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山本益博の ずばり、この落語!

第二十一回『九代目入船亭扇橋』 令和の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第21回

『高座55周年 特撰 入船亭扇橋』(発売元:ソニー・ミュージックダイレクト)

1975年4月から、上野・本牧亭で「三人ばなし」の会が始まった。三人と言うのは、柳家小三治、桂文朝、入船亭扇橋の三師匠で、私は始まってから間もなく、会の評判を聞きつけて、よく出かけて行った。

中堅どころということもあったが、決して派手さはなく、今にして思えば渋いくらいの高座ばかりだったが、古典落語の正統派を継ぐだろうという期待感が客席にいつも漂っていた。

私が残しておいたメモによると、この会で聴いた扇橋の噺は、『西行』『ねずみ』『三井の大黒』『お若伊之助』『権兵衛狸』『引越しの夢』『近日息子』『文七元結』『百川』。

その『西行』のメモには、「地噺を、三波春夫や古賀政男の死を入れ込んで、うまく『いま』のはなしでつないで好演」と書いてある。まくらでは、三遊亭圓生の口調をまねて「粗製乱造ってえものは、これはじつにけしからんもので」と言って笑いをとっている。じつは、扇橋は、圓生に実力を認められて真打になった数少ない落語家のひとりだった。

東京かわら版 東西シリーズ その5「東の扇橋・西の枝雀」チラシ

扇橋ならではの噺で印象に残っているのは、『ねずみ』『権兵衛狸』『引越しの夢』などで、『ねずみ』のメモには、「とらやとねずみやのいきさつを丁寧に、あらすじくさくなく、情を込めて一気にしゃべる。」「あたしの腰が立ちました。ねずみの腰が抜けました、とねずみや主人が甚五郎に宛てた手紙の文句を、主人の心持でしゃべる、これがユーモアを感じさせる口調」。

『権兵衛狸』では「狸がじつにユーモラス(小さんの人間的な狸と対照的)、短い高座でもけっして走らない」とメモ書きしてあり、ついでだが、狸がでてくる『狸の札』でも、「狸に愛嬌あり。とつとつと噺をすすめるテンポよし」とある。

『引越しの夢』では「夜這いの噺をきれいにまとめる。番頭はじめ、大店の男たちの駆け引き滑稽に描く」。

だが、『文七元結』などの大ネタでは、なかなか満足のゆく高座に出合えなかった。

虎ノ門ニッショーホールで聴いた「東の扇橋・西の枝雀」での『文七元結』では「橋の上、五十両の件、迫力なし」と書いている。

早稲田祭の大隈小講堂で聴いた『文七元結』では、「長兵衛のいら立ちはよく表現されているが、文七に落胆、あきらめ、緊迫感が感じられず、冗長」と手厳しい。

噺の終盤、大団円になる場での長兵衛の、近江屋の主人に向かって言う文七にたいする台詞「ばかやろう、こんなそそっかしい野郎、飼っちゃいけねえよ。世間の者がどのくれえ心配するかわかんねえ」長兵衛自身もそそっかしくて、見栄っ張りの人間だとわかっていると、この台詞、扇橋の口をついて出るとなんとも愛嬌があった。

『早稲田祭特別企画 落語の春夏秋冬』プログラム(1978年11月4日)

九代目入船亭扇橋は1931年5月29日青梅の生まれ。本名、橋本光永。57年、桂三木助に入門、61年、三木助が亡くなると、柳家小さん門下に移った。70年に真打昇進。

扇橋は俳人でも知られ、俳名は光石。小沢昭一、永六輔、江國滋、大西信行、矢野誠一、加藤武などと「東京やなぎ句会」を結成し、毎月17日に句会を開き、その宗匠だった。落語家も柳家小三治、桂米朝が参加していた。

81年には、若い駆け出しの落語家が主人公の映画『の・ようなもの』に「出船亭扇橋」役で出演している。82年には「文化庁芸術祭大衆芸能部門」で大賞を受賞している。そして、島倉千代子の熱烈なファンとしても知られていた。

俳人でもあったので、噺の省略はお手のもの、決して噺を大仰にせず、いつも淡々と進め、それでいて、落語家に欠かせない愛嬌があった。「ヨゴレ」とか「クサイ」とか言われる芸人が多くいるが、入船亭扇橋は、それとは正反対の「江戸前」の落語家だった。

豆知識 『落語に出てくるたべもの:はんぺん』

(イラストレーション:高松啓二)

おでんは、いまやコンビニの定番になった感があるが、私の子供時分には、町内の銭湯の玄関口の横に、おでん屋の屋台が出ていた。はんぺんはおでん種には欠かせないが、当時は、はんぺんなどには目もくれず、いか巻や玉子が入ったばくだんを好んで食べていた。

はんぺんはスケトウダラやヨシキリザメの身をすり身にして山芋と合わせ蒸したもの。ふうわりとした食感が特徴で、おでんだしを含んだ味わいは、なんとも大人の味である。

このはんぺん、五代目古今亭志ん生の『替わり目』に出てくる。泥酔して帰宅した亭主をおかみさんがあしらうのだが、酒のつまみにおでんを買いにやらされる羽目になる。旦那が「やき」を買って来いと。「やきって何だい」「やきどうふだよ、やきどうふなんて言ってた日にゃ、舌噛んじまう。短く言わねえと東京には居られねんだよ」「あとは?」「がん!」「鴨かい?」「がんもどきだい」。そういった旦那がかみさんにも「何か買っておいで」という。このときのおかみさんの台詞が「ぺん」。「なんだい、ぺんって?」「はんぺんだよ」「変な風に詰めんじゃないよ」志ん生のこの夫婦のやり取りが大のお気に入りです。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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