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ファンキー加藤の音楽履歴書

アーティストの音楽履歴書 第5回 ファンキー加藤のルーツをたどる

ナタリー

19/8/3(土) 17:00

アーティストの“音楽遍歴”を紐解くことで、その音楽世界がどのように育まれていったのかを探り、新たな魅力を浮き彫りにする本企画。今回は、初の主催フェス「OUR MIC FES」を8月31日に控えるファンキー加藤に話を聞いた。

原体験は光GENJI

最初に音楽に興味を持ったのは、小学校3年生くらいの頃ですね。当時、光GENJIさんがものすごい人気で、男の子も女の子もみんなマネしてローラースケートをやったり、かーくん(諸星和己)みたいなハチマキをしたりしていたんです。僕もローラースケートは履いていました。それで、親にねだって最初に買ってもらったのが光GENJIのカセットテープ。ベストか何かだったのかな、「ガラスの十代」とか「パラダイス銀河」とかが入ってたと思います。子供ながらに音楽の楽しさやキラキラしたものを感じてましたね。ASKA(CHAGE and ASKA)さんが作ってるだけあって、メロディも歌詞も今聴いても素晴らしいんですよ。

長渕剛に憧れて

両親も音楽好きで、いろんな楽曲をよく聴いていました。お袋は特に長渕剛さんが好きで、その影響で僕も小学校高学年の頃に長渕さんを好きになりました。それと、親父が若い頃にアマチュアバンドをやっていたので、家にアコースティックギターがあったんですね。で、「ギターのコードを覚えたら長渕さんの曲が弾ける」っていうことで、親父にギターを教わったんです。まだ小学生だったんで手も小さくて、Fコードに苦労したりしながらも、ある程度ストロークでジャカジャカ弾くくらいはできるようになっていって。親戚一同が集まるお正月なんかに、みんなの前で長渕さんの歌を歌ってお小遣いもらったりとかしてましたね。それが初めてのギャラです(笑)。

その頃、喘息持ちで体が細かったせいでいじめられていて、長渕さんの音楽にすごく救われたんですよ。「応援ソング」なんていう枠に閉じ込めたら長渕さんに怒られちゃいますけど、今でも「音楽というものは、つまずいて倒れてしまった人を1歩だけ、半歩だけでも前に進ませるきっかけになるものであるべき」っていう意識が強いんです。自分にとってそうだったんで。

BOOWYのコピーバンド結成

中学2年生のとき、友達に誘われてBOOWYのコピーバンドを結成しました。(※「BOOWY」の2つ目のOはストローク符号付きが正式表記)当時すでにBOOWYは解散してたので、正直知らなかったんですけど、聴いてみたらめちゃくちゃカッコよくて。「こんな音楽があったんだ!」って衝撃的で、一気に好きになりました。そのときに組んだバンドは、メンバーが変わったりもしながら3年ほど続いて、高校生になるくらいの頃からだんだんオリジナル曲もやるようになっていったんです。自分で曲を作り始めたのはたぶんその頃ですね。

日本語ラップとの出会い

高校2年生になると、日本語ラップが好きになるんです。MICROPHONE PAGERやRHYMESTER、キングギドラ(現KGDR)なんかが都心部の地下ですごい熱量と共にうごめいていた時代に触れる機会がありまして。そこからすっかりハマってしまって、その後BUDDHA BRAND、SHAKKAZOMBIE、ケツメイシ、RIP SLYMEなんかを聴きまくるようになっていきます。地元の先輩にLITTLEがいたこともあって、KICK THE CAN CREWはとくに大好きでしたね。

サザンを研究

光GENJI、長渕剛さん、BOOWY、日本語ラップ、って音楽遍歴はすごいバラバラなんですけど(笑)、ずっと根底にあって目指していたのはサザンオールスターズ、桑田佳祐さんです。聴き始めたのは親の影響なんですけど、プロとしてやっていくうえで曲作りに関して一番勉強させてもらったのが桑田さんです。キャッチーなメロディとか、英語っぽく歌える日本語とかを「どうなってるんだろう?」って研究して。時代時代で大ヒット曲があって、どの時代でも最先端っていうのがすごいですよね。

ラッパーとして活動開始

ヒップホップと出会ったあと、20歳くらいのときに地元の八王子でラッパーとしてクラブで歌い始めます。その頃にモン吉と出会って、ちょっとあとに(DJ)ケミカルとも知り合いました。そんなに大きい街じゃないんで、ヒップホップシーンが1つの小さなコミュニティみたいになっていて、ラッパー、ダンサー、DJ、みんな顔見知りなんですよ。モン吉もケミカルもそれぞれで活動してたんですけど、イベントで共演したり、お互いイベントを主催したりという関係で。モン吉とは音楽の趣味が似通っていたこともあって一気に意気投合して、当時は1年のうち360日ぐらい遊んでました。とにかく気が合ったんです。

戦うべき場所は“お茶の間”

そうやって音楽をやりながらも、世間から見ればただのプータローという状態のまま20代中盤になって、まずいなと思い始めて。音楽でメシを食うための道筋を本気で模索し始めたのがその頃です。で、僕はモン吉の声とメロディセンスを買っていたので、「本気でプロを目指したいんだ」って彼を誘いました。そこにケミカルを加えて、FUNKY MONKEY BABYSとして活動を始めます。そのときすでにデビュー後と同じような音楽性でやっていましたね。自分たちの好きな日本語ラップとサザンオールスターズ、この2つを指針にして。最初からそういうコンセプトだったんです。モン吉もサザンがすごく好きなんですよ。

ファンモンを解散してソロになったとき、正直音楽の方向性を変えてみようかって考えた時期もあったんです。バンドを組むとか、ギター持ってやってみようかとか。ですが、自問自答を繰り返せば繰り返すほど、ファンモンの音楽が好きだっていう結論にしかならなくて。自分が戦うべき場所は“お茶の間”だって改めて思ったんです。幼い子供からお年寄りまで楽しめる音楽こそを追求したいんだって。解散を通して改めてそのことを確認できたというのはありますね。

フェスやイベントでの衝撃

ファンモンと同期デビューのいきものがかりは、僕ら以上にハイペースでリリースを重ねていて、しかも全部ものすごいクオリティの高さで。セールスもそうだし、紅白出場だったりメディアへの露出だったり、同期の中では常に2歩3歩先を行っている存在でした。彼らの音楽もド真ん中ですけど、そのド真ん中を堂々と歩いている姿が僕らにとっても力になってたんです。単純に曲も好きでよく聴いてましたね。

夏フェスとかに出させていただくと、バンドのカッコよさというか、理屈じゃない凄みみたいな衝撃を毎回くらうんですよ。ELLEGARDENのライブなんて、あまりのカッコよさに心が折れて途中で帰りましたもん(笑)。ウルフルズさんも印象に残ってます。地方のフェスでウルフルズがトリだったんですけど、トリのライブ中って渋滞に巻き込まれないようにお客さんが早めに帰ったりするんですよ。ステージからはその様子がめちゃくちゃ見えるし、僕はそういうのすごく気にするんです(笑)。だけど、トータス(松本)さんは帰っていく人に「気をつけて帰れよー!」ってステージから声をかけていて。それが本当にカッコよかった。

あと、ももいろクローバーZも琴線に触れましたよ。最初に会ったのはイベントだったかな。舞台袖でいろんな関係者の皆さんに自己紹介しているところを見たんです。「週末ヒロイン、ももいろクローバー……ぜぇーっと!!」みたいなことを何度も何度も全力でやってて、「こいつらヤベーな、すげーな」って。ライブのパフォーマンスもぶっ倒れるくらいの勢いでやってますし、本気でやってる人たちってカッコいいなと思うんですよね。

幅を広げ楽曲提供やフェスの主催も

この前歌番組で、長渕さんと初めてお会いできたんです。桑田さんや布袋(寅泰)さんとはお話させていただいたことがあったんですけど、長渕さんとだけまだなかったのが、念願叶って。ド緊張しながら「僕は僕なりに長渕イズムを胸に歌っています」とお伝えしたら、「一緒にがんばっていこうよ!」ってガッと固い握手を交わしてくださって。腕ちぎれるかと思った(笑)。本当に好きで憧れている人たちにお会いするのは、残すところ、あと光GENJIさんですね。いつかお会いしたいです。

最近は楽曲提供したり、初めてフェスを主催したりと活動の幅を広げていてそれぞれに面白いですけど、そういったことをきっかけに我々の界隈のアーティストが集まれる場所を増やしていきたいとも思いますね。我々の界隈のアーティストって呼称がないんですよね。ヒップホップでもロックでも、J-POPでもないというか(笑)。昔は“ヒップポップ”とか言われたりもしましたけど。ファンの間に浸透するような呼び名ができるくらいになればいいですね。

ファンキー加藤

1978年東京都八王子市生まれ。2004年にFUNKY MONKEY BABYSを結成し、06年1月にメジャーデビュー。多くのヒット曲を生み出し「NHK紅白歌合戦」に4年連続出演するなど幅広い人気を集めるも、13年6月の東京ドーム2DAYS公演を最後にグループを解散。その後「ファンキー加藤」名義でソロ活動を開始し、14年2月にソロデビューシングル「My VOICE」をリリース。16年6月には映画「サブイボマスク」で主演を務めるなど、音楽だけでなく幅広く精力的に活動している。今年8月31日にはファンキー加藤が主催する音楽フェス「OUR MIC FES」が初めて開催される。

取材・文 / ナカニシキュウ

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