズの世界で陰陽師を活躍させた。

 「バチカン奇蹟調査官」シリーズ(角川ホラー文庫)の藤木稟も、2000年から「陰陽師 鬼一法眼」シリーズ(カッパ・ノベルス)を刊行。そこから20年が経った今、陰陽師ものは伝奇からライトノベルからキャラクター小説から多彩な舞台で書かれて、ひとつのジャンルすら形成している感がある。

 『帝都メルフェン探偵録』(宝島社文庫)などの著作を持つ黒崎リクの新刊『呪禁師は陰陽師が嫌い 平安の都・妖異呪詛事件考』(宝島社文庫)には、安倍晴明の師匠に当たる賀茂忠行が登場。在野の外法師・竜胆とイケメン同士でバディを組み、巡らされる呪詛の企みを暴いていく、伝奇ミステリ的な設定に誘われる。

 他にも挙げればきりがないほど、店頭に溢れる陰陽師もの。今後の展開で気になるのは、電撃文庫から出ていた渡瀬草一郎の「陰陽ノ京」シリーズが、新興出版社のWiZH に移籍し再スタートを切ることだろう。ここでは、安倍晴明の次の世代にあたる、賀茂忠行の次男の慶滋保胤や、孫ながら保胤と同年の賀茂光榮らが活躍する。

 『バリスタ晴明』のように、日常の不思議に陰陽師的な能力で挑むコージー・ミステリ的な作品も悪くはない。ここに、「陰陽ノ京」のような、本場の平安京で本物の陰陽師たちが、式を放ち呪文を繰り出して闇に蠢く魑魅魍魎と戦う伝奇バトルが加わって、ジャンルとして一段と盛り上がりそうな気がする。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

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