みうらじゅんの映画チラシ放談
『バッド・ヘアー』 『スカイ・シャーク』
月2回連載
第55回
『バッド・ヘアー』
── 今回の1本目はこの『バッド・ヘアー』です。
みうら どうやら聞くところによると、「最近みうらじゅんみたいな髪型になったからそろそろ美容室行かなきゃ」なんて言ってる人、いるらしいんですよ(笑)。こちとら年齢も年齢なんで、ロン毛がパサついてムチャクチャになってるイメージがあるんでしょうね。本当はめっちゃ手入れしてるんですがね。日本で“バッド・ヘアー”のイメージっていうと僕だと思うんですよ。だからあえて“バッド・ヘアー”側の人間として、このチラシは選びますよね。
でも僕と一緒で、このチラシの女の人がまさか自分が “バッド・ヘアー”だと思ってない可能性はあると思うんですよね。
── ああ、“バッド・ヘアー”は陰口で言われているあだ名ってことですね。
みうら 当然ですよ。自ら「バッド・ヘアーでーす!」なんて名乗ってはいないでしょ(笑)。本人はこんなことを言われてるなんて心外かもしれないですよ。このチラシの写真だけでは本当のことは分かんないですけど、“恐怖はあなたの頭で増殖する”っていうコピーも、たぶんキューティクルのなさとか、加齢とともにパサついてくることを指してる気がするんですよね。
この“バッド・ヘアー”っていうタイトル文字からして、美容室の看板ぽいでしょ。“そろそろ行けよ”ってことでしょうね。
── たしかにそうですね。
みうら 髪の毛モノのホラー映画っていえば、昔はハマー・フィルムの『妖女ゴーゴン』だったじゃないですか。ゴーゴンといえば髪の毛が蛇になってる女の人です。でもゴーゴン自身も、髪の毛のことを言われてるとは思ってないと思うんですよ。本人は「そこ言う? 違うだろ!」って思ってたと思うんです。やっぱり髪の質とかを取りざたされて“バッド・ヘアー”とか言われるのは誰だって嫌だと思うんですよね。
チラシのこの写真に、主人公の女の人がまだラスタっぽくしてないときなのか、ボサボサの髪の姿が写ってるじゃないですか。「お前なんだよ、そのボサボサ!」とか「美容室、行ってんのか?」とか周りからかなり言われたんでしょうね。
実は髪の毛の手入れはちゃんとしているのに、上司から心ないことを言われて傷ついて、髪の毛で恨みをはらすOLのホラーものと思いますね、この映画。
── なるほど。古典的なホラーな感じですね。
みうら 『妖女ゴーゴン』の現代版と言いましょうか? あ、ちょっと待って下さいよ。チラシに“テレビ局の司会者を目指す女性”って書いてありますよ。なるほど、キャスターものですね。「お前そんな髪質で司会者なんてできんのか!」ってディレクターからパワハラを受けるに違いないですね。
── “上司に言われて癖毛を直すため植毛”って書いてありますね。
みうら やっぱりね。今、学校でも問題視されてますから。“癖毛を直すために、植毛で他人の髪の毛を植え付けたその日から仕事がうまくいくように”って。誹謗中傷から逆襲へっていう展開でしょう。きっと彼女は襲いやすいようにラスタ編みにしてるんでしょうね。
── しかし、このチラシって文字量も情報量も少ないですね。
みうら でも確実に僕には届きました。「ちゃんとお手入れしてんのに!」っていう恨み映画ですよ。僕だっていつか、ブツブツ言ってる人に復讐するか分かりませんよ(笑)。やっぱりロン毛は苦労する。もう観る前からものすごく共感しましたよ。
『スカイ・シャーク』
── 続いて選んでいただいたのは『スカイ・シャーク』ですね。
みうら これは当然、ギャガが配給でしょう? やっぱり(笑)。シャークモノって、自分がチェックした限りでは『シックスヘッド・ジョーズ』まで行きましたよね。首がふた股に分かれたものからトリプルヘッドになって、最後に観たときは首が6つあるシャークになってました。
身体はひとつですからね、そこに首6つは造形的にムリがある。だから今回は原点に戻って、首ひとつからまた始めようって魂胆でしょう。それだけじゃ弱いのでゾンビと合体して空まで飛ぶように改造したってことなのでは? きっと、シャークとゾンビと、そして海じゃなくてよくない?なんて、会議があったんでしょうね。
── このシャークは“ナチスの極秘兵器”だそうです。
みうら そこも繋げますか? ということは、メカゴジラ的なものということになりますよね。“ジェットサメ”って書いてますけど、ここはジェットシャークの方が響きがいいと思うんですけど(笑)。
「海の餌は食い尽くした、今度は空だ!」ってことですよね。きっと会議で若い社員からアイデアが出たんでしょうね。
── この映画では極秘兵器がサメである理由ってあるんですかね?
みうら そこですよね。空飛ぶ兵器なら戦闘機でもいいですからね。でも、会議していた部署がシャーク専門だったんでしょう。そこでは日々「シャークを使って次はどうするか」という会議が行われてるんだと思います。どれだけ要素を足したとしても、シャークだけはどうしても譲れないのでしょう。
── 四輪車に乗ってるのにライダーを名乗る仮面ライダードライブみたいなもんですかね。
みうら ですね。ライダーも世襲制ですから。バイクじゃなくてもそこは譲れないわけですよね。サメ縛りの部署が、次々に新作を生み出してきたってことでしょう。本当、ご苦労様です。フツーならサメを使って作れるものはチクワかフカヒレと相場が決まってるもんですけどね。
── でも、今回はメカ部分が多くてチクワにはしづらそうですね。
みうら もはや、そのサメにどれだけ生身の部分があるかっていう話ですよね。まず、サメは空中だと生きていけないじゃないですか? だからメカサメ。サメに見立てているだけで、サメじゃないのかもしれません。これはもう、すしざんまいの社長に正月に1匹ドーンと買ってもらって、解体ショーして確かめてもらうしかないですね。
── 『バッド・ヘアー』もこの映画も、どっちも未体験ゾーンの映画たち2021特集のラインナップなんですね。
みうら 同じゾーンから選んじゃいましたね(笑)。きっと僕がチラシを手に取るだろうと思ってグロスで買われたのかもですね。
でも『スカイ・シャーク』はドイツ製作なんですね。ということは、『シャークネード』とか『シックスヘッド・ジョーズ』のシリーズとは製作会社は違うんですかね? いや、サメ部署がドイツにもできたのかもしれませんね(笑)。
でもチラシに“スカイ・シャーク“と“ジェットサメ”が併記されてるのは気になります。わざわざ、そこを分ける意味があるんですかね? いずれにせよ、開発の途中でサメの姿を模した意味があるかなっていう疑問は出てしかるべきかもですね。
── でも、それは映画を観れば必然性が説明されているかもしれないですよ。
みうら ただ、ここに“マッドサイエンティスト”って書いてありますからね。ここは考えてもしょうがないでしょう。
しかし、チラシにある舞台はニューヨークっぽいですけど、ドイツからサメに乗ってくるにはかなり、遠くないですか? ワープが使えるのかもしれませんね。この左に写ってるシャークは、もう切り身みたいになってませんか? 下半身を切ってジェットエンジンをつけたのかな? もはやサメの部分がちょっとしかない。ここまでしても、サメっぽい感じは残したかったってことなんでしょうか。やはり、マッドサイエンティストの考えることは分かりませんね(笑)。
── 上映時間が102分。このジャンルにしては結構長いですね。
みうら ですね。サメ好きに腹いっぱいになってもらおうと思ってらっしゃるのでしょう。「毎回サメは買いますよ!」っていう配給会社の熱意がひしひしと伝わってきますよね!
取材・文:村山章
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プロフィール
みうらじゅん
1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。